第4話
程なくしてやってきたお巡りさんに男の子を預け、あたし達は散歩を再開した。
タマをもっと撫でたかったのか、それとももう少しあたしが仕込んだタマの芸を見たかったのか、ちょっと男の子がぐずついたけれど、それ以外は概ね平和に事が済んだ。
その日の夜に、交番から連絡がきた。
男の子が無事親元に戻ったという連絡だった。
簡単な会話の後、受話器を置くとマリーが言ってきた。
「今更だけど、一人で街から歩いてきたってことじゃん。
普通に交番まで歩かせても良かったんでないの?」
どうやら、あたしと交番からの電話の内容を聞いていたようだ。
「あの子、あたしらに会って完全に気が抜けたから。
たぶん、無理だったと思うよ」
「つーかさ、親は何してたんだろ?
ちゃんと見てなかったのかな?」
「……あれくらいの子って、うろちょろするもんなの。
親だって神様じゃないんだから、ミスくらいするよ。
車に轢かれなくてほんと良かったよ」
「だとしても、体力ヤバくない?
大人と小さな子供の足じゃ比較になんないでしょ」
「それねぇ。
たぶんあたしと同じで、でもあの子の方が能力的には全然優秀なんだと思うよ」
「どゆこと?」
「あたしと同じ混血の人間種族で、でも体力だけは両親どちらか、もしくは二人から受け継いでて、同じ歳の子よりもあったんじゃないかなってこと。
両親がどんな種族かは知らないけどさ」
1000年前ならいざ知らず、現代において混血なんてそんなに珍しくはない。
「あ、なるほど」
マリーは納得したようだった。
「ま、あくまで可能性の話だけどね」
「なるほどー、たしかに姉ちゃんと違ってあたしは吸血鬼の血が少し出てるもんなー。
夏の紫外線、超苦手だし」
紫外線が強いのは、夏だけじゃないんだけど。
ま、黙ってよ。
「月を見ると吠えたくなるし」
「それは人狼族でしょ。吸血鬼は遠吠えはしないよ」
まぁ、その血が欠片も入ってないとは言えないが。
話はここまでだ。
あたしは居間で猫の玩具になってるタマのところまで行くと、猫たちから取り上げた。
休みの日は、夜の散歩もするのだ。
その気配を察してか、タマが逃げようとする。
しかし、あたしはタマを逃がしはしない。
しっかりホールドして、昼間同様に、散歩装備をさせる。
そして、玄関に向かうと下の妹が起きてきて、声を掛けてきた。
「姉ちゃん、どこ行くの?」
声の方、つまりは後ろをふりむく。
そこには、御歳五歳の吸血鬼の妹が立っていた。
上の妹のマリーが太陽みたいな金髪なら、下の妹のエリーゼは月のような銀髪である。
吸血鬼なので、目も赤い。
「タマの散歩」
「エリィも行く」
「ダメ」
「なんで?」
「起きたばかりだから、ご飯食べてないでしょ」
「行く。帰ってきてから食べる」
「……じゃ、ばあちゃんかお母さんに聞いてきな。
タマの散歩ついて行っていいか」
「わかった」
父親には聞かないのかって?
あの人は当てにならない。
今は自室にて、チータラでワインを飲んでいる。
ワイングラスなんて洒落たものは無いので、マグカップで飲んでいる。
で、テレビでナイターの野球を見てるに違いないのだ。
いつもそうだからわかるのだ。
タマが、虚無の視線を向けてくる。
しかし、無視する。
お前の主はあたしだ。
しばらく玄関で待っていると、着替えたエリーゼがトコトコとやってきた。
「良いって」
「ご飯は?」
「帰ってからでいいって」
「ほんとにそう言ったの?」
「うん、お母さんいいって言ったよ。
姉ちゃんの言うことちゃんと聞くようにって」
「なるほど、それならいいよ。
ほら靴履いて」
「ん!」
靴を頑張って履く、幼女吸血鬼を見ながらあたしが思ったのは、たった一つだ。
言うことは別に聞かなくていいから、物理的にあたしの骨を折るような行動は慎んでほしい。
あたしだって、さすがに痛いのがそう何度も続くのは勘弁したいのだ。
エリーゼの準備が出来たので、あたしはテコでも動こうとしないタマを引き摺り、なんとか玄関からでた。
エリーゼもそれに続く。
外に出ると、満月だった。
あたしが歩き出すと、タマも動き出した。
それに合わせるように、エリーゼが蝙蝠の羽を出してふよふよ浮かびながらついてくる。
歩け。
「姉ちゃん姉ちゃん」
「なに?」
「なんで、タマの名前をタマにしたの?」
「見てたら玉こんにゃく食べたくなったから」
「毛むくじゃらなのに?」
「でも、スライムでぴょんぴょん跳ねるから。
コンニャクみたいだなって」
「コンニャクは跳ねないよ?
揺らすとプルプルするだけだよ?」
「で、無性に玉こんにゃくが食べたくなったから」
「姉ちゃん、タマのこと育ててるのって食べるためなの?」
そこで、タマがビクッと体をふるわせた。
どうやらこちらの話を完全に理解してるようだ。
「んー、体重減らすため。
ほら、こうやって散歩するのはダイエットになるから」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「そっか」
妹は今度は地面スレスレまで近づき、タマへ手を伸ばす。
あたしは立ち止まり、エリーゼがタマを撫でるのを見つめる。
「タマ、太った?」
「かもね」
エリーゼも、この急速なデカさはやはり気になったようだ。
「姉ちゃん姉ちゃん」
「なに?」
「知ってる? ペットって飼い主に似るんだって」
おうおう、そりゃどういう意味だ。
あたしは、言葉にする代わりにエリーゼの頭を教育的指導のために軽く小突いたのだった。
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