第11話 ぬいぐるみ&自防隊が制圧したもの

翌日の朝、俺は首都トキョウの郊外にいた。

人気のない場所だ。


「すごいな。全くわからないぞ」


地面を見つめながら俺はつぶやいた。

俺が見つめている場所には地下へと続く階段があるのだが、今はその入口に土のフタがしてあるのだ。イフさんが魔法で作ってくれたその土のフタは、完璧に周りの地面と一体化している。ここに地下への階段があるとは誰も思わないだろう。


「よし、エルナース先生と合流しよう」


俺はそう言って、郊外から市街地へ向かって歩き出した。このあとエルナース先生と街で検査、治療、教育を行う予定なのだ。




「ユウちゃん! こっちよ!」


待ち合わせ場所の広場で俺を見つけたエルナース先生は、手を上げて大声で言った。ユウちゃんというのは女装をしている時の俺の名前だ。先生の所へ歩いていくと、先生が耳打ちしてきた。


「なるべく声を出さないでね。

 男だとバレちゃうから」


俺は黙ってうなずいた。

さっそく仕事を開始する。酒を提供する飲食店に入って、客に絶対検査を使う。声が出せないので、今回は俺が結果をノートに書きこむ。


3人目で早くも陽性者が見つかった。朝っぱらから酒を飲んでいたドワーフの男だった。俺はノートをエルナース先生に見せた。するとエルナース先生は問答無用でそのドワーフの男をトイレに連れこんだ。


トイレの中で治療と教育が行われ、ドワーフの男が出てきた。真っ青な顔をして店から出ていった。恐ろしい教育が完了したようだ。脅してトラウマを与え、感染対策を徹底するように、酒を控えるように、政府に密告しないように強く言い聞かせる。犯罪まがいの行為だが、首都トキョウの感染拡大を止めるための必要悪なのだ。


「よし。ユウちゃん、次の店に行くわよ」


俺たちは1軒目の店を出た。

今日はどれくらいの感染者を見つけられるだろうか。




「あ〜頭痛い。今日はもう無理だわ」


エルナース先生は頭を左手で押さえて言った。25軒目、59人目の感染者を治療、教育した時だった。時刻はまだ13時だ。


「やっぱり感染者が多いわね、首都トキョウは。

 こんなに早く私の魔力が尽きるなんて」


エルナース先生はぼやいた。

俺は黙ってノートをエルナース先生に見せた。

この25軒目の店の中にはまだ感染者がいるのだ。


「私は今日はもう治療魔法が使えないから

 病院に連れていきましょう」


ノートを見てエルナース先生はそう提案した。

俺は黙ってうなずいた。


60人目の感染者の豚の獣人を教育して、一緒に近くの病院へ向かう。

病院の入口には2人の自防隊の男が立っていた。


「そこの豚と女2人! 止まれ!」


2人の内の1人が俺たちに向かって叫んだ。

俺の女装はバレてないようだ。よかった。


「この病院に何の用だ!?」


自防隊の男は威圧的な態度で聞いてきた。


「この豚の獣人は

 新型ゴロナウイルスに感染しています。

 この病院の医者に治療してもらうために

 来ました」

エルナース先生は目的を告げた。


「ダメだ! 帰れ!

 首都トキョウで治療魔法が受けられるのは

 王族、自防隊員、政府関係者、

 そしてアスリートだけだ!

 その豚の獣人のような一般人は対象外だ!」


「一般人は治療魔法を受けられない?

 なぜですか?」

先生は尋ねた。


「医療資源が限られているからだ!

 この病院の医者は

 1日に2回しか治療魔法を使えない!

 だから要人が優先されるのだ! 

 一般人を治療する余裕など無いのだ!

 そんなことも知らんのか! アホが!」


1日たった2回しか治療魔法を使えないのか…

エルナース先生は1日に60回は使えるのに。


「じゃあ首都トキョウの一般人は

 どうしたらいいんですか?

 新型ゴロナウイルスに感染したら」

先生は聞いた。


「知るか! 失せろ!」


自防隊の男は取り付く島がなかった。


「……他の病院へ行ってみましょう」


エルナース先生はため息まじりにそう言うと踵を返し、歩き始めた。俺と豚の獣人も先生についていく。


「無知のメス豚獣人3匹が! 胸クソ悪い!

 さっさと消えろ! オラもっと早く歩け!

 汚い豚のケツ3つも見せつけてんじゃねーぞ!」


後ろから罵声が飛んできた。

さっきの自防隊員の声だ。


誰がメス豚獣人だよ! 腹立つなあ…


「ユウちゃん、これから叫び声がするけど

 絶対に後ろを振り返っちゃダメよ。

 このまま前を向いて歩き続けるの。

 わかったわね?」


エルナース先生が俺の隣に来て忠告した。


これから叫び声がする…?

どういうことだ…?


よくわからなかったが、俺はうなずいておいた。


「ぎゃああああーー!!

