第22話 黒狼会の報復 水迅断幹部ダグドの誤算

「ただいま~。……て、あれ? こんな時間なのにみんなそろってんのかよ」


 アックスとガードンが拠点に戻ってきた。まだ夜は始まったばかりだが、部屋には既にログやレッドを含めた主要メンバーがそろっている。


「早いな。アックスたちのところにも出たのか?」


「おう! 水迅断のみなさん、派手に暴れていったぜ~」


「店のフォローはしておいた。安心してくれ」


 そろそろ来るかと思っていたが、今日になって一斉に仕掛けてきたな。


 実はアックスとガードンだけではなく、フィンやロイ、じいさんも仕掛けてきた水迅断の対応をしたと報告に戻ってきていたのだ。


 ここ数日、俺たちは夜の街を見回っていた。ログとレッドには水迅断の奴らが仕掛けてきても手を出さず、すぐに俺たちの誰かに知らせる様にと徹底させていたのだ。


 おかげで今のところ、被害は最小限に抑えられている。


「あいつら、元青鋼と関わりのあった店を集中して狙ってきているみたいだね」


「へい。しばらく協力関係にありましたから、どこと関係があったのか把握していたのでしょう」


「ああ、なるほどー」


 報告では5箇所が襲われていた。それぞれ個別で対応したとはいえ、先手を譲った形だ。


「でもちょっと一般の人に迷惑をかけちゃったかな~?」


 フィンが試す様に俺に視線を向けてくる。その口元は笑っていた。


「ま、俺は完璧主義ではないからな。ある程度の融通はきかせられるずるい大人だ」


「少し迷惑をかけるくらいなら構わないってこと?」


「そういうつもりじゃないがな。ローガが笑って見過ごすだろうというラインまでは許容するさ」


 ローガとて全ての民を守れた訳ではないし、時には戦乱に巻き込んでしまったこともあった。


 それに時には群狼武風に所属する者の命と天秤にかける状況もある。しかしローガはそんな時、いつも決まって群狼武風を選んでいた。


 納得はしていなかっただろうが、組織を束ねる長として必要な判断を下していたのだろう。


 俺とて今はこうして一つの組織を預かる身だ。綺麗ごとだけで運営していけるとは思っていないし、していくつもりもない。


「兄貴! 明日からは警備を倍にして……!」


「必要ない」


「え……?」


 レッドの提案を一笑に付す。


「今から消える組織だ。明日仕掛けてくることなんてないからな」


 わざわざ明日を待つまでもない。向こうから仕掛けてきて、その報復に今から動く。ただそれだけのことだ。


「ログ。水迅断のアジトはここから北の地区だったな?」


「へ、へい。正確には水迅断の幹部、ダグドのアジトです」


「……? どういう意味だ? 水迅断の本拠地は別にあるってことか?」


「へい。水迅断は城壁内を拠点にしています。その幹部の一人が、ここから北の地区を取り仕切っているのです」


 城壁内に本拠地があったのか……。すると今仕掛けてきている奴らは、あくまで幹部の一人であり水迅断本体とは違うという事か。


 じいさんはログの言葉に呆れて溜息を吐く。


「なんじゃいそりゃ。お前、何故もっと早くその事を話さん」


「す、すいません!」


「よせじいさん。よく話を聞かなかった俺に落ち度がある。まぁそれならそれで話は単純だ。水迅断の縄張りを今日奪う。そしたら城壁内にいる親玉も顔を見せるだろ」


