記録05 マイルズとの遭遇
言われるまま、エーヴェルハルトの後をついていく事になった。
早朝の通路は薄暗いけど、排気ガスなんて無縁な、澄み渡った空から注ぐ朝日が、場内を柔らかく照らしている。
静かだけど、あちこちで少しずつ城の住人達の起きてくる気配がして、途端にほっとした。
新型コロナが出るより何年か前、旅行先のホテルで朝早く目が覚めた時、そのままの雰囲気を感じた。
使用人がそれぞれの仕事に取り掛かる、生活感。
ここが決して化け物の魔城では無いのだと、教えてくれている気がした。
……まあ、あたしがそう思いたいだけかも知れないけど。
そう言えば、
「このお城は、いつ、どのような建築様式で建てられたんですか?」
ちょっと抜き打ち気味に訊いてやる。
あたし的には未だ未練がましくドッキリの可能性にしがみついていたのもあり、このエーヴェルハルト風の男にカマをかけてやったんだ。
これが安いドッキリであれば、そこまで本題から逸れた細部までは考えてないでしょ。
「1聖紀とちょい前に、先代城主……つまりオレの親が建てた。
ヴァンサン・カルタンの歴史主義様式と、後期カナーリ様式の
コンクリート基礎やら鉄骨やら、当時としては最先端の技術でガッチリ築いた煉瓦造りのそれが、地元でも話題になったっけな」
「へ、へぇ、そうなんですか……」
スラスラと淀みなく説明してくれた。
「と、まあ、オレはここから厨房に行くから」
エーヴェルハルトが立ち止まり、今や慌ただしく行き交う使用人達を見た。
目的の人物を認めたらしい彼は、おーい、と手を振ってその人を呼びつけた。
「マイルズ! オレ、朝メシ作ってくるから、セレスを食堂まで案内してやってくれ」
栗色の柔らかな髪をした、精悍さと繊細さの入り交じる面差しの男だった。
エーヴェルハルトとバトンタッチするように、あたしの案内(見張り?)を交代した人の名は、マイルズと言った。
あの、あらゆる武器と流派を極めた
“セレスティーナ”は、この城に身を寄せてから、それなりに経っている筈だ。食堂の場所くらいわかっているだろうし、何ならあたしと入れ替わる昨日まで、普通にそこで食事をしていたのでは無いのか。
……と、横道に逸れる疑問が浮かんだ。
あたしが乗り移ったのか何なのかはわからないけど……元々のセレスティーナはどこへ行ったのだろう?
エーヴェルハルト曰く「雑霊が入り込んでも不思議ではない、空っぽ」だとか言ってたけど。
話は本題に戻って。
とにかく、今更セレスティーナを案内しろ、と命じられたマイルズとしては、訳がわからない事だろう。
それでも疑問を挟まず、忠実に命令に従うのはプロ意識からか。
それとも。
何と言うか。
もしかしなくても、あたし、あまり好かれてなくない?
マイルズは一言も発しないし、何なら、こちらから何か声をかける事自体に無言の拒絶を放っているみたいで。
結局、マイルズとは何一つ話す事なく、食堂に着いてしまった。
まあ、さっきエーヴェルハルトに凄まれたように、何があたしの最期の言葉になるか、わかったものではない。
喋ろうにも、声が喉から出なかった。
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