第52話 仇敵の影 影狼の行方

 翌日から本格的にエルヴァールの護衛が開始された。


 とはいえ、本当にエルヴァールが狙われているという確証はない。なので当初の予定通り、日中に出かける際はロイが同行を。夜は俺ともう一人がエルヴァールの屋敷に泊まる事になった。


 だが今日はみんな予定が入っていたため、俺一人だ。俺は就寝前のエルヴァールに呼ばれ、執務室にお邪魔していた。


「エルヴァール様。お呼びでしょうか」


「ああ、ヴェルト。君に少し相談したい事があってね」


 今日でエルヴァールの護衛を始めて5日目になる。毎日少し言葉は交わすが、こうして2人だけでしっかりと話すのは初めての事だった。


「相談ですか」


「実は近く、大掛かりなイベント……音楽祭が開催される」


 何でも有名な外国の音楽団を招き、貴族街にある特設会場で演奏が聴けるそうだ。


 エルヴァールの話によると、帝都ではその手の催し事は珍しい事ではないらしい。だが今回はその主催者と規模が気になっている様だった。


「結構な数の貴族に招待状が届いていてね。皇族の参加者も多い。そして陛下はこの手の催し物が好きな方でな。皇帝陛下もご参加される」


「それは……なんというか。規模の大きさはよく理解できました」


 皇帝が参加するという事は、他にも上級貴族が参加するのだろう。


 おそらくエルヴァールも参加するので、その時の護衛をどうするかという打ち合わせだろうか。


「そして主催者はランダイン・ルングーザ。かつてルングーザ領が王国だった頃、国王を務めていた帝国の上級貴族だ」


「…………!!!!」


 ランダイン・ルングーザ……! かつてローブレイト家と手を組み、ディグマイヤー家を貶めた張本人……! そして売国奴にして父上の仇……!


 前にエルヴァールにはルングーザとローブレイトの事を聞いた事があったからな。それを覚えていて、こうして俺に伝えてくれたのだろう。おそらく俺の反応を探る算段もあるに違いない。


 俺は努めて無表情を装う。エルヴァールも約束通り、かつて俺がした質問を忘れてくれているのか、それ以上何も言う事はなかった。


「ランダイン・ルングーザは帝国においては大領主の一人だ。そしてハイラント派でもある。今回の催しは派閥の垣根を越えて、私にも招待状が届いたよ。日中は普段、ロイくんに護衛を務めてもらっているが。どうだね、この日は君が私の護衛として、共に参加しないか? 様々な貴族の顔を見る事もできるだろう」


 さて……これはどう捉えるべきか。おそらくアルフレッドとの会話から、俺が復讐したい貴族はルングーザ家とローブレイト家の者だという想像はついているだろう。


 エルヴァールからすれば、二人は共に敵対派閥のためそこは問題ないはずだ。そして敵対派閥の大貴族を邪魔だと思っているのも事実だろう。


 さすがにエルヴァールの護衛として参加する以上、俺がその場で暴れる訳にもいかない。エルヴァールは俺にその分別がつくと踏んだ上で、この話を持ってきた。狙いはなんだ。


(自分の味方をすれば、今後も仇敵の近くに居られると言外に伝えているのか。単に俺の反応を見てみたいだけか。俺への報酬のつもりなのか。……いろいろ考えられるが)


 どちらにせよ律義に俺の質問を忘れてくれている以上、俺から問いただすのも憚られる。まぁ今は単にエルヴァールからの好意だと受け止めておくか。


「それは興味がありますね。しかし私の様な者が皇族も出られる高貴な場に参加できるものなのですか?」


「もちろん建前は必要だ。その日は君には私の従者として側に控えてもらう」


「はは。こんな見た目が如何にもな従者を連れては、エルヴァール様の評判に関わるのでは?」


 自分で言うのもなんだが、俺は大人しめな外見ではない。ガードンの様に厳つい訳でもないが、見る者が見ればその手の者だと分かるだろう。


 だがエルヴァールは気にした様子を見せなかった。


「その心配はない。どこも似た様なものだ。最近は貴族街もいろいろ物騒だからな。皇族にも専属の護衛騎士が付くし、参加する貴族たちも見た目に分かりやすい護衛を引き連れているとも」


「そういうものですか」


「ああ。迎賓館で行われる様なパーティでは流石に護衛を中まで連れ歩く事はないが、こういう催し事は話が別だ。それに今回は野外で行われるからな」


 エルヴァールの話によると、当日は各々従者という名目の護衛を引き連れて会場に入るらしい。


 さすがに一部区画は従者も立ち入りできないエリアもあるが、野外で演奏を聞いている時は問題ないとの事だった。


「ま、私は帝国貴族ではないですし、ここでの勝手は分かりませんからね。エルヴァール様が問題ないというのでしたらそうなのでしょう。では当日はお言葉に甘えさせていただきます」


