部屋とワイシャツとエッセイ

トゥータタボン小河原

10年ぶりの歯医者、辱め

 5年ぶりに歯医者に行った。いや、本当は10年ぶりだ。ごめんなさい、本当は17年ぶり。歯医者さんにとっては5年も17年もおしなべて「ちゃんと来いや」という年月であることには変わりないと思うので、いつぶりかを聞かれた私は「よく覚えていないですけど、10年ぶりくらいでしょうか」なんて言った。「でしょうか」って言われても分かる訳ないのに。


 さておき、久し振りということもあり、口の中の写真を撮ることになった。17年という歳月があれば技術の進歩も凄まじく、私の知らぬ間に歯医者も格段に進化しているに違いない。17年前といえばMDウォークマン、フロッピーディスク、ADSL、そんなのが最先端の時代だ。最新鋭の技術が詰まった極小のカメラを口に入れ、4Kの超高精細デジタル画像を360度見られるのだ!

 ……なんてことはなく2本のフック状の器具で左右に口を引っ張り普通のデジカメで写真を撮るという原始的な手法で私の口中は撮影された。映画『時計仕掛けのオレンジ』で主人公アレックスが、器具により目を無理矢理開けさせられ続け道徳ビデオを見せられるシーンがあるが、あの感じだ。無理くり開いた状態にさせられ写真を撮るのだ。しかし、映画とは異なる点が1つだけあった。なんとこの器具を自分で持ち引っ張らなければならないのだ。仰向けになって、タオルで目隠しをさせられ、肘を張り口をイーと開く。とても大の大人がやるような行動ではない。とんだ辱めだ。しかも、その状態は写真に次々と収められていく。「この写真をネットにばら撒かれたくなければこの口座に1000ドル振り込んでください」と迷惑メールばりに脅されれば振り込んでしまう可能性さえある。

 しかし、色々な角度から撮影されているうちに、私はその写真が楽しみで仕方がなくなってきてしまった。最高に恥ずかしい写真を「医者が言うから致し方なく……」という言い訳に合法的に撮れるのだ。こんな機会は滅多にない。もし可能ならもらってスマホの待ち受け画面にしよう。


 撮影が終わると、パソコンがあるソファ席に案内された。SDカードを入れて、先程撮影した恥ずかしい写真をモニターに大きく映すのだ。なんてSMプレイだろうか(もっともそう思っているのは私だけではあるが)。20、30、40……データ読み込みのバーが徐々に100%へと近づいて行く。80、90、100、ああ!いよいよ私の痴態が映し出される!いっそのこと殺してくれ!

 が、そこにあったのは誰のものとも分からぬ歯と歯茎の写真だ。屈辱にまみれた私の写真は、ない。当たり前のことだが、口の中の詳細を知るためなのだから私の醜態全体を写真に収める必要はなく、口のアップだけを撮影していたのだ。

 私の期待と不安は一瞬にして消え去り「一緒に頑張りましょう」と声を掛けてくれた先生に元気づけられ、私は歯医者を後にした。2週間後の来院で褒められるために、私は歯磨きを頑張っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る