◎第21話・諸事そして銃の出来

◎第21話・諸事そして銃の出来



 かくして自警団は出動し、ハウエルらはそれを見送った。

 自警団の面々は、おおむね不満を持っているといった様子で、心から命令に従ってる様子には、とうてい見えなかった。

 しかし、それでもハウエルは中止を指示しなかった。


 そもそも、貧乏くじとはいえ、領主から「要請」された正当な出動に不服であることがおかしいのだ。いや、そもそも領主が直接命令できないことからしておかしいが。

 これが正規軍なら、不平タラタラで出動したとすれば、その時点で領主から何らかの注意か懲戒を受けるだろう。少なくともハウエルは、機動半旗が相手なら、軍紀粛正のためにもそうする。機動半旗は士気と忠誠心ともに高く、そんなことをするとは思えないが。


 そうしないのは、いまはその時ではないと考えたからであり、同時に自警団の存在が要請に不服な態度を見せることができる程度には、領主の権威が足りないからでもあった。

 そう、領主の権威が足りない。なめられている。

 それは、何かにつけて強引で暴力的な手段を辞さないはずのハウエルにとって、今後の大きな課題だった。



 ともあれ、自警団がいない間は、堂々と内政ができる。

 いや、そもそも自警団は内政の様子になど介入しないし、ハウエルはそれをさせない。彼らは「一勢力」とはいえ、監査ではない。彼らに内政の詳細を開示し、監視させる筋合いは、もとよりどこにもない。

 しかし、そうはいっても、自警団が留守であるということは、彼らにとっていくぶんかの安らぎをもたらした。


 そこでハウエルは、以前相談された恋の相談を確認することにした。

 小部屋に彼と、ローザ、トンプソン、ランドが集まる。

「で、ランド、コスミーとの仲はどうだい」

 決して下世話な根性で聞いているわけではない。領主として、受けた相談は最後まで果たすという一種の責任のためであり、同時に仲の崩壊による統治の能率の低下を防ぐためでもあった。

 特に後者は大きい。統治の能率は、個々の能力だけでなく、人間関係によっても左右されるものだ。


 ランドは答えた。

「私からみる限り、それなりに進展しているように思えます」

「具体的には?」

「二人きりの逢い引きを何度かしました。領内を散歩したり、非番の日に、日光浴がてら、昼食を一緒にしたりしました。今後王都に用があれば、王都でも空き時間に二人で遊ぶことを約束しました」

「おお……進んでいるようだね」

 予想外の進展に、ハウエルは笑顔になる。


「しかし領内に遊べる場所が少ないのはあれだね、領主として責任を感じるね」

「そんな、散歩はできますし自然豊かなところです、主様が領主としての責任を感じられることはありません」

「いや……ランドたちが『自然を楽しむ』ことしかできないのは問題だよ。他の若い人たちもそれしかできないってことだからね。過疎にもなるさ」

 少なくとも彼は、そう考える人間だった。

 領主としての感覚が板についてきたともいえる。


「ともあれ、ラグリッチ商会は来てくれたし、一連の銃生産体制も動き出している。人が集まれば、徐々に村も発展していくだろう。市街、城下町と呼べるほどにね。私はその発展を、少しばかり補助することしかできない。おしゃれな城下町での逢い引きは、必然として、それまでお預けということになる。すまないね」

「主様」

 口を開いたのは、トンプソン。


「そもそも恋仲というものは、おしゃれな市街があろうとなかろうと、相性が合致し進むときは進むものです。現にランドとコスミーは進んでいるさなかでございます。主様がことさら領主としてご自分を責めるにはあたらぬものと存じます」