「で、のこのこ現れたところを狩っていくって訳だな!」


「状況次第だがな」


 しかし裏組織というのは、てっきり城壁外をメインに活動していると思っていたんだが。


 ……いや、考えてみれば昔の王都時代から存在しているんだ。その流れを汲んだ組織が現在まで残っていて、今も城壁内に拠点を持っていてもおかしくはないか。


 何しろかつては、城壁外まで街は広がっていなかったからな。


「フィン、ガードン。二人はここに残ってもらい、拠点と地区の守りを任せたい」


「えー! 私も行きたいのに!」


「我慢してくれ。今回はパフォーマンスも兼ねているんだ。なるべく派手めにいきたいんだよ」



 フィンとガードンの戦闘能力も申し分ない。だが派手さには欠ける。


 これから始まる戦いは、黒狼会の初陣としてのパフォーマンスも兼ねている。なるべく派手にいきたいのだ。ガードンは納得したのか、静かに頷いた。


「守りも重要だからな。安心しろ、俺とフィンが残ればここは盤石だ」


「ああ、頼む。フィンには後日別に面白い仕事を頼むよ」


「ほんと!?」


「ああ」


 ログの話を聞いた時、フィンにやってもらおうと思いついたことがあるのだ。得意分野だし、喜んでやってくれるだろう。


「兄貴。俺たちはどうすれば……?」


「ダグドとかいう奴の元へは俺たち4人だけで行く。お前は引き続き地区の見回りだ。何かあればフィンとガードンの二人に頼れ」


「ほ、本当に4人だけで……?」


「まずかったら途中で引き上げるさ。ま、退却するにしても派手に暴れてくるからよ。お前は何の心配もせず朗報を期待していろ」


 そう言うと俺たちは席を立つ。さて。夜が明ける前にさっさと片付けるとしようか。





 ダグドのアジトは直ぐに分かった。街中を歩くそれっぽい奴に聞いたら親切に教えてくれたのだ。


 じいさんは人に言う事をきかせるのが上手いからな。俺も昔は拳で言う事をきかされたものだ。


「さて。今さら言うまでもないけど、魔法を使う時は上手くやってくれよ」


「はいよ」


 この数日、俺たちはある魔法の鍛錬を積んでいた。その鍛錬とは、魔法を使っていながらそれっぽく見えない様に、いかに見せるかというものだ。


 例え魔法を使用しても、相手にこれは魔法ではないと思わせることができれば、こちらは遠慮なく力を使う事ができる。


 これはそう難しいことではなかった。アックスは水を糸に見立てた使い方をマスターし、ロイは剣を振ると同時に風の刃で相手を斬り伏せる動作を身に付けた。   


 元々ロイは火と風の魔法が使えるが、風の魔法だけならさも剣で斬ったかの様に見せる事ができる。


 じいさんとガードンは元々身体能力強化系のため、やり過ぎなければ魔法だとばれる事はない。


 フィンは気配の遮断の他、今では短時間であれば姿を消すこともできる。これはフィン自身が気を付ければ、そもそも対象に見られることがない。


 そして俺は。


「そろそろ俺も準備するか」


 そう言うと黒曜腕駆を発動させ、全身を黒い甲冑の様な外骨格で覆い尽くす。魔力はそこそこ消耗するが、この形態では身体能力の全般的な向上に加え、高い防御力まで得ることができる。


