第61話 地下闘技場 フィンの潜入任務

 ヴェルトたちが音楽祭に行っている同時刻。フィンは冥狼の運営する地下闘技場に入り込んでいた。


「ふふふ。我が無音穿身の前には、何者にもこのフィン様の姿を捉える事はできぬのだ!」


 フィンの魔法は、祝福を受けた当初は気配を薄くし、自身の音を消すというものだった。


 だが時を経て今は、短時間であれば自らの姿まで消す事ができる。ヴェルトはフィンのこの魔法を、ロイとは別方向に最強格の能力と考えていた。


 今も自身の魔法を十分に活かして、潜入任務を遂行しているところだ。


「日が明るい内はやってないみたいだねぇ。冥狼らしき人たちはそこそこうろついているけど」


 フィンは地下闘技場の簡単な構造を頭に入れながら探索を開始する。壁や床の状態から、よく人が通る道とあまり使われていない道を見極め、探る部屋に優先順位をつけていった。


 そして見つけた地下への階段を降りていく。その階段は牢に繋がっていた。中には鎖で両腕を縛られた拳闘士らしき男たちが閉じ込められている。


(ん~、まぁ闘技場だし戦う人がいるのは当たり前か。奴隷の首輪をしているし、ここで戦ってお金を稼いでいるのかな? もしくはこの中から見込みのある男が冥狼の戦闘員になるとか)


 賭け事の対象にして金を稼ぎつつ、将来有望な戦闘員候補も確保する。地下闘技場と奴隷の使い道としては上々だろう。フィンは奴隷たちの会話に耳を傾けた。


「くそ……!」


「苛ついてんな、ブーガス」


「当たり前だ……! 拳でやり合うならともかく、あんな化け物の相手までさせようなんて……! これじゃただの虐殺ショーじゃねぇか!」


「……言ったところでどうにもならねぇだろう」


「それでも言わずにはおられねぇよ! 今まで自分の拳を信じて、生き残ってきたのによぅ……!」


 そう言うとブーガスと呼ばれた男は地面で寝始めた。


「……鍛錬はいいのか?」


「はっ! やったところでどうなるってんだ!」


 それっきり、男たちは話さなくなる。フィンはさっさと階段を上がって、元の場所へと戻って行った。


(化け物……ねぇ。やっぱりあの路地裏の怪物、冥狼と何か関係がある……? どこかに面白そうな証拠とかないかなぁ~)


 フィンは目を付けた扉の前に立つ。そして中に誰の気配もしない事を確認し、静かに扉を開けた。


「……よし、誰もいない」


 そのまま素早く中に入り、透明化の魔法を解く。その部屋は作りの良い机やソファがあった。


「地下闘技場の入り口からほど遠く、地下牢の状況も把握しやすい。かつほどほどに入り組んだ廊下の先にある部屋。ずばり、ここは冥狼の幹部が使用している部屋とみた!」


 もしくは過去に冥狼の拠点だった時に、幹部が使用していた部屋。そう考え、フィンは部屋を探索し始める。目的の物は直ぐに見つける事ができた。


「いかにも厳重に管理してそうな箱だねぇ。でもフィン様の七つ道具にかかれば……ここをこうして……開いた!」


 箱の鍵を開き、中身を確認する。そこには分厚い資料が入っていた。フィンは手に取ると中身を確認する。


「あんまり難しい文字は勘弁してほしいけど……。ええと、なになに……。エルクォーツの実験記録……? …………これは……当たりを引いた……かな?」


 資料には動物を化け物に変異させる神秘の石……エルクォーツについて記載されていた。


 石については影狼のフィアナからも聞いていたので、直ぐ何のことか理解する。だが資料には2年に渡る実験の成果がまとめられていた。


「化け物の調教……ってこれ、結構やばめじゃない? 最近までさらってきた女性を使って見世物にしていた……!? 今は人間用のものも調整中……!? あ、ハイラントにサンプルを渡した記録もある……」


 資料の確認はここまでで良いだろう。今はこれを持ち帰るのが先決。そう考え、フィンは空になった箱を元の位置に戻すと、部屋を出ようとした。だが扉にかけた手が止まる。


(……やばっ)