「そういうものかな。ありがとう」

「礼をおっしゃるにもあたらぬものと」

 彼は首を振る。

「ともあれ、ランドとコスミーはひとまず軌道には乗ったようです。ケンカに気をつけて、もしそれがあれば適切に補助する程度で、あとは充分であると思料いたしまする」


「そうだね。ローザはどう思う」

「私も素敵な恋がしたいです!」

「えぇ、ローザが? きみは素敵な恋というより、愉快な掛け合いが似合うと思うよ」

「……うぅうぅー! 人の気持ちも知らないで……!」

「ん? ローザもまさか恋しているのかい?」

「……違いますぅ! 愉快な掛け合いをしているんです!」

「そうだよね。ああびっくりした」

「うぅうぅー!」

 ローザは、意見を求められた割には、結局雑な扱いだった。


 滝の砦は、今回も敵の攻勢を退け、壊れた部分の修理を行っていた。

 勇者カーティス自身が陣頭指揮……をするはずがない。先を見越したカーティスによって登用された、普請の専門家が現場を見回っていた。それこそが彼の構想した、特化技術者によって行われる砦の運用だからだ。

 その様子を見つつ、間者からの報告を見る勇者。


 他の重要事項とともに報告書に躍っていたのは、荒天領の発展の兆しを伝える文字。

 あのハウエルの活動である。

 いまや彼の政策とその過程は、王都をはじめとして、採掘等の技術者の間のみならず、広く貴族たちの間で話題の種となっている。

 それも銃器鍛冶で町おこしをするという表面的な情報のみならず、いかにして彼が凶賊団を取り込み機動半旗を結成したか、その理由と自警団関連のあれこれや、どのような手法で技術者たちの心をつかんだか、果てにはラナやラグリッチ商会との諸々まで、細かい部分も噂話に含まれている。


 貴族向けの広報に載っているわけではない。しかし担当者や決裁権者が目を付けたとしても、噂のおかげで一から暗中模索の取材をする必要がないこともあり、全く不思議ではないことであった。

 そして、そのような現状について、もちろんカーティスが愉快なはずがなかった。

 なぜあいつが。


 自分が兵站主幹の後釜にと据えたゼーベックは、物流は知っていても兵法を知らないせいで、

いまひとつ能率が良くない。うまく機能していない。

 一方で……自分がかつて七十点だと言って切り捨てたあの男。専門家主義に最も反した器用貧乏。国王に工作してまで入念に切り離した尻の青い小僧。

 決してその成功を許してはならないというのに。

 断じて栄光をつかませてはならない存在なのに!


 ハウエルが去ってからのカーティスの戦功も、なんだかんだ言って悪くはない。ゼーベックは多少落ち度が目立つものの、腐っても専門家、致命的な誤りはしない。それにカーティスも、性格は悪いが、ひとたび敵とぶつかれば優れた用兵、戦術を発揮し、ほとんどの戦いで、勝ったといえる程度には結果を出す人間である。

 しかし、ハウエルはそれを上回る成果を挙げようとしている。――いや、上回るかどうかは本来、単純には比較できない。カーティスと彼とでは奮闘している分野が異なる。


 カーティスが戦いに特化しているのに対し、彼が頭角を現しているのは政務面。機動半旗の編制や銃に関する構想など、間接的に軍事も関与しているとはいえ、基本的には内政である。彼自身が、例えば農業や工業などに必要な発明をするわけではないが、その政策や編制は基本的に領地の内部の政務に関するものだ。


