第24話
そこからは、もう針のむしろだった。
そう、古い言葉で言うところの『針のむしろ』とはきっとこういう事を言うのだろう。
ものすっごい、居心地が悪い。
うん、今度から文庫本に加えて、読みかけの漫画も持ってこよう。
気を紛らわすアイテムが無いと、色々キツい。
そして、それらのアイテムは多いほどいい。
新しい電子書籍アプリを入れるのも良いかもしれない。
アプリゲームもいいかもしれない。
そっちなら嵩張らないし。
別に友達や知り合い作りに来たわけじゃないし。
そりゃ、気軽に話せる人がいれば色々聞けて便利だけど。
まぁ、出来なければ出来ないでちゃんと講座内容をノートに取っておけばいいし、あとは許可さえ貰えれば今やってるみたいに動画とか、録音をしよう。
現時点のこれは、無許可だし。
自衛目的で、念の為だった、というのもある。
そういう点では、なっちゃんのお陰かな。
なんて考えていると、ジーンさんが声を掛けてきた。
「はい、お疲れ様。
ほとんど、助言の必要がなかったのはいい誤算だった」
そう言われるのと同時に見えない壁が消失したようだった。
と言うのも、ずっとあたしに撫でてもらおうと、壁にその体を擦り付けて来ていたタマがこちらへ転がってきたのだ。
同時に、黒煙も完全に消えた。
あたしは転がってきたタマを受け止めつつ、火竜を見た。
ぐったりしたまま、動かない火竜が目に入る。
時折体がピクピクと動いているので、死んではいないようだ。
次に、あたしはこの試合を吹っかけてきたエルフ、リリアさんを見た。
彼女は目の前の光景が信じられないようで、あたしにも聞こえる声量で、ブツブツとこう呟いていた。
「うそ、こんなの嘘、何かの間違いよ。
たかが人間程度の低能種族に育てられたモンスターに負けるはずない」
さて、どうしよう。
ここまで好奇の目に晒され、異端異質物扱いの視線を集めてしまっている。
目立ちたくは無かった。
目をつけられたく無かった。
だから、ツグミちゃんのもふもふに免じて恥をかいてやった。
それで、あたしとしては水に流したつもりだった。
あたしとしては、そこで終わって欲しかったけれど。
でも、それ以上の事態を招き寄せたのは彼女だ。
きっと、彼女はプライドが滅茶苦茶高いのだろう。
言動から察するに、人間種族に対する偏見や差別意識も相当なものだ。
今後のことも考えて、心をへし折っておくのがいいかもしれない。
あとで、なっちゃんにはケーキを奢ろう。
この方法を教えてくれたようなものだし。
二度と、あたしとタマにちょっかいを出すなよ、その意味もこめて、あたしはなにやら一人楽しそうにしているジーンさんへ、その事を伝えた。
わざとらしく、教室中に聞こえる声で、伝えた。
「あ、そうだ。ジーンさん。
実は、この一連の出来事なんですけど。
後学のために、動画で記録してたんですけど公開してもいいですか?」
あたしの言葉に、リリアさんも教室の参加者達も、空気が凍った。
「もちろん、顔にスタンプとかでモザイク掛けるんで、その辺はちゃんと配慮しますよ。
あー、でも、自分動画編集は素人なんで、ひょっとしたらここに来る前に妙な嫌がらせをしてきた人だけうっかりモザイクし忘れるかもしれませんけどね」
言いつつ、あたしは『駅でのこと忘れてねーからな』と『今、てめぇに起きたこと全部晒してやるからな』という意味をこめて、リリアさんを見た。
彼女は、言っている意味が理解できないという表情を浮かべる。
「え?」
「はい?」
リリアさんの声が漏れて、あたしは笑顔を貼り付けると元の大きさに戻ったタマをもふもふしながら、短く返した。
彼女の口が再度、言葉を吐き出す。
「貴女、なにを、言ってるの?」
「あー、すみません。
今、ジーンさんにお話した通り、動画を撮影してたんですよ。
今後のため、後学のため、そうそう、それと家族へどんな勉強会だったか話す時にこういう映像とか、画像とかあるとすごく便利なんですよ。
それに、将来は動画投稿者になるのもいいかなぁって思ってて。
手始めに、いまさっきのやりとり、投稿しちゃおうかなって思ってるんです」
あたしは返しながら、撮りたてホヤホヤの動画データを家族共有のパソコンへ転送した。
今更だが、あたしは駅でのことを怒っているのだ。
エリスちゃんにツグミちゃんをモフモフさせてもらって、水に流してやったのに、それをぶり返された。
ちなみにこう見えてあたしは、降り掛かってきた火の粉は、全力で弾き飛ばす主義だ。
自分が無様に負けた動画をネット上でばら撒かれる。
それは、不特定多数の目に彼女が負ける場面が映るということだ。
そのことに、リリアさんは絶望してしまった。
口でも、物理的でも、やっぱりこの人喧嘩慣れしてないな。
今までこんな反撃されたことないんだろうな。
純粋なハイエルフは一人っ子が多いらしいし。
これは勝手な想像だけど、今まで一人っ子ってことで兄弟姉妹がいる者と違って喧嘩で他人への力加減を学ぶ機会が無かっただろうし。
あと、親も子供が1人ならその子だけを見てればいい。
つまり、自分だけじゃなく他の人にも大人の意識が向く、ということを知らずに育ってきたのかもしれない。
そんな我儘エルフが、テイマーとしてならともかく、兄妹喧嘩慣れしたあたしに勝てると思うなよ。
「それで、ジーンさん。
動画投稿、大丈夫だったりします?」
ジーンさんが、笑顔のまま少しだけ顔を引き攣らせて、頷いた。
「そうだね。この勉強会の宣伝にもなるし。いいよ。
テイマーの人口増やしたいしさ。
ただし、編集したのはチェックを入れるから。そこだけ守って貰えればだけど」
「えぇ、全然構いませんよ」
「ところで、一体何時から撮影していたんだい?」
「そんなの、この教室に入ってからすぐに、ですけど?」
あたしの言葉に、視界の隅でエリスちゃんが可哀想なほどビクついてしまっていた。
その表情は真っ青だった。
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