第32話 雷弓真との会合 ヴェルトとガーラッド

 いよいよ雷弓真のボスと会う日がやってきた。


 相手は冥狼の下部組織、そのトップだ。そして二大組織を除けば、その次に挙げられるくらいには規模の大きな組織でもある。


 屋敷の1階に降りると、ダグドの他に覇乱轟の男たちが全員そろっていた。


「おいおい、なんだこの人数は」


「なんだと言われましても。これから雷弓真の縄張りへと向かうのです、こちらも相応の人数で行く必要があります」


 ダグドやズオウは気合が入っていた。さすがにこんな如何にもな奴らをぞろぞろ引き連れて歩くつもりはない。周りの住民に迷惑だ。


「ダグド。今回はお留守番だ」


「え……」


「行くのは俺とアックス、それにロイの3人だ」


「たったの3人で行かれるつもりですか……!?」


 ダグドは俺が冥狼の派閥入りを断るつもりだという事を知っているからな。きっとそのまま雷弓真との戦いになると考えているのだろう。


「こっちにも備えは必要だからな。俺が戻るまでの間、お前が代理として指示を出せ。何かあればじいさんたちを頼る様に」


「は……しかし本当に3人だけで……?」


「大丈夫だ、安心しろ」


 アックスとロイは、俺たちの中でも特に1対多数の戦いに向いているからな。二人の魔法は対集団戦で大きく活躍する。いざとなれば魔法の一つや二つをぶっ放して帰ってくるつもりだ。


