◎第05話・凶賊

◎第05話・凶賊



 翌日の会議で、ハウエルは開口一番。

「この領地の到達点が見えた」

 一同が顔を見合わせる。

「主様、それはいかなる」

「鉄資源を、最終的に火縄銃に加工して、軍に配備したり売りさばいたりするんだ」

 端的な結論。


「火縄銃にですか?」

「確かに高く売れますな」

「武装にもなりますね」

「しかし足りないものがありますわね」

 口々に感想を述べる。


「そう。鉱夫や採掘技術者、製鉄技術者、銃器鍛冶、どれも足りない。ついでにお金も足りなければ呼び水もなく、さらに軍というか有事の戦力も少なからず不自由だ」

 領主ハウエルは、淡々として現状をまとめる。

 どうしようもない領地に対する無力感もあるが、それ以上に、自分たちで何とかしなければならないという思い。

「もっとも、ここ一帯は火縄、弾丸、火薬等についての原料は充分に流通しているみたいだけどね。近隣の地方が市場に供給しているらしい。この村には、買い手があまりいないからか、常駐の商人はいないみたいだけど、それは銃の生産体制が確立してからでも遅くない。鉄もこれから採掘して製鉄すれば、まず材料は足りる」

「その通りです! その見通しは今は現実味が……ちょっとないかな……って思います!」

 全くもって正論だった。


「そうなんだけども、見すえるべき到達点が見えたのは、ちょっとした収穫ではあるんじゃないかな。私はそう思うよ。少なくとも、例えば無計画に鉄の採掘にこぎつけるよりは、指向性があるというか、ちょっとは道が鮮明になるのではないかなと」

「しかし主様、それは実現の可能性があってこそのお話ですよ。主様の大まかな展望自体はぜひとも支持したいところですが、お金その他の算段は何か策がおありなのですか?」

「実はないでもない。この冊子を見てくれ」

 言って、何部かの貴族向け広報を家臣や官吏に回し読みさせる。ハウエルがある箇所の頁を折って、該当部分に印をつけてあることを示した。


「これは、懸賞金?」

「そう。凶賊たちの手配書だ。懸賞金が掛けられていることが分かる。しかも個人だけじゃなくて、徒党を組んで山野に潜んでいるものも多い。軍で対抗できる地方領主向けの記述だ。治安の図面も兼ねているのかな」

 彼は腕を組む。


「しかし、掃討について村の自警団を動員するのは不安定では……忠誠心のほども期待はできませぬでしょうし」

「その通り。そこで策を用いる。最初の取っ掛かりさえ突破すれば、あとは余勢を駆ってそれほど難しくなくいける、と踏んでいる」

「ぜひお聞かせ願いませぬか」

 ハウエルは策を説明した。情熱的でありながら論理を用い、並みいる家臣全員の協力を心から願うように。


「なるほど。それでどんどん膨らまして――」

「このためには皆の協力が必要不可欠だ。アントニーたち官吏組も、可能な限り出てきてほしいけど、どうかな」

「もちろんですとも! 危険は危険ですが、領主様のお願いとあらば!」

「ありがとう。幸い、酒食の用意は王都の屋敷の使用人たちに命じて、持ってこさせることができる。屋敷のほうには、個人的な資産が少しはあるからね。安物ならたっぷり用意しても、まあ、底を尽くことはない、はず、と思う。滝の砦時代の蓄えがあるからね」


「蓄財ですか?」

 ニヤニヤしながらローザが問う。

「その通りだ。だけど不正な蓄財ではない。分かっているはずだよね」

「はい……」

「で、だ。決め手となるものの調合は、その知識のあるトンプソンに任せたいところだけど、いいかな?」

「御意。絶妙な加減で調合してご覧に入れまする」

「いいね。交渉の場は私自身が設ける。もっとも、ローザを中心として協力してもらうけども、進行は私が主体で行う」

「分かりました、がんばってくださいね、私たちもがんばって支えますよ!」

 ハウエルはうなずく。


「初っ端から、なかなか歯ごたえのある課題だけど、やるしかないからね。失敗が許されないなら、失敗しないようにするしかない。策士は危険を避けるとは言うけれど、結局は危険なくして成果は無いのも確かだ。皆でがんばろう!」

 おお!

 ハウエルの挙手に合わせて、彼らも腕を上げた。


 事前に「爆竹の山賊団」には使いを送った。ひとまず宴には応じる、と団長アルフレッドは返事をした。

 そして当日。

「お会いできて光栄です、アルフレッド殿」

 ハウエルは深々と一礼。

「いやあ、領主殿がわざわざお出ましとは」

 アルフレッドも一礼。


 大広間には団員全員が集まっている。

 そこには、友好の証として荒天領が差し入れた酒――といっても安酒だが――のタルが大量に置かれている。あわせて、同じく差し入れられた馳走も並んでいる。

「どうしたものかと、正直困惑している」

「私たちは、『爆竹の山賊団』ほか豪族の皆様との友好を願っていますゆえ」

 ハウエルはなんでもないように言葉を紡ぐ。


「なるほど、友好路線というわけか」

 それだけでアルフレッドは、悟ったようにうなずく。

「まずは一発、酒宴といきましょう」

「そうだな。酒で口を滑らかにしよう。おい皆、乾杯の号令だ!」

 言うと、団員たちは杯を掲げた。

「よし、乾杯!」

「乾杯!」

 酒宴は始まった。



 しばらくすると、大広間の人間は、一人残らず眠りに落ちた。

 伯爵側を除いて。

「うまくいったな。よし、全員を拘束しろ!」

 ハウエルが指示すると、供回りと官吏たちが、あらかじめ部屋の隅に用意していた袋から拘束道具を持ち出し、一人一人を縛っていった。


 何が起きたのか。

 彼はあらかじめ酒と食事を準備し、酒にはトンプソン謹製の眠り薬を混ぜた。もちろん自分たちが飲む分の酒、そもそもわずかではあるが、それには薬は入れず、代わりに目印を付けた。

