第15話 最後の手

「エ、エルナース先生…

 殺す必要は無かったんじゃ…」


「このカマキリのモンスターに

 更生の余地は無いわ。殺すのがベストよ」


「いや、こいつは…

 クアマンは普通の人間じゃないですか。

 顔がカマキリに似ているだけで、

 カマキリのモンスターじゃないでしょ。

 手も鎌じゃなく普通の手だし」


「…そうね。

 でもスーパースプレッダーとしての能力を

 特殊な鎌として見ればどう?

 こいつはその特殊な鎌を振るって

 人間を殺しまくっていたのよ。

 だからこいつはカマキリのモンスター

 みたいなものよ。殺処分されて当然よ。

 さ、死体を埋めましょう」


エルナース先生は無表情でそう言うと、風の魔法で地面に穴を掘った。俺は先生に恐怖を感じていた。何のためらいも無く人を殺した。そして人を殺したのに全く動揺していない。今もゴミ箱に紙くずを捨てるみたいに、掘った穴に人の死体を無表情で投げ入れている。それはどこかで見たような光景だった。


そうだ…!

迷彩服を着ていて、人気のない場所で

新型ゴロナウイルスの死者を処分していた、

あの連中と同じなんだ…!

先生はまさか…


「あの、エルナース先生。

 先生は昔、自防隊にいたんじゃないですか?」


クアマンの死体を投げ入れた穴を土で埋め終えた先生に、俺は尋ねた。


「えっ? …何でわかったの?」


「なんとなく…そんな気がして」


「…確かに自防隊にいた時もあったわ。

 少しの間だったけどね」


「戦争に参加したんですか?

 昔の、ギゴショク共和国との」


「まあね」


やはりそうか…

それで人殺しに慣れてるんだな。


「そんなことよりスーパースプレッダーの

 捜索を続けましょう。

 私はあと1人は潜んでると思うわ。

 この首都トキョウに」


「…先生、今日はもう捜索はやめにして、

 ティアに治療魔法をかけ続けてくれませんか?

 それでティアが治るかもしれませんから」


「…そうね。その実験も必要よね。わかったわ。

 スーパースプレッダーの1人は発見して

 処分できたわけだし、今日は解散にしましょう」


エルナース先生は俺の提案を受け入れて、イフさんの宿へ帰っていった。俺は郊外の隠し階段へ向かった。



郊外の階段が隠された場所に到着すると、土のフタを開け、階段を数段下りて、土のフタを閉めた。階段を下りきって、地下通路を歩く。イフさんの宿へ向かって。5分ほど歩いて、俺は立ち止まった。


…やっぱりおかしいよな……

順調すぎる。

あっさり見つかりすぎている。

スーパースプレッダーを探し始めて

たったの2日で2人も発見できた。

運が良かった?

いや、そうじゃない気がする…

何か嫌な感じがする……


俺は踵を返して、地下通路を戻っていった。





首都トキョウには大きな繁華街が4つある。俺はその内の1つ、第19区にある繁華街にやって来た。そして大通り全体を見渡せる高い所にのぼった。第22区の商店街とは比較にならないほど多くの人が見えた。目算で2000人くらいか。

俺は緊張していた。心臓の動きがどんどん速くなっている。これから恐ろしい光景を目にするかもしれない。思い過ごしであってくれるといいのだが。


「スゥーー、ハァーーー」


深呼吸した。そして絶対検査レベル2を発動させて、大通りを見た。大量の青い煙を出している人間が見えた。1人ではない。

9人だ。


「ウソだ……こんなに……」


めまいがして、よろめいた。

踏ん張って、なんとか倒れずにすんだ。

そして呼吸を整えて、俺は走り出した。





夕方までかかって、俺は首都トキョウにある4つの大きな繁華街全てを調べた。合計で40人のスーパースプレッダーを見つけた。俺は4つ目の第2区にある繁華街でベンチに座って絶望していた。


もうダメだ……

終わりだ……

40人……

1人でも苦労するスーパースプレッダーが

40人も………いや、それ以上か……

まだ調べてない区があるから……


俺はベンチから立ち上がって、フラフラと歩き始めた。イフさんの宿へ向かって。郊外の隠し階段から地下通路を通って帰る決まりだったが、もうどうでもよくなっていた。

下を向いて歩いていたが、ふと横を見た。衣料品店の壁にポスターが貼ってあった。7月に首都トキョウで開催される予定のオリンピックのポスターだった。歩みを止めてそのポスターをぼんやり見ていると、頭の中にアイデアがわいてきた。俺は走り出した。イフさんの宿へ向かって。


まだ終わってない!