「最悪、明日から抗争が始まるかもしれん。お前たちはそれに備えておけ」


「は、はい……」


 とはいえ、今や黒狼会もそれなりの規模だ。管轄地域の住民が巻き込まれる様な事は避けたい。


 しかしそればかり優先して、黒狼会の……ひいては群狼武風の矜持を崩す気はない。この辺りのバランスはこれから取っていくしかないな。





 ダグドの用意した馬車に乗り、俺たちは城壁内北西部を目指す。日も落ち始めた頃ということもあり、歓楽街は賑わい始めていた。


「うひょー! いいねぇ、こんなに栄えている様は初めて見たぜ!」


「確かに……。黒狼会の管轄地区もそれなりに栄えていますが、こちら方面とはまた趣が違いますね」


 窓から外を見ると、多くの居酒屋や売春宿が立ち並んでいる。客引きや人通りも多く、界隈は大きく賑わっていた。


 俺たちが拠点を置いている地区にも盛り場はあるが、確かにこことは趣が異なる。


 それに俺たちの地区は奴隷商売を始め、少しアングラな空気が強い。馬車はしばらく進んだところにある店の前で止まった。


「着いたか」


 馬車を降りると、店の前には大柄な男たちが立っていた。全員が俺たちを値踏みする様な視線を投げてくる。


「どちらがヴェルト様で?」


「俺だ。お前は?」


「雷弓真のボス、ガーラッド様の使いです。……3人だけですか?」


「ああ。他には誰もいないぜ」


「そうですか……。どうぞ、案内いたします。店内に武器は持ち込めませんので、あらかじめご了承下さい」


 俺たちは誰も武器を持っていない事を示すため、両手を開けてみせる。そして店の中へと案内された。


 店内は薄布を巻いただけのセクシーな恰好をした女たちが料理を運んでいた。


 偶にチップを貰った女が、客に胸を揉ませている。ロイは少し気恥ずかしい様子だったが、アックスは両目を垂らしながら見入っていた。


「お、あの子も可愛いなー! おいヴェルト。俺たちもこういう店やろうぜ!」


「地区によって経営できる店の種類に制限がかかっている。俺たちの地区ではここまであからさまなやつは難しんじゃないか?」


「まじかよ……⁉︎」


 女同伴で話し合いかと思っていたが、俺たちは3階まで上がる。そこの豪華な扉の先へと案内された。


 いわゆるVIPルームというやつだろう。部屋の中には7人の男たちが待っていた。中心に座る男がこちらを見てニヤリと笑う。


「おう、よく来たな。俺がこの雷弓真を束ねているボスのガーラッドだ」


「俺は黒狼会のボス、ヴェルトだ。こっちはアックスとロイ」


「たった3人で来るとは、噂通り見上げた根性の持ち主の様だな! まぁ座れ、早速一杯やろう。おい、料理を運ばせろ!」


「へい!」


 席に座ると、さっそく杯に酒が注がれる。俺たちは乾杯を交わすと、女たちが運んできた料理を食べ始めた。


「……美味いな」


「分かるか? ここは帝都の歓楽街でも、特に高級店が集っているエリアだ。そこで働く奴は料理人であれ女であれ一級ぞろいよ。ここで毎日美味い飯を食い、良い女を抱いている奴なんて、貴族にもそうはいねぇ」


 考えてみればこれだけの大都市だ。大陸中の名産品も集ってくるのだろう。


 帝都に歓楽街はここ一つだけではないが、この規模この地区を縄張りに持っているというのは、それだけで組織の大きさを感じさせる。


「お前の噂は聞いているぜ。短期間で水迅断を乗っ取ったのは恐れ入った。一体どうやったんだ?」


「元はといえば、先に手を出してきたのは水迅断の方だったからな。説得しに行った結果、黒狼会が吸収する事になったのさ」


「はははは。中々面白いことを言うじゃねぇか。で、次はどこを吸収するつもりだ?」


 何気ない口調でありながら、こちらの出方を探る様な目線だ。俺は静かに酒を口に含む。


「さて、ね。今は黒狼会を維持することしか考えていないが。何せ急にでかくなっちまったからな」


「ほう。お前は何か野望を燃え滾らせている男かと思ったが」


「はは、俺が? 勘弁してくれ。俺は最近帝都に来たばかりの流れ者だ。生活の基盤を築くので精一杯だよ」


 しかしガーラッドの目つきは変わることがなかった。ガーラッドは乱暴に肉を食いちぎる。


「ふん……。水迅断のヒアデスやその幹部をえらく残酷に殺したそうじゃねぇか」


「さて……。俺たちにとっては特に特別なことをしたつもりはないが」


「とぼけるなよ。冥狼の情報網はかなりのものなんだ。お前らが帝都に来て短期間で、かなりの数をやっている事は把握している。全身を細かく切り刻まれた奴もいるだろ? 相手が裏組織の者じゃなければ、今頃騎士団が大暴れしているところだ」