 じいさんやガードンほど尖った強化ポイントはないが、この状態で戦い続ければまず魔法を使っている様には見えないだろう。


「あれが対象のアジトですね。入り口は何人か固めていますが……」


「方針は話した通りだ。無抵抗、非武装の者は見逃せ。向かってくる奴は好きにしろ。ただし」


「ダグドは生かして捕えろ、だろ?」


「そうだ。いくつか聞きたい事ができたからな」


 これから始まる戦いの予感を前に、全員笑みが抑えきれていない。


 ま、俺たちは所詮外道だ。こういう血生臭い場所でしか、自分たちの生を実感できない。そしてそれを哀れだとは思わず、自然なことだと受け入れている。


 ダグドのアジトは立派な造りの屋敷だった。繁華街からは離れており、人通りは極端に少ない。


 そこに全身を黒い甲冑で着こんだ男が先頭に立って向かってくるのだ。門番たちは流石に怪しいと身構える。


「なんだ、てめぇらは!?」


 ここで前に出たのはアックスだった。


「なんだ、じゃねぇだろうがバカ野郎どもが! 黒狼会が仕切る土地で派手に暴れてくれやがって! 幹部自らお礼参りに来てやったぜ!」


「なに……!?」


「ダグドは中だな!? 邪魔させてもらうぜ!」


 そのままずかずかと中に入ろうと足を進める。だが流石にここで門番たちは剣を抜いた。


「バカが! てめぇらみたいな命知らずは、ここで……」


 男の両腕が半ばから切断され、地面に落ちる。あまりにも一瞬の出来事で、何が起こったのか理解できた者は俺たち以外にはいないだろう。


「ぐぎゃああああ!?」


「うるさいですよ」


 ロイはもう一人の男の前で剣を振るう。だがこれはあくまでパフォーマンス。同時に放たれた風の刃が、門番の胴体を切断した。


「ひぃぃいい!?」

「襲撃、襲撃だー! 黒狼会が攻め込んできたぞー!」


 開幕即座に門番が異様な殺され方をしたせいもあり、周囲に混乱が広まる。俺たちはそんな中、堂々と足を踏み入れた。


「相手はたったの4人だ! 殺せ!」


「生かして帰すな!」


 屋敷からはどんどん人が集まってくる。だが俺たちは意に介さず、近づいてきた者から床に沈めていく。文字通り一方的な展開だった。


「命のやり取りにすらなっていないな……」


 さすがに途中から自分たちとの圧倒的な戦力差を自覚したのか、全員手加減する様になっていた。せめてもう少しやる様であれば、躊躇いなく殺せるんだが。


「なんじゃいこいつら。見た目だけは一丁前じゃが、大した奴は一人もおらん」


「命をかけた実戦経験がないんですよ。武器も扱い慣れていませんし」


「だな。味方がやられてビビッているし、どいつもこいつも武器を振るのに躊躇いがある」


「……時代が違うんだ。実戦経験のある奴は少ないんだろう」


 がたいの良い男が俺に剣を振るってくる。だが当然ながら剣で俺の甲冑を傷つけることはできず、たちまち弾かれた。


 俺はそのまま右腕を伸ばし、男の首を掴む。


「ぐ……!」


「ダグドはどこにいる?」


 ゆっくりと手に力を込めていく。男は途中から抵抗を諦め、指で方向を示した。


「あっちか」


 そのまま男を解放してやる。しかし無駄に広いな、この屋敷。


 気づけば俺たちに向かってくる者はいなくなっていた。全員倒したか、逃げたか。あるいはどこかに応援を呼びに行ったか。


「お、あの部屋じゃね?」


「ふむ……。確かに中から人の気配を感じるのう」


「すげぇなじいさん。この距離で気配とか分かるのか」


 前方には鉄ごしらえの扉があった。まぁ犯罪者集団まがいの組織が所有する屋敷だ。こういう事態に備えて、立てこもれる様に作っているんだろう。


「あの扉を破るには、わしでは相性が悪いのぅ」


「俺の水もだな」


「僕の火を使いましょうか?」


 ガードンのパワーとメイスがあれば何とか破れたかもしれないが。仕方がないな。


「いや。俺がやろう」


「ほう……?」


 魔法の力を全身に集中させる。そして腰を落とし、深く息を吸う。


 次の瞬間、俺は目の前の扉に向けて思いきり拳を突き立てた。屋敷中に轟音が響き渡る。だが扉は大きく凹みはしたが、砕くには至らなかった。


「うへ~。近所迷惑……」


「我慢しろ。すぐ済む」