 目が! 目があああー!!」


後ろから叫び声がした。

さっきの自防隊員の声だ。


「振り返っちゃダメよユウちゃん。

 女の子が見るものじゃないわ」

先生は念を押してきた。


俺は女の子じゃないんだが。

またボケてんのかな先生。

しかし……つぶしたのか…目を。風の魔法で。


俺は先生を横目で見た。

やりすぎじゃないですか?、と目で訴えた。


「大丈夫よ。片目だけだから。

 両目とも潰したら大事になっちゃうからね」


エルナース先生はそう言ってウインクしてみせた。


いや、片目でも大事なんですが…





その後首都トキョウにあるいくつかの病院へ行ったが、全ての病院で自防隊に門前払いされた。


「まさか病院が自防隊に制圧されてるなんて…」


エルナース先生は愕然として言った。

俺は不安になって先生を見た。


「…大丈夫。病院があるのは

 首都トキョウだけじゃないわ。

 感染者の豚の獣人には

 他の町の病院へ行ってもらいましょう」


エルナース先生は俺を安心させるように言った。


豚の獣人に他の町の病院へ行くように指示して、今日の仕事は終了ということになった。エルナース先生はイフさんの宿屋に直帰した。


俺は郊外の人気のない場所に戻ってきた。土のフタを開け、隠し階段を数段下りて土のフタを閉じた。これで外からは隠し階段は見えないはずだ。階段を下りて、地下通路を歩いていく。地下通路は等間隔に置かれた魔石の力で光るランプのおかげで十分に明るかった。


20分ほど歩いて、イフさんの宿の地下に作られた隠し部屋に戻ってきた。まずはイフさんが今朝作ってくれた洗面所で手洗いをした。新型ゴロナウイルスは人間の手を好むから、今俺の手にもウイルスがいるかも知れないのだ。しっかり手を洗った後、改めて地下の隠し部屋を見渡してみる。

地下の隠し部屋はイフさんによって快適に改装されていた。土のテーブルにはテーブルクロスが敷かれ、その上には果物やパンが入ったカゴが置かれている。壁には棚が作られ布が敷かれ、その上に小説や漫画、新聞、食器、コップ、ヤカン等が置かれている。

ベッドの上には花柄のカワイイ布団が敷かれていて、その上にはカワイイぬいぐるみたちが集合していた。ぬいぐるみはベッドの上以外にも部屋のあちこちにいて、まるで俺の部屋を制圧しているようだった。



…イフさん…

まさか俺のことを女だと思ってるんじゃ…

後で注意しとかないとな。

この部屋は男にとっては恥ずかしいよ…


部屋の隅には暖炉もある。

暖炉の中では魔石が赤く光っている。魔石の暖炉は煙が出ないし、薪も必要ない。ヤカンの水を沸騰させることもできる。

俺はコーヒーを作って、クマさんの絵が描いてあるコップに注いで飲み始めた。熱々で美味しい。


あの豚の獣人は

他の町の病院にたどり着けたかな?

重症化する前に治療が受けられてるといいけど…

重症化したら首や胸が真っ白になって

100%死んでしまうからな……


俺は観葉植物を見つめながらコーヒーを飲んだ。

頭の中ではカナイドの町で重症化して死んだあのエルフの男を見つめていた。



「ごはんだよ」


イフさんが夕食を持ってきてくれた。

シチューとチャーハンとサラダだった。


「イフさん、エルナース先生はどうしてます?」


「頭痛いって言ってる。ベッドで横になってる」


治療魔法の使いすぎか…

先生も大変だ。


「ユウちゃんも無理しないようにね」


イフさんは無理するなと言ったが、俺は明日からスキルを限界まで使うと決めていた。そうする事でスキルがまた成長するかもしれないからだ。


「あっ! イフさん、お願いがあるんですけど」


「なに?」


「あの花柄のカワイイ布団とか

 このクマさんのコップとか

 別の物に替えてください。

 それとあのカワイイぬいぐるみたちとか

 小物とかも要らないです。

 取り払ってもらっていいですか?」


「なんで? いいじゃん。

 ユウちゃんにピッタリだよ」


「ユウちゃんには合ってても

 シュージには合わないんですよ!

 恥ずかしいんですよ!」


「シュージって誰?」


「俺ですよ!

 やっぱり忘れてたんですか!

 俺はシュージという男なんですよ!

 今は女装してユウちゃんになってますけど!」


「ああ、そういやそうだったね。

 ごめん。忘れてた」


「頼みますよホントに」


「わかった。じゃあ明日にでも

 部屋の模様替えをするよ。

 男らしい部屋にね。おやすみ」


イフさんはそう言うと、俺の部屋から出ていった。

しかし彼女はすぐ戻ってきた。


「ユウちゃん、お風呂いっしょに入ろうよ」


「なっ!? 入るわけないでしょ!

 何言ってるんですか!?」


「え〜女の子同士じゃん。恥ずかしくないよ」


ダメだこのボケ老人!

エルナース先生よりひどいよ!

…まあイフさんはエルナース先生より年上の

超高齢者だからな…しかたないか……


俺は少女のボケ老人に改めて自分が男であることを説明し、事なきを得た。






翌日もエルナース先生と俺は首都トキョウの酒を提供する飲食店で検査、治療、教育を繰り返し行った。だがエルナース先生は獣人の感染者には治療は行わず、他の町の病院へ行って治療を受けるように指示した。


「獣人は他の人種と比べて

 身体能力も体力も高いから、

 他の町へ早くたどり着けるでしょ」


エルナース先生は理由をそう説明したが、

嘘だと思った。先生は獣人を嫌っている。

だから他の人種を優先しているのだ。エルフはみんな獣人を嫌っているらしいが、エルナース先生は特に差別意識が強い気がする。過去に何かあったのだろうか。



結局この日は589件の検査を行い、98人の感染者を見つけた。

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