◎第08話・よくいるチンピラ

◎第08話・よくいるチンピラ



 途中、町の宿で泊まったりしつつ、馬車に揺られたりすると、やがて王都に着いた。

 あらかじめ使いを送っていたので、王都の屋敷では使用人たちが出迎えた。

「伯爵様、ようこそいらっしゃいました」

 とはいっても、使用人は数人しかいない。

 屋敷がそれで足りる程度の規模なのだ。貴族である以上、王都に用事があるときのために、ここに屋敷を持たないと何かと不便である。しかしハウエルは、これまでは形だけの伯爵で、実際にはほぼ滝の砦へ出ずっぱりであったため、ほとんど屋敷へ来る機会がなかった。


 古く小さくはあるが、手入れはしっかりしているようで、思ったほど傷みはない。どうしても経年による劣化はあるが、よく抑えられている。

 執事を中心に、使用人たちが、仕事を怠ることなく頑張っていたのだろう。その点は使用人たちの忠誠心に感謝すべきだろう。そうハウエルは思った。


 これからは地方領主であり、中央と色々接点を持つこともあるに違いない。その際にこの屋敷を使うことになるだろうから、いままで以上に維持管理をしっかりしなければならない。

「皆、ご苦労だったね」

 彼は使用人にねぎらいの言葉をかける。

「私もいまは、色々あるけども地方領主だ。滝の砦に赴任していたときよりは、この屋敷に留まる機会も多くなると思う。皆にはこれからも一層、よろしく頼むよ」


「承知いたしました。まずはお食事の用意が整っております。お着替えをお手伝いしますので、更衣室へご案内します」

 貴族らしからぬ軽装のハウエルと、そもそもゴテゴテ着る必要のないローザ。

 しかし仕事を奪うわけにもいかないので。

「うん、頼むよ」

「お願いします」

 二人はうなずいて、執事らの後についていった。



 翌朝、二人はどこへ行くかを話していた。

「結局のところ、工業ギルドに頭を下げて、採掘技術者、製鉄技師、銃器職人を借りようと思っていたんだ。だけどそれだと」

「工業ギルドに足元を見られますね。思いっきり」

「そうなんだよ。がっぽり中抜きされることは明白。一番いいのはそれぞれの技師を私が直接に抱えることなんだけども」

「そんな当てはないと」

「その通り」

 ハウエルが腕を組む。


「しかし工業ギルドに行くのは最後の手段にしたい。どこか……技術者を探せそうなところ……」

「しいていえば酒場ですかね。本人がいなかったとしても、何か耳寄りなものがありそう、といえば、ありそうです」

 ハウエルが「おっ」と反応した。

「そうだね。分かった。酒場に行ってくる。ローザは留守番だね」

「エェー!」

「酒場に商売でもない女性を連れていくのは、さすがにちょっと」

「うぅ……それはそうですけど、主様が心配です」

「万一荒事になっても、私ならどうにかできるよ。あと必要なら呼ぶから、ね」

「うぅ、分かりましたよ……」

 ローザはあからさまにしょんぼりしながら、すごすごと部屋に戻った。



 現場は酒場ではなく、その前の狭い路地だった。

「おい嬢ちゃん。お前のせいで服汚れちまったじゃねえかよ」

「弁償しろや!」

 チンピラ風の男三人に、幼い少女が脅されていた。

 パッと見だけで善悪を判断してはならない。それは、世間的には「勇者」であるカーティスの性格に触れてきた彼には、よく分かることであった。

 しかしこれは、どう考えても止めるべきである。


「あの、皆さんどうしたのです?」

 すっとぼけて割って入るハウエル。

「あぁ? お前もやるのか?」

「何をですか?」

「待て」

 兄貴分であろう人物が、弟分と思われる人物を制した。

「俺たちはこの嬢ちゃんに、嬢ちゃんの持っていた酒で服を汚されたから、洗濯代を要求していただけだ。やましいことは何もしていない」

「酒で? 酒瓶を、お嬢さんが服に飛び散るように割ったのですか?」

「それは……」

 言いよどんだところからして、やはりどう考えても絡んだのはチンピラたちだろう。


 それに。

「このお嬢さんに洗濯代を要求したところで、支払われるようには思えませんが」

「ならあんたが払ってくれるのか?」

「ご冗談を。私にできることは、警察軍にあなた方を恐喝の罪で突き出すことだけですよ」

 チンピラたちが一斉に距離を取った。

「やるってのか?」

 手にはナイフ。

 戦うしかない。


「なるべく穏便に済ませたかったんですけどもね」

 一方で、穏便に済むとは元から思っていなかったハウエル。

 腰の剣を抜かずに、素手で構える。

「おい、剣を抜けよ」

「命のやり取りは、少なくとも私の望むところではありませんので」

「なめた真似を……うおらぁ!」

 チンピラのナイフが、ハウエルに襲い掛かる。



 最後の一人のナイフが蹴り飛ばされる。

「んん、この辺で勘弁してくれないかなあ。私は本当に命のやり取りはしたくないんだ。お互い面倒だろう?」

「この――」

「待て。ゲホッ、ゴホッ。見逃してくれるのか?」

 兄貴分が言うと、彼は大きくうなずく。

「今後、私とこのお嬢さんを襲わないと約束してくれればね」

「分かった。約束する」

「あ、兄貴、そんな」

「こいつは俺たちが、ゲホ、敵う相手じゃない。現に一撃も入れられていないだろ。見逃してくれるならそれに甘えるべきだ」

「兄貴……」


 弟分たちは、ハウエルと兄貴分を交互に見ていたが、やがて地面に唾を吐き。

「今日はこのぐらいにしておいてやる!」

「このクソ野郎が!」

 クソ野郎はどっちだよ……と思いつつも、ハウエルとしても深追いする理由はなかったので、無様に逃げる彼らを見送った。



 彼はやがて、小さな女の子に向き直った。

「お嬢さん、大丈夫かい?」

 この女の子が、何も非を有していないという確証はない。人間の善悪を、見た目や表面上のいきさつだけで測ってはいけない。例えば、女の子とチンピラがグルであるおそれなど。

 念のため、ハウエルはさりげなく、チンピラの逃げたほうを警戒しつつ、いつでも戦闘を開始できる間合いを取る。


「お兄さん、ありがとう」

「どういたしまして」

 などと口では殊勝なことを言うが、どうも女の子はハウエルにおびえているらしい。

 チンピラと結託していることはなさそうだ。演技にしては上手すぎる。

 むしろ彼女のほうがハウエルを警戒しているようだ。無理もない。ナイフ持ち複数を素手でコテンパンにのしたのだから。


「あっ、そうだ」

 ハウエルは用心を解きつつ、本来の用事を思い出した。

 無いとは思うが。

「きみの近くに、銃器鍛冶とか製鉄のできる人、あるいは鉱夫さんとかはいるかな」

「銃器鍛冶?」

「鉄砲を作る人だよ」

 女の子は「んん……」とうなったのち。


「おじちゃんがそういうのだった気がする」

「おお! おじちゃんとはどういう人かな。お会いしたいな。あ、ちょっと貴族の屋敷に寄っていいかな」

 これはローザを呼ばなければ。

 あえて「貴族の」とつけたのは、警戒心を呼び覚まさないためである。

「お兄さん、貴族なの?」

「貧乏貴族だけどね。ちょっと家来を呼びたいんだ」

 言うと、女の子は「うん、いいよ!」と快活に返した。

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