第4話 パフェ会にて

「うまい。生き返る」


 学校から自転車で少し足を伸ばした先にある喫茶店で眞姫那が口から長いスプーンを生やしている。

 目の前には苺パフェ。すでに頂上から苺のお姫様は消えている。


「甘い物ばっかり食べていたら、太るわよー。眞姫那は我らが洛和高校演劇部の看板女優なんですからねー。ファンが悲しむよー」

「ファンなんていないわよ。……って、あ、そういえば府大会の後、ファンレターもらったわ」

「いるんじゃん!」

「あ、うん。……あれ? あれファンレターだったかな? ラブレター? それとも果たし状?」

「なんで高校演劇の公演後に果たし状をもらうのよ」

「え? えっと。『どっちが京都府下ナンバーワン女優か決着をつけよう』みたいな?」

「どうやって?」

「うーん。大喜利で?」

「なんでやねん」


 ひとしきり小芝居みたいなやり取り。

 私は一掬いしたスプーンの先を口の中に運んだ。

 すこし苦味もあるけれど、甘い甘い味わいが口の中に広がる。

 キンとした冷たさと共に、私は生きている実感を得る。


「めちゃくちゃ幸せそうな顔をしているところ、アレなんだけどさ。もしかして、あたし、むしろ先に『アンタだってチョコパフェ食ってんじゃん!』って突っ込むべきだった? そうだったよね? 猛反省」


 特に反省した様子も無いままの、眞姫那。

 スプーンを苺パフェの残骸に突っ込んで、グラスに入った氷水を両手で口元に運ぶ。


「いや、まぁ、そこはアズユーライクas you like:お好きなようにで」


 別に日常の戯言にルールなんて無いのだ。

 誰に見せるわけでもない。誰に聞かせるわけでもない。

 小芝居とお芝居は違うのだから。


「でも絵里は、それだけ食べていても、太らないからいいよねー。あたしなんて最近めっちゃダイエット気にしてるんだよ」

「エッヘン」

「あ、なんか腹たつ。腰に両手添えなくてもよくない?」


 でも正直なところ、私としては眞姫那の胸とお尻の方がちょっと羨ましい。

「太るよ?」なんて言ったけれど、眞姫那が太っているだなんて、全然思っていない。

 むしろ出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、なんというか大人っぽくて羨ましいまである。男子の視線も引き付ける素敵なスタイルだと思う。

 それに比べると、私は、全体的にどこも出ておらず、お子様体型丸出しなのだ。やや諦念。


 でも本人は胸やお尻の大きいことを気にしているようなのでわざわざ口にはしないのだけど。


「で、明日は、休みなんだよねー」

「夏休み中は原則週4日。水曜日は休み。一応、進学校だからかな? このるルール」

「いつもはそれで全然構わないんだけど、やっぱり本番が近づいてくると焦るよね」


 眞姫那は左肘を突いて顎を乗せる。

 緩めた襟元から白いうなじが覗く。

 頬から外国人みたいに明るい色の髪が流れた。


 四人掛けのテーブルの向こうの窓ガラス。

 向こう側には賀茂川の流れが見える。

 河原には親子連れの姿が見えた。

 さらにその向こう側は夕焼けだ。


「一日あけて、木曜日でしょ? その次の金曜日からはノンストップ立ち稽古だからね。リハーサル」


 うちの演劇部では伝統的に「止めない立ち稽古」のことをリハーサルと呼ぶ。

 本番の前日や前々日に、照明や音響を入れて当日通りにやるのはゲネプロだ。

 実際のところ、人員不足もあって、ゲネプロをやるためのピンスポ――ピンスポットライトの人員などが足りない。だから最後の一押しであるゲネプロだけ、OBさんや、部員の友達のヘルプスタッフに来てもらって助けてもらうのだ。


 というわけでそれまでのリハーサルはピンスポとかは無しでいかざるを得ない。もしくは手が空いている時間に私とか大道具係がやることになるんだろうな。

 今週末からリハーサルで、来週末からゲネプロ。

 再来週水曜日、八月十一日には京都府立文化芸術会館で本番。

 そう考えると緊張する。


「ねぇ、眞姫那。今年の一年生どう思う?」

「どうって? キャストの3人のこと?」


 私が「うん」とうなずくと、眞姫那が肘を突いたまま、首の上だけで振り向いた。

 唇の端にアイスクリームの白い跡が付いている。

 人差し指でツンツンと指摘すると。紙ナプキンを取って拭いた。閑話休題。


「女の子二人は『良くもなく悪くもなく』だと思うよ。まぁ、よく頑張ってるんじゃないかな? 二人とも礼儀正しいし真面目だし、『ういやつ、ういやつじゃのう!』って感じかのう」

「それどこの江戸城の老中よ」

「失礼な、側用人じゃぞ?」

「位、落ちてんじゃん。って、それはどうでもよくて」

「だから楡井くんでしょ? 絵里が気になっているのは。今日もなんか衝突してたし。演出の方針だっけ?」

「うん。そう。それ」


 私が頷くと、眞姫那はグリグリと苺パフェの残骸をかき混ぜた。

 きっと下に溜まっているコーンフレークを撹拌して、アイスクリームといい感じに混ぜ合わせようとしているのだ。

 その意図は大変よく分かる。最後にコーンフレークだけになったのを食べるのはつらい。

 せっかくの舞台の最後が、盛り上がらない独白モノローグになるみたいなもんだ。


「やっぱり夏のブロック大会から、それなりの完成度は作らないといけないと思うの。だから演出がちゃんと全体をまとめて、それで一つの作品として完成させないといけないと思うの」

「うん、まぁ、絵里の気持ちはよく分かるよ。絵里は間違ってないと思う。正しいと思う」

「だよね。……私、間違っているわけじゃないよね?」


 そうなのだ。私は間違っていない。先輩たちから引き継いだ「演出」の役割。

 みんなをまとめてブロック大会を抜けて、府大会へ、近畿大会へ。

 そして今年こそ総合文化祭へ。宮藤先輩が残したこの脚本を連れて行く。

 仲間たちと一緒に駆け上がる。


 先の見えないコロナ禍の、その先に。

 きっと来年、令和四年の夏にはコロナ禍も明けているはずだから。

 そこの全国大会へ。創部二度目の全国へ。

 そのためには私が「演出」の役割をしっかり担わなければならないんだ。


「でもさぁ。あたしには楡井の言っていることも、そんなに間違ってないかなって思うんだ」

「あ、……そうなの?」

「うん」


 そう言ってから、眞姫那はどう説明したものか考えるように腕を組んだ。

 しばらくして、苺パフェの残骸であるソフトクリームとコーンフレークの混ぜ合わせをひと掬い、口に運んでで、――そして眞姫那は、もう一度腕を組んだ。

 なかなか考えが纏まらないみたいだ。

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