 やっぱり地域振興会の域は超えないな。要するに、派手な事をすると騎士団が乗り出してくるから自重しろと言ってきているのだ。


 下手に裏組織取り締まりの口実を与えては面倒だという事だろう。まぁ俺自身、地域振興会の域を超えるつもりはないから問題はないのだが。


「城壁内に来てからは大人しくしているだろ? 配下に抗争は禁じているし、黒狼会は真っ当な商売しかしていないからな」


「それよ。いったいどういうつもりだ? 俺たちは帝都民に恐れられてなんぼの商売だろうが」


 なんだそりゃ。まぁこいつもこれまで真っ当な手段で食ってきた訳じゃないだろうが。それにしても極端というものだ。


「お前らはそうなのかも知れんが。黒狼会は別に裏組織でも何でもねぇ。ちょっとした互助商会だよ」


「はぁん……? ヒアデスを殺して水迅断を乗っ取っておきながら、それが通じるつもりかよ」


「別に通じなくても問題はないさ。他がどう思うかは自由だからな」


 ガーラッドは酒を一気に飲み干すと、再び俺に視線を合わせる。


「まぁいい。だがお前が冥狼の派閥に加わる以上、周りはそういう目で黒狼会を見る」


「誰が派閥に入るといった? 悪いがうちは真っ当な組織だ。怪しい付き合いはお断りだよ」


「……なんだと?」


 ガーラッドを含め、雷弓真の幹部たちが睨みつけてくる。


 だが俺たちはそんな視線などどこ吹く風だ。そもそもこれで殺気を飛ばしているつもりなら、笑い話にしかならない。


 とはいえ俺自身、黒狼会が本気で真っ当な組織だと思っている訳ではない。今もグレーな商売はしているし、ここまで来るにも人が死んでいるからな。


 要するに適度におちょくりながら、お前らの派閥なんざお断りだと言外に伝えているだけだ。


「まさか影狼から声がかかっているのか?」


「いいや? 何度も言わせんなよ。怪しい奴らとは距離を置く。それだけだ。だが帝都にいる以上、冥狼と影狼の存在は気になる。よければ知っている事を教えてくれないか?」


「ふざけてんのか……?」


 部屋の空気が緊張したものに変わる。だがアックスは全く気にせず飯と酒を飲み、ロイも静かに酒を飲んでいた。


「どうやらお前は帝都に来たばかりで、冥狼の事が何も見えていねぇらしい。ここまでコケにした黒狼会を冥狼は許さないだろう。だがフェルグレット聖王国民の……」


「そんな奴隷は取り扱っていない。禁制品に手を出す訳がないだろうが」


「…………」


 やっぱりきたか。どこかでフェルグレット聖王国民の奴隷を要求してくると思っていた。


 男は貴族に売り、女は歓楽街で働かせるつもりだったのだろう。まったく。何で彼の国の奴隷にはそこまで価値が付いているんだ。


「ヴェルト。これは先輩からの忠告だ。この世界では冥狼か影狼の派閥に入らないと、生きていけねぇ。そうする事で間接的に貴族の世話にもなるからだ。そして冥狼は影狼に比べると、比較的その門戸は広い。お前の手腕も買っている。悪いことは言わねぇ。これが最後の誘いだ。冥狼の派閥に加われ」


「忠告はありがたく受け取っておく。その上で言うが、派閥には入らない。もちろん影狼の派閥にもな。それが気に食わなくて喧嘩を吹っ掛けてくるってんなら。全力で相手をするまでだ」


 語気を強めると同時に、僅かに殺気を滲ませる。これに釣られた男が何人か懐から短刀を取り出す。しかし。


「動くんじゃねぇ!」


 ガーラッドの鋭い叫びで男たちは動きを止めた。


「しかしボス……!」


「武器の持ち込みを禁じておきながら、自分の陣地に呼び寄せた丸腰のボスをとったとあっちゃ、俺たちは界隈の笑い者だ。お前ら、俺に恥をかかせるつもりか?」


「…………」


 今のは俺からの挑発だった。どうせ衝突は避けれられないのだ。それならここで先に向こうから仕掛けさせる。そして正当防衛を装って、ガーラッド以外を片付けるつもりだった。


 こちらの力の片鱗を見せれば、ガーラッドも簡単には黒狼会に手を出してこないだろうと踏んでのことだ。


 しかしガーラッドはこれを止めた。俺の狙いが分かっていたとは思えないが、なるほど。伊達にこの規模の組織のボスを務めていないという訳か。


「……どうやら話はここまでの様だ。アックス、ロイ。帰るぞ」


「え、もう? 残念だな~」


「アックスさん、飲みすぎですよ。……会計はどうされます?」


「おいおい、俺たちは招待を受けた身だぞ。んなもんガーラッドさん持ちに決まってんだろ。……それじゃガーラッドさん。よければ今度は冥狼について、詳しく聞かせてくれよ」


 そう言うと俺たちは堂々と部屋を出る。周囲には数人の女たちが料理や酒を運んでいた。


「…………」


「どうした?」


「いや……」


「部屋の外で聞き耳立てていた奴のことか? 誰かは分からねぇが、まぁどこかの組織からの偵察だろ」


 アックスも気付いていたか。おそらく店員の女の中に、偵察していた奴がいる。


 それが誰なのかは分からないし、どこから派遣されてきたのかも知る由もない。だが。


「この会合の内容が広まるのも、時間の問題だな……」


 そうしてまたいろいろ尾ひれ背びれをつけて、俺たちの噂が広まっていくのだろう。


 雷弓真と冥狼がどういうアクションを起こしてくるのか。一先ずは様子見だな。

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