◎第29話・誕生日の贈り物
◎第29話・誕生日の贈り物
さすがに反乱工作の失敗が堪えたのか、カーティスによる陰謀はしばらくの間、息を潜めることとなる。
そんなつかの間の平和に。
「そろそろローザの誕生日ですね」
セレスがテラとコスミーに言った。
「そうですわね。今年の贈り物は何にしましょうかしら」
この三人とローザは、互いに誕生日に物を贈っている。
「私は主様とローザをくっつけるのがいいと思うよ!」
「いやコスミー、あのね……」
ランドの件ですっかり恋愛が主軸になってしまったコスミーに、セレスは呆れる。
だが。
「いや……ローザの主様への恋を成就する、それを援護する何か……を贈るのは間違いではないと思いますわ」
「なるほど。例えば?」
尋ねると、テラの代わりにセレスが答える。
「香水などどうでしょうか」
「えぇー、そんなのありきたりすぎるよ。それに使ったらなくなるし」
コスミーが却下する。
「それもそうですね……もう細かいこと考えないで、各自で好きにものを贈りましょうか」
「領内にラグリッチ商会があるから、ちょっとお金を出せば贈り物になるものを仕入れてくれるだろうからね!」
「私は賛成ですわ。きっとローザを喜ばせてみせますから」
「よし、じゃ解散。贈り物の中身はお互いに秘密ね!」
いままでは三人で考えた一品を贈っており、各自で用意することには慣れていない。もしかしたらとんでもないものばかりそろうのではないか。
などとテラは思ったが、それはそれで自分が楽しいのですぐに考えないことにした。
テラは考える。
ローザの好きなものは、だいたいローザの得意なものと一致するだろう。
もしそうであるならば、彼女の得意なもの、つまり……。
つまり?
そこまで考えて、彼女は道を歩く足を止めた。
ローザの得意なもので彼女がうれしがるとは思えないのだ。
以前、主君ハウエルが「ローザはきっと、表で見せている以上に果たし合いに強いだろうね」と言っていた。
とすれば、彼女に贈るべきものは、武術等の鍛錬の道具や、武術書、武器といった具合になるだろう。
しかし、日常の様子を見る限り、それでローザが喜ぶとは思えない。
彼女は少なくとも、戦いの猛者、強者として見られることをよしとはしないだろう。そこへもってそんなものを贈ったら、大変気分を害するに違いない。その様子は目に浮かぶようだ。
ローザは、彼女自身の認識によれば、武人ではなく、ちょっと荒事に慣れているだけの普通の女の子なのだろう。
なおローザは密偵でもあるが、密偵のための道具を差し出すのも、さすがにためらわれる。
とはいえ、他に得意そうなものも見当たらない。兵法は落ちこぼれの程度であると、ローザが自分で言っている。
そもそも、彼女の得意な分野の贈り物をしようということが間違いなのかもしれない。仮に分野が的中したとしても、得意なだけに厳正な評価をされるだろう。そこで大したことがないものだと分かれば、落胆するに違いない。
やはり素直に、ローザがハウエルの気を引くための道具を買うのがいいかもしれない。それも香水のように使い切ってしまうものより、なかなか消耗しないもの。
――例えば、そう、装飾品ですわ!
答えを出したテラは、上品な調子で庶民的な鼻歌を歌いながら、ラグリッチ商会の細工売り場へと向かう。
一方、セレスは違う発想だった。
相手の得意なものではなく、自分の得意なものから贈り物を選ぶ。
相手に合わせるのは、今回は下策。ローザの本当に得意な事柄が武働きであることはセレスも把握しており、それに関連するものを差し出しても気分を害するであろうことも、彼女は理解していた。
であれば、自分の得意なもので勝負をかける。
何の勝負かは分からない。しかし、セレスは自分が自信をもって推せるものこそが無難だと考えた。
だが、自分が自信をもって推せるものとは何か。
そう考えると、彼女は首をひねる。
彼女はローザやトンプソンなど、得意分野が明確な人間ではない。仕事は教われば、とりあえず人並みにはこなせるものの、特に抜きんでているものは持ち合わせていない。
そこまで考えて、彼女はひらめいた。
何かが得意な人間に、その得意なものを作ってもらおう。
例えば銃器職人のスクルドは、鉄細工をやっていた時期があると聞いている。
ちょっとおしゃれな鉄細工につき、その技術に見合う工賃を提供しつつ、できたものをローザに渡せばよいのではないか。
――これは名案です!
道筋が見えたセレスは、さっそく駆け足気味にスクルドのもとへ向かった。
コスミーが何を考え、何をしたかは省略する。
どうせろくな考えではない。
誕生日当日、昼休みに三人はローザを呼んだ。
「ローザ、誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう!」
彼女はニコニコ顔。
「私たちから贈り物ですわ。今回は三人が別々に一個ずつ選びましたの」
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん」
開ける。
セレスの包みは、白馬の王子をモデルとした、精巧な鉄細工。テラの包みは、彩り豊かな小さい花の髪飾り。
「わあ……! うれしい!」
「私の包みも開けてよ!」
「そうだね。……まあコスミーだから期待はしないけど」
「失礼な! 開けてから言ってよ!」
開けると、そこには。
「……これは、ええと、コロクスだったっけ?」
荒天地方の特産工芸品。細長い円筒形をしており、顔があるなど少し人を模している。
「……ええと」
「ただのコロクスじゃないよ。水筒になっていていつでも中のものを飲めるんだよ!」
「ふうん」
「暑いときとかにはがぶ飲みしたくなるだろうからね、これでいいよね!」
「……まあ、コスミーが頑張って選んでくれたのは伝わってくるよ。ありがと」
きわめて微妙な表情でローザは答えた。
「とにかく、みんなありがとね。大事にするよ。コロクスの水筒も、まあ、密偵任務があったら使おうかな」
「やった! やっぱり私が一番だ!」
やたら楽しくなっているコスミーを横目に、ローザは残り二人に「本当にありがと」と繰り返し礼を言った。
もっとも、ローザが最も楽しみにしていたのは、三人の女子たちよりも。
「いやあローザ、ごめん、待ち合わせに先に来ていたんだね」
終業時間後、城の外、大きな樹の下へ、ハウエルがやってきた。
「ま、まあなんでもないですけど」
「待ったかい」
「少しは」
「いやあごめんね。ラグリッチ商会で手間がかかってさ」
ローザの頭の中は「主様からの愛の贈り物が来る!」でいっぱいになっていた。
「まあ能書きはいいよね。はいこれ、誕生日の贈り物だよ」
差し出したのは、ひし形の小さな宝石をあしらった首飾り。
夕日を反射し、その色を少し取り込み、わずかにかつ端整に光っていた。
「……すてき……!」
ローザのその言葉は、首飾りに向けられたのか、それを渡したハウエルに向けられたのか。
「光ってて、夕陽みたいで、私の大事な……わざわざくれて」
ふいに彼女は、目に涙が流れるのを感じた。
「おお、どうした、気に入らなかったかい?」
「とんでもありません。私は、私は幸せ者です。ウウ、ヒック」
困惑するハウエル。
「私からは、そういえば誕生日の贈り物は初めてだったね」
「それもうれしくて、もう、素敵で……!」
ローザは、本当に欲しかったものを、少しだけ手に入れた気がした。
「絶対に大事にします。主様からの証を、絶対に大事にします」
「そうか。ありがとう」
ローザは涙をこぼし続け、主は手巾でそれをぬぐってやった。
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