第17話
そんなこと言われてもなぁ、とボヤきながら注がれたビールを口にする勇樹。
暫く勇樹の返答を待つ静かな時間が流れるが、聞こえるのは勇樹がビールを喉に流し込む音だけだった。
「まぁ、お前ならそうやって悩むってのはわかってたんだ。色々と含めて唐突だったしな。だから、お前に合わせたいヤツを連れてきた」
そう言って席から立ち上がり太輝は、バーの入り口へと歩いていく。
「いや太輝、お前、その流れって――」
勇樹は嫌な予感がした。
TVで観るバラエティで言えば、初恋の人との久し振りの再会だとか、芸能人が後ろからご本人登場で現れるシーンだ。
話が話だけにそんな茶化され方はしたくないし、再び出会いたい相手だとも思っていなかった。
「寒い中悪いな、待たせた。いいぞ、入ってくれ」
太輝がドアを開けて外に待つ人間にそう告げると、背の低い人影が店の中に入ってくる。
名前は――今になっても知らないままだった。
あの日、夜に隠された暗い公園で集団暴行を受けていた少年。
あの日、蜘蛛怪人の暴動を納めた隅で勇樹の腹をナイフで刺した少年。
どちらも勇樹にとってはほんの数秒の邂逅だったが、目の前に立たれるとその顔を鮮明に覚えているものなのだと驚いた。
申し訳ないという意思表示なのか、俯きがちなその顔の角度もあの日とそのままであった。
「太輝君、それはいくら何でもやりすぎじゃない?」
暫く黙っていた風美が太輝に抗議の声を上げる。
刺された勇樹の事も含め、少年の事は風美にとって気分の良いものでは無かった。
今でも許していないし、今でも腹が立っている。
今度は止めてくれる装置は無いので、風美はグッと拳を握りしめて自制に集中する。
「刑事としてあるまじきことを言わしてもらうとして……俺も風美ちゃんと同じ、腹が立ったままなんだ。事件として扱えなかった間も事情聴取はしたし、この少年の言い分も聞かしてもらった。あんな理不尽な理由で親友刺されてさ、腹が立たないなんてありえないんだよ!」
バンッと強く閉められたドア。
カランカランと鐘が激しく揺れ鳴る。
「オイ、太輝、止めろよそういうの。こんなことして、何する気だよ!?」
単なる快気祝い、単なる帰還報告で済ますつもりだった勇樹は、空気が悪くなっていくのが泣きたくなるほど嫌だった。
「俺は何もしないよ。だけど、お前に決めて欲しいんだ。お前が決めたんなら、どうしようが俺はそれで納得できる……納得するよう努力する」
太輝の言い直しに引っかかった勇樹は、困った顔をして助け舟をと再度風美に視線を送る。
「太輝君はやり過ぎだと思うけど……私も腹が立ったままなのは事実だし、勇樹がどうするのか決めて欲しい。私もそれで納得……するよう努力する」
そう言いながら真っ直ぐに見つめ返されて、勇樹はお前もかよと首を横に振り、更なる助け舟をとマスターに視線を送るが、マスターは我関せずと手を横に振って答えた。
「はぁ、何だよまったく。お酒飲んでそれでおしまいで良かったのに」
溜息をつきながら頭を振って項垂れる勇樹。
視線を前に立っている少年に向けると、少年も顔を俯けたまま勇樹の言動を窺っているようだった。
それもそうか、自分の処遇が刺した男の匙加減で決まるのだから緊張もするものか。
そう察した勇樹は、少年が何か自身の擁護を口にしないかと待っていたのだが、少年はじっと勇樹の発言を待ち続けていた。
「はぁ、俺の口からあんまりこんなこと言いたくないんだけどさ。やっぱり、悪い事をしたなら罰を受けるべきなんだと思うんだよな、この場合。俺はすっかり傷も癒えて何事も無かったって出来るんだけどさ。そうじゃあ無いんだろ?」
誰に問うわけでもない質問が店内に流れる。
風美も太輝もマスターもじっと勇樹の言葉を待っていて、少年だけがただ一人僅かに頷いてみせる。
「どうなるのか詳しく知らないけどさ、彼に反省出来るだけの罰を与えてやってくれ、太輝。ちゃんと反省して、それでいてちゃんとやり直せるようなヤツで頼む」
「居酒屋の創作メニューかよ」
太輝は口角を上げながらそうツッコミを入れると、ホッとした感じで表情を緩ませた。
俯く少年に近寄り、その肩をぽんと叩く。
「良かったな、ちゃんと反省の機会を与えられたぞ」
太輝が優しくそう告げると、それまで黙っていた少年が嗚咽混じりに泣き出した。
「この少年はさ、お前を刺した後、素直に洗いざらい話したんだよ。理不尽な理屈だろうと間違いなく彼の気持ちでさ、そんでもってそれが理不尽だということもわかった上でだった。だからずっと反省していたんだけどさ、無関係な大人がこの事件をうやむやにしようとしててさ、その反省のやり場を見失いかけてたって話なんだ。根っこじゃお前に謝ればいいとはわかってるんだけど、周りの空気はそもそもの罪を見ようともしてないわけだ」
種明かしの様に語り出す太輝。
怒りを顕にしていたのは、勇樹にまで事件をうやむやにされないようにするための一芝居であった。
腹が立っているのは本当だが、少年係の刑事が少年を追い詰めるような失態は見せない。
最悪無理くりでも勇樹の同意さえ得れば、少年の罪を問える。
もちろん、そこまで強引なことをする気は無かったし、勇樹は選択を迫れば少年の事を想い選ぶ人物だと理解していた。
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