第32話

「ウィリアム大統領はどう動くだろうな」


「そうだな。折角得ていた人形の召還獣という貴重な存在を失ったんだ。ただでは終わらないだろう。かといって華南に戦争を仕掛けるとも思えない。あの人はそこまでバカじゃない」


「だが、なんらかの動きは見せるはずだ。おれなら四精霊を復活させることができるほどの持ち主を放置しない」


「まあな。だが、あれは人に扱える代物じゃないぞ」


 四精霊を復活させる。


 それは人に可能なことじゃない。


 もはや神の領域だ。


 時代が神代の昔に逆戻りしたような錯覚まで覚える。


「そういえばあのルパートって人が火の精霊を復活させられなかったとき、弟の綾都って人が魔法陣に入ったわね? あのことをウィリアム大統領が重要視しなければいいけれど。大兄上様と同じ行動を起こされるとさすがに参るわ」


「やめてくれ、シャーリー。それでなくても苦手なタイプなんだ。さすがの俺もウィリアム大統領は敵に回したくない」


 この場合、アレクが苦手だと言っているのは綾都のことである。


 そのせいで上手く口説けない。


 それが現実だった。


「まあさすがのアレクも5歳も年上の伊達男、ウィリアム大統領には敵わないだろうな。優っているのは若さのみ、か?」


「カイン。恨むぞ」


「しかし実際、若さで負けている瀬希皇子には敵わないでいるだろう。知っているぞ。あの側室といるとき、大抵瀬希皇子の話題を出されているんだろう?」


「どこでそれをっ」


 アレクが慌てているのを弟と妹はおかしそうに見ている。


「本当に苦手なタイプらしいな。普通なら苦手なら苦手なりに話題を探せるアレクが、共通の話題となる出したくない人物の名を出してしか会話が成立しないんだから」


 アレクは実は約束破りギリギリなこともしていた。


 瀬希や朝斗がいないとき、周囲に侍従や侍女もいないときを狙っては、綾都の下を訪れて会話していたのだ。


 最初こそ警戒していた綾都だが、生来、人を疑うということができない気性なのか、今は普通に受け入れてくれる。


 約束破りを咎めることもない。


 だが、会話が続かないのだ。


 ふとしたことで怯えさせてしまう。


 そうすると会話が途切れて、そういうときは兄の朝斗の話題か、瀬希皇子の話題でも振らないことには彼は乗ってこない。


 悔しいがそれは事実だった。


 今のところアレクが瀬希皇子に負けているのは。


 少しは親しくなった。


 それくらいしか威張る要素がない。


 カインはアレクに怪我をさせてから、兄の動向には注意していて、そのせいで兄がこっそり抜け出して、綾都に逢いに行っていることも知っている。


 その際、外で護衛のような真似事をしているからだ。


 そのせいで知ってしまった。


 意外なほど遊び慣れた兄が苦戦していることを。


「これは遊び慣れていないおれからの忠告だから、あんまり意味がないかもしれないがな、アレク」


「‥‥‥なんだ」


「素顔を出してみたらどうだ?」


「え?」


 素顔?


 なんの話だ?


「やだ。大兄上様って自覚がなかったの? わたしたち家族に対するときと、それ以外とではまるで別人よ?」


「そう‥‥‥なのか? 俺が?」


「まずその俺って一人称っ!」


 ビシッと妹に指差されてアレクは固まる。


 なんだか妹が妹に見えない。


 姉や母に叱られている気分に陥る。


 バカげた妄想だが。


「その一人称を使う大兄上様が本当の兄上様でしょう? なのに家族の前でしか見せないのよ。そういう一面」


「いや。そういうつもりは‥‥‥」


「アハハ。アレクがタジタジになってるぞ」


「カイン‥‥‥」


「いや。だが、おれが言いたいのもそこなんだ」


「え?」


 弟にも妹にも同じ感想を持たれていたと知ってアレクは戸惑う。


 第三者に対して自分を繕っているつもりはないのだが。


「アレクは喧嘩腰で相手に接するときか、もしくは家族が相手のときしか素顔は見せない。ああいう相手はな、アレク。気取らず飾らず自然体で接した方がいいとおれは思う」


「‥‥‥どうして経験不足のカインに、そういうことを言われないといけないんだ?」


「経験不足でもおれは付き合うときに、相手の人柄に合わせているつもりだ。アレクみたいにみんな引っ括めて拒絶しない」


「‥‥‥」


「今までは女相手だったし、アレク相手でも負けない意志の強固な女ばかりだったからアレクも苦労しなかった。皇子という身分だけでも寄ってくるからな。だが、相手は男でしかも話を聞く限りでは身分にも執着していない。おそらく皇子でも王でも民でも同じ態度だろう。そういう相手では自分を誤魔化して接している限り親しくはなれない。相手が敏感に察するからだ。アレクが自分を見せていないことを」


 確かにあの黒い瞳は真っ直ぐにアレクを捉える。


 怯えているときも、少しも逸らされない視線にいつも問われている気がしていた。


(どこに本当の貴方がいるの?)


 その問いを聞いていた気がしていた。


「瀬希皇子はその点をクリアしているんだろう。あの皇子は自分を誤魔化さない。自分を偽らない。だから、綾都という側室も彼を受け入れる。その点が追いつかないことには振り向かせられないぞ? 期限だって決まっているんだし」


「‥‥‥なんだか俺よりお前の方が向いている気がしてきた。この役割には」


「へえ。おれに負けるのか、アレクが?」


 ムッとしてアレクは顔を背けた。


「誰がお前に譲ると言った? 俺が落とすに決まってるだろう」


 言い切る長兄に弟と妹は顔を見合わせて、こっそり笑い合った。


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