第15話 草原の6人 新鋼歴再び

「ここは……!?」


「神殿じゃ……ない……?」


 回りを見ると、アックスたち5人も立っていた。


 日は完全に落ちており、僅かに星の照らす明かりが周囲に満ちている。ガードンは俺に視線を合わせて口を開いた。


「ヴェルト。お前が未来から来たというのは……」


「ああ……そうだな。みんなには改めて俺の事を話しておくよ」


 俺は改めて自分の過去を話す。魔法の存在しない新鋼歴388年に生まれ、12才の時に争いに巻き込まれたこと。気づけば幻魔歴410年の世界に流れ着いていたこと。


 じいさんやガードンには話したことがあったが、初めて聞くアックスやフィン、ロイは興味深そうに聞いていた。


「それじゃ、姫さんがその首飾りを手渡したという貴族は、ヴェルトのご先祖様って訳か?」


「どうだろう。領地はゼルダンシア帝国と隣接していたが、家はゼルダンシア貴族ではなかった。まぁこっちじゃゼルダンシアは王国じゃなくて帝国だし、いろいろ変わっているんだとは思うが……」


「ふーん。なんにせよお姫様の力で、私たちは未来にやってきたって訳よね! ……で、ヴェルト。ここからどうするの?」


 これからどうするか……か。俺は改めて5人の顔を見る。


「団長の最後の願いを……叶えたいと思う。みんな。ついてきてくれるか?」


「は、はい! もちろんです!」


「言ったろ。俺たちの命はお前に預けるって」


「そうじゃの。それにローガの願いを聞いてやりたいのはわしも同じじゃ」


「だがどうする? 俺もローガとの付き合いは長いが、あいつの夢なんて何か分からないぞ」


 ……そうなんだよな。生きて欲しいという願いは分かるんだが、団長の夢が何かは分からない。


 ったく。他人に夢を託すんなら最後まで話せってんだ。


「都合の良い様に解釈しても良いんじゃないー?」


「いいのかな……」


 良いかは分からないが、それしかないのも確かだ。だがまぁ、おおよその想像はついている。


「あの団長の事だからな。きっと戦乱に巻き込まれる民を守ってくれとか、平民たちが安心して暮らせる様に……とかじゃないか?」


「ああ。それはありそうじゃのう」


「ま、おいおい考えていけばいいさ。今はとりあえず休まねぇか?」


「そうだな……」


 こう暗いと周囲を見渡せないからな。俺たちは交代で見張りを立てながら眠りについた。


 そして夜が明けた次の日。小高い丘の上まで移動し、周囲の地形を観察する。


「おいヴェルト。ありゃクロークス山脈じゃないか? あの山の形、見覚えあるぜ」


「……確かに。それじゃここは……」


「ゼルダンシア王国領。いや、この時代では帝国だったか?」


 ゼルダンシア王国の王都はクロークス山脈の近くに築かれていた。そしてここから見える山脈は、これまで何度も見たものと同じ様に見えた。


「どうすします、隊長」


「ロイ。俺はもう隊長じゃない。普通にヴェルトで構わないよ」


 とりあえずここが本当にゼルダンシア領なのか。そして元の新鋼歴の時代なのかを確める必要があるだろう。


「今は俺たちの置かれた状況を整理するのが優先だ。行こう。王都ゼルダスタッドへ」


 道すがら、俺は改めて新鋼歴の話をする。元いた時代とはいろいろ常識が違うからな。ここが本当に新鋼歴の世界であれば、みんなに予備知識は必要だ。


「魔法が消えた世界ねぇ……」


「ああ。だが俺たちが戦っていた時代とそう大きく文明は変わっていない。魔法で国が栄えていた時代なんて、相当昔の話だったしな」


 大幻霊石に濁りが生じ、祝福を受けられる者をより制限していき、幻魔歴の最後にはその大幻霊石を巡って長い戦乱の時代が続いた。 

  