 しかしカーティスは、その比較をしてしまった。その畑違いの上下を測るという愚に取りつかれてしまった。

 名声、名聞という唯一共通の尺度があったばかりに。

「……許せん……!」

 自尊心に囚われた彼は誓った。

 必ずやハウエルを、成功から引きずり下ろしてやると。



 自警団の留守中、ハウエルは銃器鍛冶の親分格のスクルドを訪ねた。

 製鉄技師の長パラクスや採掘班の頭領ディラグも同席している。

 そして、目の前には念願の。

「これが火縄銃だね。内製の銃かあ……」

 ハウエルはしみじみと、領内製の鉄砲を手に取る。

 十丁。領主に対して最初に納品されたのは、その目の前の十丁だった。

 傍らには、火薬、弾、火縄など発射に必要な道具もある。


「長かったな……」

 言って、ハウエルはまた口を閉じた。

 銃に関するものだけでも、課題は山積している。

 編制に組み込む数と輸出に回す数の均衡。銃の販路の開拓。機動半旗に対する銃戦術の訓練。

 まだまだ道は長い。一番の峠は越えたが、銃に関する産業は、まだ全く終わりを迎えてなどいない。

 まして、今回完成したのはたった十丁。売るにも配備するにも、ついでに訓練するのでさえ、十丁ではさすがに足りない。


「銃の内製にこぎつけたのはあなた方のおかけだ。僕たちはこの事業を継続していかなければならない。全ては荒天領のために。これからもよろしく頼むよ」

 彼は感慨をこらえ、あえて厳しく訓示をした。

「当然です。我ら一同、これからも領主殿のために生産を続ける所存です」

 各部門の責任者たちは、真剣な表情で頭を下げた。



 彼はそのうちの一丁を、私的な武器として持ち帰った。

 執務室でしきりに眺め回すハウエル。

「ほう。……ほう」

 彼は決して、武器そのものに興味を持つ部類ではない。彼は専門家ではなく、ゆえに武器の専門家でもない。ただその運用、戦術を知っているだけである。

 しかし、そうはいっても銃に接する機会はなかなか無かった。滝の砦ですら、彼は銃兵隊の隊長でもなく、兵站管理に勤しむ毎日で、生の銃を取り扱う機会には恵まれなかった。


 そんな彼の様子を見て、内製銃のお披露目のため、彼から呼ばれていたローザが一言。

「主様、すごく気持ち悪いですね」

 そう言われて、彼は反論する。

「何言ってるんだ、やっと銃が完成したんだぞ、これを喜ばなくてどうするんだ」

「喜びすぎなんですよ。まるで子供でもできたかのように」


 ローザはそう口走ると、急に顔を赤らめた。

「どうした?」

「……子供ができるとか、気が早すぎなんですよ!」

「は? きみが勝手に口に出しただけだろう。誰かの子供が欲しいの?」

「うぅうぅー! 欲しいに決まってるじゃないですか!」

「誰との?」

「……うぅうー!」

 彼女は会話になっていない会話をした後、涙目で執務室を出ていった。

「主様のばか! 鈍感!」

「そう言われても……」

 困惑しつつも銃をしきりにいじるハウエル。


 そこへ今度はトンプソンがやってきた。

「お召しによりまして参上いたしました。……ローザが涙目で走っていったようですが、なにかございましたでしょうや?」

「よく分からない。一人で盛り上がって出ていった」

「鈍感はよくありませぬぞ」

「何が?」

「……なんでもありませぬ。それより、それが内製の銃ですかな」


 トンプソンも、銃に目をやる。

「長うございましたな。凶賊団、金策、職人集め……本当に主様はよくなさいましたな」

「これからもだよ。やることはまだたくさんある。きっと内政の課題は無限にあるんだろう。あれが済んだら次はこれ。銃に限った話でもなく、さ」

「然り、仰せのとおりにございます」

 彼はただ無表情にうなずく。


「特にこの地は課題が多い。何もなかった領地だから、その分、問題を詰め込んでいたんだろうね」

「詩人のようなおっしゃりようですな」

「ふふ、たまには詩的な言い回しもいいだろう。ところでトンプソンも銃、いじるかい?」

「それがしは見るだけで充分でございまする。主様の銃は主様が扱えば十分でござりますゆえ」

「そうか。そういうものか」


 しばしの沈黙の後、トンプソンは一礼する。

「他に御用がなければ、これにて」

「そうだね。お疲れ様。トンプソンも本当によく頑張っているよ」

「過分のねぎらい、恐れ入ります。しからば御免」

 家来が退出した後も、しばらくは銃をいじり回していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る