この手があった!

確かに俺とエルナース先生だけでは

もう感染拡大を止めることはできないだろう。

だが、あの人が協力してくれれば……


早くエルナース先生に伝えたくて、俺は全力で走った。しかし、つまずいて派手に転んでしまった! 路上で酒を飲んでいた若者の集団が、それを見て笑った。


「こけ、こけ、こけ、こけたー!

 コケッコケッコケコッコー!」


「チョーウケる! キャハハハハ!

 キャハハハハハーックション! うい〜」


「パンチラしてたら完璧だったけどな!

 ギリギリ見えなかった! 惜しい!」


「ねえ、もう1回転んで見せてよぉ

 100エーンあげるからぁ」


「オレももう1回ヘッスラ見たい!」


「「ハイもう1回! ハイもう1回!」」


若者の集団からもう1回コールが起き始めた。小銭が何枚か投げられ、俺のそばに落ちた。俺は立ち上がって、それらを全て無視して再び走り出した。後ろからブーイングが聞こえた。


あんな奴らを救うために

俺は今まで必死でやってきたのか……

この街を…首都トキョウを救う価値はあるのか?

見捨ててカナイドの町へ帰ったほうが

いいんじゃないのか……


そう思ったが、すぐに考えを改めた。

頭の中にはイフさんやティアの姿が浮かんでいた。


そうだ。悪い奴ばかりじゃない。

この街にはいい人だっているんだ。

それによく考えたら、さっきの若者たちだって

そんなに悪い奴らでもないじゃないか……

本当に悪いのは新型ゴロナウイルスなんだ!

そしてそれを作った何者か……

ゴロナウイルス……

ゴロナの町……か…





イフさんの宿に到着した。手洗いをして服を着替えて302号室へ行ってみると、エルナース先生がティアに治療魔法をかけていた。それは今日50回目の治療魔法とのことだった。俺は絶対検査レベル2を発動して、ティアを見た。ティアからは青い煙が大量に出続けていた。



エルナース先生と俺は話をするために地下の隠し部屋に下りてきた。


「ティアはどうだった? 治ってた?」


エルナース先生は暖炉のそばのイスに座ると、

そう聞いてきた。俺は首を横に振った。


「そう……ダメか……

 でも毎日続ければきっと…!」

先生は諦めてない様子だ。


「エルナース先生、

 言わなきゃいけない事があります」

俺は覚悟を決めて切り出した。


「なに?」


「実は俺、さっきまで首都トキョウの

 4つの大きな繁華街を調べてたんです。

 絶対検査レベル2を使って」


「……そんな事をしていたの? 私に無断で」

先生は無表情で言った。


「ご、ごめんなさい。

 どうしても気になってしまって…」

俺は怖くなって謝罪した。


「……まあいいわ。それで? 結果は?」


「4つの区で合計40人の

 スーパースプレッダーを見ました」


俺はハッキリと言った。

それを聞いた先生は少しの間固まった。


「………嘘よ」


「本当です」


「そんなわけないじゃない」


「確かに見ました」


「冗談はやめなさい」


「冗談じゃありません。

 エルナース先生、それが現実なんです。

 まずは現実をしっかり受け入れて、

 それから


「そんなのどうすんのよ!?

 1人でも手を焼いてるのに!

 40人も! しかも4つの区で?

 じゃあ23区全部調べたら何人いるの?

 80人? 100人?

 制御できるわけないわ!

 もう終わりよこの街は!」


エルナース先生はまくしたてた。

こんな取り乱した先生を見るのは初めてだ。


「先生! 落ち着いてください!

 まだ手はあります!」


「手はある?

