第2話 森の精霊とオオカミ

アレンは、家を出発して断食の聖の館へ向かった。

これからの希望に満ち満ちていたので、悲しくはなかった。

途中、深くなってゆく森を進んでいると、オオカミの遠吠えが聞こえて来たが、彼は臆する事なく前進した。

不思議と恐れは微塵もなかった。


(フム、夜の森を独りで歩いている馬鹿な人間が来たぞ、よし、今日の夕食にして食ってしまおう)

オオカミが静かにアレンの背後に廻って飛びかかろうとした時、森がオオカミの心に叫んだ!

「オオカミよ!」

「だれだ!」

「私はこの森の守護精霊だ」

「フン、メシの邪魔をするな!」

「バカモノ! このお方を誰と心得る」

「オレの今日の晩メシ様だよ」

「このお方はな、誰あろう断食の聖様だ」

「お前がこの森の守護精霊と言うのは嘘だな、オレはこの先の聖の館の片隅に住んでいるのさ、断食の聖はさっき晩メシを食って寝た所さ」

「館の聖は偽物だ、このお方こそ本物の聖なのだ、その気になられたらお前なぞ一息でかき消されてしまうぞ、嘘だと思うなら飛びかかって見るが良い、とめだてはしない」

「そのつもりだぜ、トンチキが」

呻き飛びかかろうとするオオカミの前を、アレンは悠々と歩いて行った。

オオカミはひるがえってアレンの背中目掛けて飛びかかった。


ドウン、ドスッ。


「オーン、オーン」

オオカミは見えない壁にぶつかって落っこちた。

異音に気づいたアレンが後ろを振り返ると、血塗れのオオカミが横たわっていた。

「おい君、一体どうしたのだ」

アレンがオオカミを抱き上げると、鼻と右前足が折れて出血していた。

(可哀想に、どうしてこうなったのだ、とにかく断食の聖様の館へ急ごう、医者がいるかも知れない)

アレンは血塗れのオオカミを抱きかかえて走り、館の門を叩いた。

「ゴメン下さーい!」

反応が無い。

アレンはオオカミを助けたかったので、大きな石を見つけて門にぶつけ始めた。

「コラッ、何奴だ!」

横の隠し扉から、門番のサフが顔を出した。

「あ、私はアレンと申します。聖様に弟子入りしたいのですが」

「こんな夜中に弟子入り願いする馬鹿がおるか! 朝に出直して来るが良かろう」

「はい、それは分かりました、しかし、せめてこのオオカミをお医者様に見せて頂けませんか?」


バタン。


血塗れのオオカミを見たサフは、問答無用で扉を閉めた。

「冷たいものだ、これが本当に聖者の屋敷なのか?」

「よし友よ、今夜は川辺で一夜を明かそう!」

アレンはオオカミに語りかけ、川辺へ向かった。

出血で消えそうになっているオオカミの命を、アレンの優しさと温もりが繋いでいた。

オオカミは、精霊の忠告を無視した事を深く反省していた。

本当にアレンこそ聖者である事を知ったからである。

アレンは、オオカミの傷を川の水で洗ってあげ、適当な木の枝を折れた足に当てて固定した。

また、木の実をすり潰して夕食とし、オオカミにも与えた。

アレンは一安心して眠りについた。



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