第17話 伝説の魔法使い✕2

「殺せ!! オレのスキルが効かない

 異世界転移者は全員殺せ!ゲホッゲホッ

 ゴホッ ダーキシ! シュージを殺せ!」


「はい。わかりました総理」


ダーキシ官房長官はそう言うと、俺に襲いかかってきた!


「うわああ!」


なんとかダーキシ官房長官の攻撃を回避した! そして俺は逃げ出した! リビングを出て廊下を走り、玄関のドアから首相官邸の外に出た。全力で庭を駆け抜けて門を突破した。その時だった。


「自防隊ぃぃいい!!

 シュージを殺せぇぇええ!!

 邪魔する奴も皆殺せぇぇええ!!」


鼓膜を突き破るかのようなベア総理の大声だった。西と東から多くの自防隊員が迫ってきた! 20人以上はいそうだ。俺は南に向かって走り出した。第9区の街の中を時速90キロで走り続ける。後ろを振り返ってみると、自防隊員たちが追いかけてきていた! しかし俺との距離はさっきよりも開いていた。


よし!

俺のほうが速いぞ!

このまま引き離して逃げ切ってやる!


そう思って前を向いた。目の前に通りの真ん中で酒を飲んでいる男がいた!


「うわっ!」


ギリギリで酒飲み男を回避できたが、バランスを崩して転倒してしまった。俺は脚にケガをしてしまった。しかしどうやら軽傷のようだ。骨は折れてない。体を起こして後ろを振り向くと、自防隊員がすぐそこまで迫ってきていた!


もうダメだ!

殺される!


そう思った直後に自防隊員が吹き飛んだ! 吹き飛んだ自防隊員は通りを走っていた馬車にぶつかって、地面に落ちた。強い風が吹いていた。


「シュージ君! 早く逃げなさい!」


視界にエルナース先生が入ってきた。


「エ、エルナース先生! 

 来てくれたんですか!

 絶対行かないって言ってたのに!」


「いいからさっさと逃げなさい!

 イフの所へ行きなさい!」


エルナース先生はそう言いながら、迫りくる迷彩服の男たちを風の魔法で吹き飛ばしている。一発も外すこと無く的確に命中させている。ものすごい精度だ。さすが風の魔法の達人だ。


「先生、でも…」


「早く行きなさい! 足手まといよ!」


自防隊員は次から次にやって来る。先生の風の魔法で吹き飛ばされて倒れても、すぐ起き上がって再び襲いかかってくる。クアマンを一撃で殺した魔法なのに、自防隊員にはあまり効いてないように見える。一般人と比べると自防隊員は体力や防御力がケタ違いに高いようだ。恐怖を感じた俺は逃げ出した。時速90キロで走り続けた。通行人を避け、馬車を避け、イフさんの宿へ向けて走り続けた。目には涙がたまっていた。


確かに俺は足手まといだ……

俺に戦闘能力は無い。

イフさんなら、

イフさんの土の魔法なら

エルナース先生の助けになる!

イフさんの所へ行かなきゃ!


そう思って必死で走り続けた。目から涙があふれた。情けなかった。女の人に守られて、そして今も女の人に助けてもらおうとして泣きながら走っている。自分の弱さに腹が立ってきた。弱い奴が悪いんだ。ベア総理の言う通りかもしれなかった。



強くなりたい…!

いつか…エルナース先生のように…!





10分ほどでイフさんの宿へ帰ってこれた。階段を走りのぼって、302号室のドアを開けた。イフさんはティアと一緒にお菓子を食べていた。


「イフさん! 助けてください!」


「……君は誰?

 なんであたしの名前を知ってるの?」

イフさんは聞いた。


また俺のことを忘れたのかよ!

このボケ老人!


「自己紹介をしている時間はありません!

 とにかく俺について来てください!

 エルナース先生が自防隊と戦ってるんです!

 相手は20人以上います!

 イフさんの助けが必要です!」


「……君が誰なのかはわからないけど、

 嘘は言ってないみたいだね。

 わかった。行くよ。

 ティアはここで待ってて。

 お菓子全部食べていいから」


「う、うん」


ティアは少し怯えた顔で返事をした。

俺とイフさんは階段を走り下りて、正面玄関のドアから宿の外に出た。


「第9区の首相官邸の近くです!

 そこでエルナース先生が戦ってます!」


「わかった」


イフさんはそう言うと、すごい速さで走り始めた! いや、地面の上を滑り始めた! まるでスケートをしているようだ。土の魔法の一種だろうか。俺は全速力で走ってなんとかイフさんの後についていった。

エルナース先生は無事だろうか。先生は俺に時速90キロで走れるようになる魔法をかけてくれた。たった2回使うだけで先生の魔力を使い果たす魔法だ。つまりエルナース先生の魔力は今、半分以下になっているはずだ。そんな状態で戦闘能力の高い自防隊員20人以上に勝てるのだろうか。

エルナース先生の心配をしながら走っていると、少し前を滑走しているイフさんが突然進路を変えた! 第9区ではない別の方向に進んでいる! どこへ行く気だボケ老人!