 さらに力を高め、再度拳で扉を叩く。扉はみるみるうちにその形状を変形させていく。


「……ふんっ!!」


 続けて渾身の力を込めた蹴りを放つ。鉄の扉はとうとう耐え切れなくなり、ぼこぼこに形状を変えながら吹き飛んでいった。


「お、開いた」


「邪魔するぜ」


 扉の奥に広がる部屋は、俺たちが会議に使用していた部屋よりも広かった。奥には7人の男が確認できる。その中の一人が声をあげた。


「な、なんだ、お前らは……! ここをどこだと思って……!」


「お前がダグドか」


 俺は殺気を込めながら静かに問いかける。ダグドと思わしき男はそれだけで言葉を詰まらせた。


「お前のところの男が、俺たち黒狼会の縄張りでえらく派手に暴れてくれたからな。慰謝料を請求しにきたぜ」


「お……! お前たちが黒狼会か……! ええい、他の奴らは何している! ここまで侵入を許しおって……!」


「ふぉっふぉ。ここまでくるのに数えきれんほどのもんが襲い掛かってきたがのぅ。全員、死ぬか伸びとるか、逃げるかしとるよ」


「な……!」


 何だか前にもこんなことがあったな。しかしダグドも俺たちがここまで来た時点で、他の配下がまるで相手にならなかった事は理解しているだろう。


「そういう事だ。あんたにはこの地区の引き渡しと、全財産を差し出してもらおうか。それで今回の事は特別に許してやる」


「ばかな……! 水迅断を敵に回すというのか……!?」


「まぁ落ちつきなよダグドさん」


 そう言ってダグドの前に出てきたのは6人の男たちだった。


「そうだぜ。俺たちがいる限り、あんたには指一本触れさせねぇよ」


「おお……! 頼めるか!?」


「当然だ。久しぶりに骨がありそうな奴らだ。せいぜい楽しませてくれよ……!」


 6人の男たちは獰猛な笑みを浮かべると、それぞれ武器を手にした。


 こいつらはこれまで屋敷にいた奴らとは雰囲気が違うな。それに目を見れば分かる。これまでそこそこ人を斬ってきている奴らだろう。


「ふふ……! お前らがどれほど強かろうが、こいつらには敵わんぞ……! こいつらは水迅断が誇る武闘派だ! 全員、国境の最前線での兵役経験があるんだからな……!」


「そういう事だ。お前たちとは踏んで来た修羅場の数が違う。調子にのってここまで乗り込んできたこと、後悔するがいい……!」


 まぁアックスは顔の良い色男だし、ロイは見た目が完全に優しそうな優男だ。じいさんに至ってはそういう問題じゃない。


 俺は兜で顔が見えないにしても、ざっと見て俺たちは敵ではないと判断したんだろう。


 しかしなるほどな。兵役経験者か。組織の中にはこういう奴らを雇っているところもあるんだな。


「ふぉっふぉ。また遊び相手が増えたが、どうする?」


「じいさんからすれば遊び相手も務まらんだろう。……アックス、構わん。全員殺せ」


「お、いいのか?」


「ああ。その方が、ダグドにも分かりやすいだろ?」


 アックスは一人、前に出る。俺たちの会話を聞いて6人は眉間にしわを寄せた。


「貴様……。まさか一人で俺たちに勝てるつもりか……!?」


「勝てるんだなぁ、これが。というか、お前たちレベルじゃ俺たちの誰も殺れねぇよ。なんて言ったっけ? そうそう、踏んで来た修羅場の数が違うってやつだ」


「……死ね!」


 6人がアックスを取り囲む様に動く。いや、動こうとした。しかし次の瞬間には、全員身体をばらばらに切断されていた。


「……へ」


 アックスはただ両手を振るったのみ。だがその指先から伸びた水の糸が男たちを絡めとり、そのまま切断した。床には大量の血が広がり始める。


 アックスの水糸は、相手がフルプレートの甲冑を着こんでいたら使えない。だが生身の部分があるのなら、対集団戦においてもその威力を発揮する。


 こいつらも兵を辞めたところで、結局こういう世界でしか生きられなかったのだろう。


 殺したことに対していちいち同情はしない。戦いは結果が全てだ。弱ければ負け、全てを奪われる。それだけのこと。


「ひ……ひいぃぃぃぃ!? な、何が……!?」


 ダグドからすれば悪夢だろう。何せ目の前で頼りにしていた男たちが、一瞬で無残な死を迎えたのだから。

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