こんにちは中学生の私。さようなら中学生の私

因幡雄介

第1話

『こんにちは。中学生の私』

 西城夜顔さいじょうよるがおは学校の屋上できょとんとした。

 母子家庭だったので、持たされた携帯から、母の名前で着信音がした。

 お母さんからだと思って、通話ボタンを押すと、知らない女の声がする。

 もう一度着信履歴を見ると、母の名前で間違いなかった。

『驚かなくていいよ。中学生の私。私は君の未来の私。西城夜顔さいじょうよるがおだ。君は知っている人以外の電話だと警戒して、留守電機能に入れてしまうから、母の名前を使わせてもらった』

 と、電話の主は言っているけど、そんなことってある?

『切る前に、今の君の状況を当ててあげようか? 君は山吹中学校にいて、ひと目につかない屋上にいる。服は学生服で、黒縁めがねをかけている。長い昼休みは、図書館で借りた本をそこで読むのが日課だ。長い前髪は右に曲がるくせ毛で、まっすぐになるように、いつもさわってるよね? 内向的で外に出たくないのに、母親が外に出なさいってうるさいから、いつも市立の図書館に逃げ込んでる……』

 電話の主の言うことは、いちいち当たっていた。

 なんで私のことがわかるの?

 そう聞こうとすると、

『未来の私だからわかるんだ。未来の技術はすごく発展しててね。過去の私に電話することなんてわけないのさ』

 私の思考を読むかのように言ってくる。

 声も聞きおぼえがあるし、未来の私だと言われれば、そうかもしれない。

 私は八十パーセントほど、女の人の言うことを信じてしまう。

『実は君に依頼があってね。聞いてくれないか? ――ああ、そうそう。このことは誰にも言っちゃいけないよ?』





 中学校の廊下はいつもにぎやかだ。

 男の子の声がいちいちうるさい。

 体に当たってきても、謝りもしないから嫌いだ。

 私は携帯を耳に当てたまま、

「あの、聞いていいですか?」

『うん。いいよ』

「未来の私って、どんな感じなんですか?」

『五十五歳になった私のことだね? 独身で、夫も子供もいない。研究者になっててね。好きな研究ばっかりやってるよ。ペットでも飼おうかと思ったんだけどね。研究に没頭しすぎて、餌やるの忘れて、飢え死にされるのは困るから飼ってない。のんびり、ひとり暮らしやってるよ』

「あー、やっぱりひとりなんですね」

『はは! 中学生の頃から、ずっとひとりなんだろうなって思ってたもんね? 女の子同士の恋愛話にも興味ないし。君の予感は当たってるよ。だけど楽しいよ? 人生を束縛されることもないし、自由だし。お金もあって、不自由はない。こういう人生も幸せの一つさ』

「はい」

 私は結婚しないだろうなと思ってただけに、未来の自分に励まされると勇気が出る。

 他人の言葉より自分。

 母親の言葉より自分。

 やっぱり自分の言葉は信用できるなぁ。

 教室に入ると、熱心に読書している男の子がいた。

 原学はらまなぶ

 図書館でたまに会うので知り合いだけど、そんなに付き合ってる仲じゃない。

 言葉を交わしたことがあるから、話しかけても、他の男子よりかは緊張しないかな。

「原君」

「ん? 何?」

 ひょうひょうとした返事をする原君。

 あんまり感情を表に出さないところも、刺激にならなくて、私にはよかった。

「頼みたいことがあるの」

「ああ。いいよ。本貸そうか?」

「ううん。そうじゃないの。一緒にきてくれる?」

「いいよ」

 原君は本を机の中にしまうと立ち上がった。

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