 あの時点で既に、人にとって魔法なんてものは珍しい存在になっていたからな。


「でも私たち、魔法使えるよね?」


「だな。俺のおかげで飲み水には困らなかっただろ?」

「さっすが給水係!」


「やめろ! 今は結構戦闘向きに使えんだから!」


 そう。祝福を受けた俺たちから、魔法の力は消えていなかった。


 あくまで大幻霊石と個人に宿った魔法は別扱いなのか。それともここはまだ幻魔歴の世界なのだろうか。


 王都を目指すことしばらく。途中から整備された街道が見えてきた。


 おそらく近くの街と王都を繋ぐ街道なのだろう。綺麗に石がはめ込まれており、馬車が通った様な跡が残っている。


「これは……」


「ほっほ。わしらがおった王都の近くには、この様に舗装された街道は存在しておらんかったのぅ」


 確かにそうだ。それにこの街道もどこまで続いているのかは分からないが、これだけ広範囲に舗装されているんだ。相当な年月がかかったはず。


 しばらく真っすぐに街道を進んでいたが、後ろから何か音が近づいてくる。


「なんだ……?」


 遠目に何かが近づいてくるのが確認できる。しばらくしてそれが馬車だと気づいた。全部で4台。


「丁度良い。捕まえて話を聞いてみよう。……みんな。念のため魔法は使わない様に気を付けてくれ」


「あいよ」

 

 俺は御者に向かって手を振る。しばらくして馬車は減速してくれた。先頭馬車の御者が訝しむ様に俺たちを見る。


「なんだ、あんたらは。どこかの戦場帰りか?」


「ああ、そんなところだ。ところで変なことを聞くが。今って新鋼歴何年になる?」


「なんだそりゃ。馬車を呼び止めて聞くのがそれかよ、変な奴だな。今は新鋼歴430年だよ」


「よ……!?」


 御者の発言に、俺たちは全員驚く。だがみんなと俺では驚いている理由が違った。


 みんなは単純に未来世界に来た事に驚いているだろう。だが俺は、新鋼歴430年だという事実に驚いていた。


 俺が過去にさ迷った時は新鋼歴400年だった。つまりここは、ディグマイヤー領が侵攻されてから30年後の世界だという事だ。


(過去の世界で過ごした時は12年……俺は24歳になった。だが本来なら俺は、この時代だと42歳という事になる……)


「何驚いてんだ? ……ところで道を急ぐ俺たちを止めたんだ。チップくらい弾んだらどうだ?」


「あ。ああ……」


 幌の奥から数人の強面が顔を覗かせる。察するに、この一団の護衛といったところか。


 だが残念ながら俺たちは金を持っていない。何せ死ぬつもりだったからな。死地に金を抱いたまま向かう奴はいない。


 どうするかと迷っていると、アックスが助け船を出してくれた。


「悪いが俺たちは今、持ち合わせがないんだ。でもあんたら、この道を進むという事は、目的地は一つだろ?」


 探る様な問いかけ。この先には十中八九、ゼルダンシアの王都があるが、あえて具体名は伏せる。


「その間、俺たちが無償で護衛をしてやるよ。奥の作りの豪華な馬車を見るに、あんたらも護衛なんだろ?」


「はぁ!? 何をぬかしてやがる。無駄に俺たちの足を止めたばかりか、帝都まで馬車に乗り込もうという腹かよ!」


 御者の男は半分呆れ、半分怒った様な声色だった。だが特に誰かが場所から降りてくることは無かった。


「けっ。どきやがれ!」


 そのまま馬車は走りだす。あっという間に4台の馬車は俺たちの前を通り過ぎて行った。


「あちゃ。行っちまったか」


「おいアックス。お前、わざと怒らせて馬車を奪うつもりだっただろ」


「まぁな。どう見ても善良な一般市民には見えなかったからな。ありゃ俺たちの御同輩だぜ」


 だからと言って誰かれ構わず噛みつくのもどうかと思うが。それにもし帝都が近かったら、うかつにトラブルを起こす訳にもいかない。


 アックスたちの感覚は、まだ戦乱の幻魔歴なのだろう。


「でも興味深い単語が聞けましたね。確か帝都って……」


「ああ。おそらくこの先にはゼルダンシア帝国の帝都がある」


 再び俺たちは歩きだす。しかしここは新鋼歴430年だったのか……。


「坊。確かお前さんは新鋼歴400年から来たと言っておったの」


「ああ。シャノーラ殿下は多少ずれるかもと話していたが。ざっと30年。実際に経過した時を考慮しても、18年先の未来に来てしまった様だ」


 あれから30年後の世界か……。ディグマイヤー領がどうなったのかは気になるが、今はもっと優先しなければならないことがある。


 とまどいはあれど、俺たちの足が止まることは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る