 そして酒宴の開催にあたって、「団員全員を参加させるように」事前にお願いをした。

 果たして、山賊団の全員に眠り薬が効き、彼らは眠りに落ち、供回りたちによって拘束をされているというわけだ。


 全員の拘束が終わったところで、ハウエルは足元の団長を示す。

「彼に起きるまで水をかけろ、交渉の時間だ」

 トンプソンが汲んできた水を乱暴にかけた。



 眠り薬が効いていたようで、数回でようやくアルフレッドは目が覚めたようだ。

「ぶはっ!」

 起きると、ハウエルに詰め寄ろうとするが、手足は拘束されている。

「くそっ、どういうつもりだハウエル!」

「私は貴殿らに降伏を促したい」

 ハウエルは静かに交渉を進める。


「ぬぬ……」

 アルフレッドが言葉にならないうなりを上げる。

「貴殿らが賞金首の指名を受けていることは、すでにお分かりだろう」

「年貢の納め時というわけか。地獄で待っているぞハウエル」

「待ってほしい。私はあなたがたを殺すつもりも、王都の治安部門に引き渡すつもりもない」

 彼はかぶりを振る。

「地獄で待つ必要はない」


「どういうことだ」

「私が山狩りではなく計略を使った理由、分かるかな」

「……戦力が足りないからではないか」

 自警団は、全員駆り出したとしても二百。この山賊団の人数は二百余り。

 敵が守勢であることを考えると、伯爵側が不利である。


「外れているが合っている。……ところで貴殿らは今まで、堂々と道を歩ける身分ではなかった。正体がばれるとたちまちに捕まり、刑を受ける立場にあった。違うかな」

「その通りだ。元から堂々と往来を行けない連中もいたが、どちらにしても今は皆そうだ」

「しかも貴殿らはいわば自営の生業。もし通行人が金品を持っていなければ、収入は減り、生活は不安定となる。だからこそ、私が用意した酒宴の機会にも喜んだ」

「……その通りだ」


「だからこそ降伏を促したい。私たちの領地、そうだな、ディレク村で農業をしつつ、私たちの戦力として、有事の際は私の直接の指揮下に入り、私たちとともに戦ってもらいたい」

「虫のいい話だな。だまし討ちはしないか」

「するのだったら今ここで全員の首をはねている。……貴殿らが蓄えている金品も、一部は安堵を約束しよう。残りは世のため人のため、私たちが預かって還元させてもらう」


 彼は優しい声音で続ける。

「貴殿らは、戦力としての義務と農業の義務の代わりに、賞金首として討たれるのを免れ、領主直属の家来の身分を得る。もちろん堂々と太陽の下を歩ける。これまでの罪は赦免しよう。狼藉は許さず、法には厳格に従ってもらうが、それは誰も彼も同じ。いい話だとは思わないかな」

「戦力……自警団はどうする」

「維持する。しかし事情により、彼らは動かしにくいんだ。率直にいうと、領主の決定一つで動ける直属の戦力が欲しい。それに貴殿らがなってもらいたいと、そういうことなのだよ」


 彼は追い討ちをかける。

「賊となる者は、元から悪い人間ではない。事件の末に警察当局から逃げてきた結果だったり、貧困と搾取から免れるためだったり、家の没落だったり……私はかつて前線の砦にいたけど、凶賊と戦ったことはあるから、それを分かっているつもりだ。すべて赦免さえされれば、皆、もっと当局におびえない暮らしができるのではないかな」

 この点、過激な思想集団などは、裕福なエリート層がなるものという説があるが、この世界はまだその段階にはないし、思想集団と凶賊は別のものである。


 ともあれ、アルフレッドは静かにうなずく。

「……そうだな。俺たちは人目を避けてしか生きられない。賊としての暮らしも不安定だ。蓄財はあるが、それは実入りがないときのためのもので、俺ですら簡単には手は付けられない。……分かった。これまでの話をちゃんと守ってくれるなら、降伏しよう。あわせて部下への説明は俺がする」

「決断に感謝する。部下たちが起きるのを待つよ」

 ハウエルは満足して笑った。



 やがて、部下たちが眠りから覚めたあと、元団長たるアルフレッドの口から説明がなされた。

「俺もこういう形で降伏するのには多少のためらいもあった。お前らのことも考えて、これでいいのかという迷いがあった。しかし結局は、こうするのが最良の選択だったと信じている。勝手に決断してすまない。異議のある者は出ていってもいい。そうですな、ハウエル伯爵」

「ああ、そうだよ」

 しかし出ていく者は見当たらなかった。皆、この運命を受け入れるようだ。

「親分がそう決断したなら……」

「俺としても、正直、真人間に戻りたかった」

「おいらもまともな、領主様直属の家来になれるなら」

 かくして、「爆竹の山賊団」は旗下に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る