異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ
たまぞう
終わりが訪れたなら仕方ない
第1話 プロローグ 安らぎのひとときに別れを告げて
それはある晴れた日の校舎の屋上での事だった。
この校舎の屋上なんてのは普段から使われることもないからホコリや泥みたいなものでどこも汚れていて、隅には苔まで生えていたりする。
いくら天気がよくてもそんな汚いところで貴重な昼休みを過ごそうなんていう奴はほかにおらず、寝転がって空を見上げているこの男子生徒くらいのものだ。
誰も来ないのをいいことに、目立たない角の方を綺麗に掃除しておいて男子生徒はこのパノラマを独り占めしている。
空には雲ひとつなく、男子生徒はこうしていると穏やかな気持ちになれることを知り、癒しのひと時を寝て過ごすのが毎日の楽しみである。なので雨の日などは天気予報を見て、窓から外を見たのち落胆して登校するのだ。
このあと昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴れば現実に引き戻される。出来ることなら逃避してしまいたい現実だなどと思いながら、男子生徒は寝返りをうって横を向いた。
男子生徒は学校ではちょっとした有名人だ。入学当初にガラの悪い先輩に絡まれたのを返り討ちにしてから、ことあるごとに因縁をつけてくる連中を足蹴にし続けた結果、初年度の5月の中頃には誰も逆らうことの出来ない裏番長的ポジションに収まっていた。
かといってこの男子生徒は何をするわけでもない。やった事といえば「俺の視界に入らないところでしてくださいよ」とお願いしただけだ。彼が3年になった今ではそんなガラの悪い奴はこの学校にはいないが。
しなやかな鋼のような肉体は彼の最大の特徴である。親の方針で格闘技を幼い頃からやらされていた男子生徒に、ちょっと強いだけのヤンキーや運動部などが敵うはずもなく、みな返り討ちにあっている。
幼い頃から“やらされている”格闘技は、今の時代サラブレッドでなくてもサラリーマンの親が金を出して小さい頃から道場に放り込めば人よりは強くもなれるだろう。大会で入賞したことも数知れない。昔から同年代に体力でもケンカでも負けることなどなかった。
彼は格闘技だけでなく塾にも通わされたし、家庭教師もつけられた。おかげで脳筋にならずに済んではいるが、その全てが“やらされている”ことなのだ。そのうえ学校では否応なくそれと同じ事がみっちり毎日ご丁寧に一日中行われるのだ。そんなやらされてばかりの男子生徒にとって、日中はこの屋上だけが癒しなのも頷けるというものだ。
もうじき鐘がなる。薄目を開いて横を向いた彼の視線の先にはフェンスが映っている。普段なら何も気にならない、家屋やマンションの街並みが見えるだけの景色。
だけど今はフェンスの向こう、一歩踏み出しでもすれば真っ逆さまだろうところに、ひとりの女子生徒の姿が見える。靴を履いていない女子生徒。
誰の目にもつかない陰に男子生徒がいることなど気づくわけもなく、校内から続く扉を出て正面にまっすぐ進んでフェンスを乗り越えたのだろう。
男子生徒自身、自分がくつろぐ空間の端でそんなことにチャレンジする女子生徒がいることに今まで気づかなかったことを迂闊だと思った。
その光景を目にした彼の動きは速く、迷いもない。何十歩あれば届くだろうか、そもそも間に合うのか、などと考える時間すら省略して。
フェンスの内側に綺麗に揃えられたローファーと手紙があるのを視界に捉える。かといって立ち止まりはしない。
彼がフェンスに手をかける直前に女子生徒は紐なしのバンジーをやってのけた。もし彼が靴を履いていれば足音に振り返ったかも知れない。けれど残念ながら彼のくつろぎスペースは土禁なのだ。
──彼の両親の方針の根底にはひとつの想いがあった。彼の両親の想いは“やらされている”それらとは違い彼の心に深く根づいてその行いの原動力となっている。彼の心にある“人を守れる強い人間であれ”という教え。
それは腕っ節だけの話ではない。教養も心も、だ。残念ながらその教養は、その教えを芯に据えた心により──高校3年までのもので終わるようだ。
フェンスを掴んで飛び越えるのは一瞬。紐がないのは彼も同じ。無事で済むはずもないが、彼の正義は女子生徒の命を救えればよいとしか考えていない。
(地上に近づいた辺りで上に向けて少女を投げれば相殺されて助かるんじゃないか? こんな経験がないから確証は無いがやってみる価値はあるだろう)
フェンスを越えてそのまま飛び降りた彼は女子生徒を抱えて、気を失っていることに気づく。気楽なものだと思ったがこれで無理矢理に抱きついた痴漢などという汚名を着せられることはないのかな、とのんきな事も思った。
地面が近づく。女子生徒を投げてみて、反動で自分がさらに加速した気もするがそれも一瞬だろうと覚悟する。地面に都合のいいクッションなどもなく、彼はその生に幕を閉じた。
「メシを食ったばかりなのにグロは勘弁してくれ」
地面とキスする直前に彼はクラスメイトと目があってそんな事を言われた気がした。
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