「そうか。では当日着る君の服も手配しておこう」


「ありがとうございます。しかし中には私の顔を知っている者もいるのでは?」


「もし黒狼会のボスが私の護衛として参加している事が知られたら、互いにどんな影響が出るのかが知りたいのだね。その場合も私にとっては大した問題にはならない。何せ黒狼会は帝国に税を納める一商会に過ぎないのだから。商会の代表と貴族が懇意にしたところで、どうという訳でもあるまい?」


 話が早いな。一言で俺の質問の意図をくみ取ってくれる。しかしエルヴァールの理屈はやや強引だ。敵対派閥の中には裏組織とエルヴァールの暗い噂を流す者も出るだろう。


 ……いや。並の貴族ならともかく、エルヴァールほどの大貴族ともなると、それすらも些末な問題になるのだろうか。若干見通しが甘い様にも感じるが、それこそ庶民である俺が指摘する事ではないな。


「私の話は以上だが。黒狼会の方も聞いてもいいかね?」


 黒狼会の方……つまり冥狼の件はどうなったのかという事だろう。


「数日前から元冥狼下部組織のボスだった男を囮にしていましてね。早速何人かのヒットマンが食らいついてきたところです」


「ほう?」


「全員、賞金首のかかったお尋ね者でしてね。こちらとしては良い小遣い稼ぎになっているのですが、冥狼に直接繋がる情報は得られていない状況です。ですが連日返り討ちにしているので、そろそろ向こうの本気が見られるのではないかと期待しているところですね」


 外に出したガーラッドには狙い通り、冥狼が放ったであろう刺客が襲いかかってきた。しかしいずれも冥狼直属の者ではないため、碌な情報が集まっていないのだ。


 だが冥狼としても裏切り者であるガーラッドをこのまま放置はできないし、明確な敵対行為をしている黒狼会も何とかしたいところだろう。このままでは埒が明かないと感じたタイミングで、本気を出してくるはずだ。


「この帝都で冥狼に正面から喧嘩を吹っ掛ける者など、君をおいて他にいないであろうな」


「さて……本来なら騎士団の方々にも働いて欲しいところなのですが」


「耳が痛いところだな。しかし違法の証拠がなければ、騎士団は冥狼相手に出張る事はできんよ」


 そしてそんな証拠をわざわざ残すほど間抜けでもなければ、いざとなれば騎士団の動きを制限する様にハイラントに働きかける、か。


 ま、俺もこうして大貴族の後ろ盾を得た訳だしな。その点については何も言う事はないか。


「しかし帝都で黒狼会を立ち上げてそこそこ経つのですが。妙な事もあるのです」


「妙なこと……?」


「冥狼と対を成す組織。影狼の事ですよ。冥狼とは違い、影狼の情報はあまり入ってこないのです」


 影狼の関連組織はいくつか確認できている。だがその数は冥狼よりも少ない様に思う。


 それにここまで冥狼と明確に敵対し、組織としての規模も大きくなった黒狼会に対し、何も接触がないのが気になる。


 普通、影狼の立場からすれば協力して冥狼の勢力を削ぎたいと考えるだろう。正直、その線で影狼と接触し、冥狼の情報を得る事も視野に入れていた。


「ふむ……。かつては帝都でも両組織の抗争が勃発していた事もあるのだが。確かにここ数年の影狼は目立った話を聞かぬな」


「ええ。私もいくつか情報を集めているのですが。何でも最近は新たに影狼派閥に属した組織も存在していないとか。今も影狼と繋がっている貴族もいるのでしょう? 帝都において冥狼より影響力が落ちれば、影狼にとっても繋がりがある貴族にとっても、良い事はない様に思うのですが」


 エルヴァールはこう見えて意外と清廉潔白な一面があるからな。初めから影狼と繋がっていれば、いくらか話も早かったのだが。


「私もどの貴族が影狼と繋がっているのか、細かな点は把握しきれていない。確かなのはハイラントと冥狼が繋がっているという事くらいだ。末端組織であれば、貧乏貴族辺りが繋がっているだろうが……」


 仮にも帝都の闇に巣くう大組織を運営しているのだ。ここまで静かなのも、影狼なりの狙いがあるとは思うのだが……。いくら考えてもそれが全く分からん。


「もし私に影狼が接触してくる様な事があれば、君にも伝えよう」


「助かります」


 ま、影狼が接触してこようがこまいが、やる事は変わりない。このままガーラッドを使って冥狼を挑発し、いずれその尻尾を掴んだら。直接乗り込んでぶっ潰してやる。

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