 何ができるっていうの私たちに?

 100人のスーパースプレッダーを相手に!

 100人全員殺せって言うつもり?

 ティアみたいに自覚が無いかもしれないのに。

 100人のティアを殺せというの?」


「違います!

 確かにエルナース先生と俺だけでは

 もうどうしようもありません!

 ですがベア総理大臣に協力してもらえれば

 まだなんとかなります!」


俺がそう言うと、

10秒ほど部屋が静かになった。



「ベア総理?」


エルナース先生が沈黙を破った。


「はい。俺が絶対検査で見つけた

 スーパースプレッダーを、

 ベア総理のスキルで操ってもらうんです。

 そして隔離する。100人全員隔離する。

 それで爆発的に感染者が増えることは

 なくなります」


「……」


「100人の中にクアマンみたいな

 悪人がいても、ベア総理のスキルなら

 大人しくさせることができます。

 殺して止める必要はありません」


「……」


「スーパースプレッダーを隔離している間に

 絶対検査レベル2を使って普通の感染者を

 あぶり出していきます。その普通の感染者を

 エルナース先生や他の医者が治療していけば、

 感染者はどんどん減っていきます。

 ベア総理に頼んで、緊急事態宣言を

 出してもらい、このジャホン国の医者を

 総動員してもらいましょう。他の町の医者を

 できるだけこの首都トキョウに集めれば、

 首都トキョウの新型ゴロナウイルスは

 割と早く終息すると思


「無理よ」


エルナース先生は俺の言葉をさえぎった。


「奥の手は熊の手ってわけ? バカバカしい」


「エルナース先生、

 冗談を言ってる時じゃありません」


「シュージ君。あなたベア総理が協力する事を

 前提にしてしゃべってるけど、

 あの獣人のバカ総理が協力なんてするわけ

 ないじゃない。 忘れたの?

 2月1日に国会でやった会議を。

 あいつは聞く耳を持たずに

 オリンピックの事しか考えてなかった」


「もう1度真剣に話をすれば

 きっとわかってくれると思います。

 スーパースプレッダーが多数いることを

 説明して、首都トキョウの危険な現状を

 理解してもらって、それで2人で

 頭を下げて頼めばきっとベア総理は


「頭を下げる!?

 この私に獣人に頭を下げろと言うの!?

 ふざけないで!!」


エルナース先生は大声を出した。先生は怒りが体中から溢れているような感じだった。驚いた俺は1歩後ろに下がった。


「獣人に頭を下げるくらいなら

 死んだ方がマシだわ!

 そうしないと助からないなら

 こんな街滅びればいいのよ!!」


エルナース先生は怒鳴り散らした。

恐怖を感じた俺は先生が少し落ち着くまで待った。



「…エルナース先生、

 そんなに獣人が嫌いですか?」

先生の呼吸が落ち着いてから俺は聞いた。


「ええそうよ。

 私は獣人が死ぬほど嫌いだわ。

 頭が悪くて、野蛮で、気持ちの悪い奴ら。

 あんな奴らに頭を下げるなんて

 考えただけでも吐き気がするわ。

 エルフの血と誇りが許さない」


「差別は憎しみと争いを生むだけです」


「そんな事はわかってるわよ! 頭ではね!

 でも体が受け付けないのよ生理的に!

 偉そうなことを言うのはやめなさい!

 エルフでもないくせに!」


「………わかりました。じゃあ俺が1人で

 ベア総理に頼みに行きます。明日にでも」

俺は決意して言った。


「あなた正気なの?

 本気であの獣人を説得できると思ってるの?

 見たでしょう、あいつの凶暴さを。

 ちょっと気に入らない事を言われただけで

 怒鳴ったり、テーブルや床を

 破壊したりしてたじゃない。

 無理よ。100%失敗するわ!

 いえ、説得が失敗するだけならまだいいわ。

 殺されるわよ。死んでもいいの!?