「イフさん! そっちじゃありません!

 エルナース先生のいる第9区は

 こっちです!」


俺がそう叫ぶと、イフさんはブレーキをかけて止まり、俺の方を向いた。


「こっちだよ。

 エルナースは移動しながら戦ってる。

 郊外へ向かってる。

 たぶん一般人を巻きこまないため」


「どうしてそんな事がわかるんですか!?」


「地面が教えてくれた。行くよ」


イフさんはそう言うと、郊外へ向かって滑走し始めた。


地面が教えてくれた…?

それも土の魔法なのか…?


俺は少し迷ったが、イフさんを信じてついていった。




郊外へ向かって走り続けていると、

進行方向のはるか先に突然巨大な竜巻が現れた!


「あれは!?」

俺は驚いて言った。


「エルナースの切り札だ」

イフさんが答えた。


エルナース先生の切り札?

あの巨大竜巻が?

あんなのに巻き込まれたら

さすがの自防隊員も終わりだろう。

でも切り札ってことは

最後の手段ってことだよな……

じゃあエルナース先生の魔力は

もう尽きてしまったんじゃ……


魔力切れで倒れているエルナース先生の姿を想像してしまった。そして倒れている先生にとどめを刺そうとする増援部隊の自防隊員の姿をも。


いや! そんなわけない!

エルナース先生はきっと生きている!

生きていてください!


祈りながら全力で走り続けた。

周りの建物が徐々に少なくなっていって、ついに視線をさえぎる物が無くなった。


見えた!

エルナース先生だ!

立っている!

生きている!


エルナース先生は郊外の荒れ地で2人の自防隊員の男と戦っていた。


「エルナース先生!!」


俺は声の限りに叫んだ。

2人の自防隊員の男は俺とイフさんが接近してくるのを見て、先生から離れ、後方に下がって距離を取った。エルナース先生は俺とイフさんの姿を見ると、地面に崩れ落ちるように倒れた。


「エルナース先生! 大丈夫ですか!?」


俺はエルナース先生のそばで地面に両膝をついて言った。エルナース先生は傷だらけで血まみれだった。左腕を骨折していた。イフさんが先生を仰向けに寝かせた。


「エルナース先生!

 しっかりしてください! 死なないで!」


瀕死で光を失いかけた目をしている先生に俺は呼びかけた。


「……あなた…………誰だっけ…?」

先生は言った。


またかよ!

このボケ老人!

でも…


「無理して思い出さなくていいです!

 俺のことなんて忘れてくれていいですから!

 余計なことに気を使わずに

 体の回復に集中してください!」


「らしくないねエルナース。

 こんなに苦戦するなんて。

 頭が完全にボケちゃったの?」


イフさんは少し心配そうに言った。


「ボケて…ない…わよ……

 でも……ごめんなさい……イフ……」


エルナース先生は気を失った。


「先生! エルナース先生!」


「大丈夫。死なないよ。

 エルナースは強いから」


イフさんは俺を安心させるようにそう言うと、2人の自防隊の男の方を向いた。


「おい、あれイフだろ? やばくないか?」

2人の男の内の1人が言った。


「なあに、たいしたことないだろ。

 あいつがすごいのは伝説の中だけだ。

 実際は全然強くないっていうオチだろ。

 それにオレたち2人は

 あの四達のエルナースを倒したんだぜ」

もう1人がニヤつきながら言った。


「よく言うよ。

 28人がかりで攻撃しといて。

 しかも君たち2人は最初隠れてた。

 エルナースが大ダメージを負ったのを見て

 前に出てきた。そうでしょ?」


イフさんはまるで戦いを見ていたかのように言った。


「そ、そんな事はない!

 オレたちは最初から勇敢に戦っていた!」


「嘘だね。あたしは知ってる。

 地面が教えてくれたから。

 君たちが雑魚なのも知ってる」


「なっ!? こ、このクソガキ! 誰がザコだ!」


自防隊の男はそう言うと、イフさんに向かって大きな火の玉を投げつけた! 火の魔法だ!


ボォン!


火の玉はイフさんに直撃して爆発した!

いや、違う! いつの間にかイフさんの前に土の壁ができていた。火の玉はその土の壁に当たったようだ。役目を終えた土の壁は崩れて消えた。無傷のイフさんを見て、自防隊の2人の男はうろたえた。


「さよなら」


イフさんはそう言うと、両手の手の平を前方の地面に向けた。すると自防隊の2人の男の下に直径10mほどの大穴があいた!


「うわあああああぁぁぁぁぁー……… 」


2人の自防隊の男は大穴の闇の中へ落ちていった。底が見えないほどの深い穴だった。イフさんが両手を下げると、穴の壁全体から土が大量に噴き出して、穴を埋めた。


「土葬おわり。あめ」


イフさんは無表情で言った。


あめ…?

アーメンのことかな…?

いや! 今はそんな事よりも!

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