 フィンは咄嗟にその場を離れると、姿を消す。そのあとすぐに扉が開き、2人の男性が部屋に入ってきた。


「ど、どうぞ、グナトスさん」


「……ああ」


 その男を見た時、フィンは背中に嫌な汗をかいた。1人は大した事がない。この男だけであれば、さっさと気絶させてこの部屋を出る事ができただろう。


 だがグナトスと呼ばれた男はまずいと、フィンの危機意識が警鐘を鳴らしていた。


「リアデインたちはあっちにいっているんだったナァ?」


「は、はい。例のペットも一緒です。音楽団の楽器が入っている様にカモフラージュした箱に、眠らせた状態で運びこみました」


「ふぅん……わざわざ派手にする必要もねぇだろうに。あいつはとことん演出しようとしやがるからナァ」


「は、はぁ……」


 フィンは魔法が発動しているのにも関わらず、極力息を殺していた。何故かそうしなければまずいと本能で感じる。


「そ、それで、グナトスさん。リアデインさんたちは何しにいかれたんですか?」


「あん? 聞いてねぇのか?」


「はい。多分、ボスも知らないんじゃないかと……」


 ボス、という単語にフィンは反応を示す。ここで言うボスとは、十中八九冥狼のボスの事だろう。だがそうなるともう一人の男……グナトスが何者なのかという話になってくる。


「まぁてめぇも冥狼の幹部だ。知っていてもいいかもナァ。ナァに、それほど大した用事じゃあねぇ。ちょーっとした人さらいさ。てめぇらもよくやってんだろ?」


「人さらいをしに、わざわざ貴族街へ……?」


「おう。なんていったか……とりあえず帝国の姫さんを一人、さらっておきたくてナァ」


「へ……?」


 フィンはこれまで出てきた単語から、今何が起こっているのかを連想し始める。ペット、眠らせた状態、音楽団の楽器、カモフラージュ。貴族街、人さらい。そして姫。


(まさか……!? 確かヴェルトとおじいちゃんも音楽祭に行っているはずだけど……!)


 思っていたよりも大ごとになっているのではないか。思わず息をのむ。その瞬間、グナトスがおもむろに立ち上がった。


「……? ぐ、グナトスさん……?」


「んん~……匂うナァ。まるでさっきまで、何日も風呂に入っていない男たちの近くにいた様な……そんな匂いだ」


 気のせいか、グナトスは何となくフィンがいる辺りに視線を向けている気がする。 


 そしてフィンはさっきまで、奴隷拳闘士たちがいる牢に滞在し、話を聞いていた。再びフィンの背中に冷や汗が流れ始める。


 グナトスは上着を脱ぐと綺麗な姿勢で立ったまま、ピタリと静止した。


「ぐ、ぐな……」


「るせぇ黙ってろ。今集中してんだ」


「す、すみません……!」


 グナトスは静かに両目も閉じる。だがそれも一瞬。次に目を見開いた時、グナトスは強烈な殺気をフィンに的確にぶつけてきた。そして。


「っらあああぁぁぁぁ!!」


 まるで見えているかの様に、鋭い踏み込みからフィンに目掛けて拳を放つ。フィンは咄嗟に真横に跳び、その一撃を躱した。拳を振るった余波が暴風となって部屋中に吹き荒れる。


「ひいいぃぃぃ!?」


「ダイルズゥ! ぼさっとすんナァ! この部屋、侵入者がいるぞ!」

 

 フィンは懐からナイフを取り出すと、それを素早くグナトスに投擲する。投擲されたナイフは、フィンの手元を離れると可視化された。


「うらぁあああ!」


 グナトスは突如現れたナイフに対し、裂ぱくの気迫と共に拳で弾く。そうして無理やり作り出した隙を利用し、フィンは部屋の扉を開けて廊下に飛び出した。


(やばいやばいやばいやばい! あいつやばいってえぇ! 匂いは仕方がないとして! 何で私の場所が分かった訳ぇ!? それにあの強さ、明らかに異常だった! 魔法で身体能力を強化している訳でもないのにぃ!)


 フィンは珍しく余裕をなくし、全力で地下闘技場を駆け抜ける。だがグナトスはまるでフィンがどこにいるのか分かっているかのように、追いかけてきていた。


「逃がすかぁ! 怪しい奴め、確実に殺ぉす!!」


 足もフィンより速い。フィンは久々に潜入任務の恐ろしさを思い出していた。

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