 まだ若いのに殺されてもいいの!?」


「でも、でも

 もうそれしか方法がないじゃないですか!」


俺は大声で言った。だがそれは嘘だった。この宿に走って帰ってる途中に、俺はもう1つの方法を思いついていた。だがそのもう1つの方法は極めて成功率が低いように思われた。だから口には出さなかった。


「……エルナース先生、

 もうこの首都トキョウを救えるのは

 ベア総理しかいません。

 先生もわかってるはずです。

 だから頼みに行くしかないんですよ。

 殺されるかもしれないけど、

 行くしかないんですよ」


言ってる途中に目に涙がたまってきた。なぜ俺はこんな事を言っているのか。なぜ殺されるかもしれない事をしようとしているのか。でももう言い放ってしまった。あとにひけなくなった。エルナース先生はじっと俺の顔を見つめていたが、ため息をついて、話しだした。


「好きにしなさい。

 だけど私は絶対行かないわ。

 もう二度とあの獣人に操られたくないから」


エルナース先生はそう言って、部屋を出ていった。俺はフラフラと歩いて、かわいいベッドに倒れこんだ。1人で行くことが決まってしまった。本当はエルナース先生についてきて欲しかった。先生が一緒だと心強いし、小物の俺が頭を下げるよりも、大物のエルナース先生が頭を下げた方が説得の成功率が上がるからだ。でももう仕方がない。1人で行くしかない。






翌日の朝。

目を覚ました俺は朝食を食べ、歯を磨き顔を洗い、タオルで顔を拭いてマスクをつけた。これで外出の準備は完了だ。女装はしなかった。ユウちゃんとしてではなく、シュージとしてベア総理と真剣に話し合うつもりだ。イフさんの宿の正面玄関から木製のドアを開けて外に出る。このドアから外に出るのは久しぶりだった。もうずいぶん長い間郊外の隠し階段から外に出ていた。今日も快晴だった。朝のさわやかな空気の中、俺は歩き出した。


「待ちなさい!」


後ろから声をかけられた。振り返ると、エルナース先生が宿の入口に立っていた。先生は俺に歩み寄って、俺を指さした。


「じっとしてなさい。動かないで」


先生がそう言ってから数秒後、風が俺の体の周りを回り始めた。その風は回りながら徐々に俺の体に近づいてきて、俺の体の中に入っていった。すると体が軽くなった感じがした。


「これは…時速90キロで走れる魔法…」

俺はつぶやいた。


「危ないと思ったら

 走って逃げなさい。時速90キロで。

 異世界転移者だとバレないように

 気をつけなさい。常に冷静に。

 熱くなってはダメよ。シューゾー君」


エルナース先生はそう言うと踵を返し、

宿の中へ戻っていった。


「シュージです!

 ありがとうございます!」


俺は正しい名前とお礼を言って、深くお辞儀した。そして踵を返して、ベア総理大臣の元へ向かった。





第9区にある首相官邸の前にやって来た。大きくて美しい家だ。さすがは総理大臣の住まいといったところか。今日は休日。ベア総理はこの家の中にいるはずだ。

門番をしている犬の獣人と話をしようと決心した時、通りの先から馬車が1台近づいてきた。その馬車は首相官邸の前で止まった。そして馬車から1人のドワーフが降りてきた。


あの人は…確か……


「ダーキシ官房長官!」


俺は馬車から降りてきたドワーフに呼びかけた。ダーキシ官房長官は俺の方を向いて、少し驚いた顔をした。


「シュージさんじゃないですか。

 また首都トキョウに来たのですか?」


「はい。昨日田舎から

 再び首都トキョウにやって来ました」


俺は嘘をついた。本当はずっと首都トキョウにいたが、本当の事を言ってしまうと俺が異世界転移者だとバレてしまうからだ。ベア総理は異世界転移者を差別、迫害している。なぜなら異世界転移者にはベア総理のスキルが効かないからだ。


「そうですか。

 この首相官邸に来たということは、

 ベア総理に用があるのですか?」


「はい。総理に大事な話があって来ました」


「そうですか。

 でも今日はやめておいた方がいい。

 ベア総理の機嫌が悪い。

 最悪と言ってもいいくらいです」


「ベア総理の機嫌が…最悪?

 何かあったんですか?」


「昨日総理の盟友が亡くなったのです。

 新型ゴロナウイルスによって」

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