第6話

「──それで、夜の公園で高校生をぶん殴って、ヒーローってのを実感できたのか?」


 しかめっ面の太輝にそう問われて、勇樹は首を横に僅かに振るだけで返す言葉が出てこなかった。

 部屋に入ってきたばかりの頃の太輝は、勇樹から事情を聞くに呆れた顔をしていたが、そこから少しばかりの怒りを滲ませ、今は眉の形が心配になるほどのしかめっ面をしている。


「赤いマフラー着けてよぉ、何やるのかと思えばガキに暴行とはさぁ。お前さ、今何処にいるかわかってる?」


 しかめっ面の太輝の語気が強い。

 すっかりお説教モードだ、幼馴染みにして付き合いの長い太輝にこうして説教されるのもかれこれ何十回目だろうか。

 良く言えばマイペースに生きる勇樹の方向修正を担当するのは、いつも太輝であった。

 マイペースな生き様を形成するに当たった放任主義のご両親や、謎かけのような助言しかしない風美には無理な役回りだった。


「警察署の、取調室っていうの、ここ?」


 昨晩のこと、公園でのいじめについて警察に相談、というよりも少年係の太輝に相談するために最寄りの警察署に訪れた勇樹。

 受付担当の署員に誤解なく洗いざらいを説明すると、相談ではなく自首として受け止められてしまい連れてこられたのがこの狭い部屋である。

 四角形の狭い部屋の中央に机があって、対面するように置かれていた椅子に座って待っていると慌てた様子の太輝が入ってきた。

 事を聞かされた太輝は誤解があるとして、無理を言って話をする時間を作ってもらったらしい。

 人手不足な少年係なので、幼馴染みという関係性を無視して対応させたのだろう。


「本来ならいじめを止めたって大義名分があろうが、暴行罪で逮捕されるところだぞ。相手の高校生が大っぴらにできない自覚があんのか、被害届だしてないからいいものをさぁ」


 学校側も警察も事情があって深く干渉せずとしてる暗部なのに、我被害者なりと出てこられるわけはない。

 しかしそれは常識的な部分として考えた予想であって、夜の公園で集団でいじめをしてるようなヤツらが厚顔無恥でギャーギャーと騒ぎ始めたっておかしくはなかった。


「なぁ、太輝。フリーターの俺なんかでも耳にするほど噂になってるいじめってヤツを、なんで警察は放ったらかしにしてるんだよ? 学校側も多分噂されて良いもんじゃないから、本来なら見回りぐらいあってもおかしくないと思うんだけど、そんな風には見えなかった。アイツら、誰も責めて来ないもんだと思ってやがったぜ」


 暴力で片付けてしまったことへの正当性というのは、冷静になれば無いのだけれど、やってしまったものは仕方ないと勇樹は腹を括っていた。

 取調室、捕まえるものなら捕まえたらいい。

 だけど、そうなる前段階への疑問は解消されていない。

 誰かが止めていたなら殴る必要はなかった、など滅茶苦茶な言い訳はするつもりはないがスッキリするものでもない。


「そいつは、時代のせい、ってヤツだ」


 太輝は取調室内を見渡すと少し抑えた声でそう答えた。

 正式な取り調べでも無いので録画用のカメラが動いていないのを確認し、隣室に人の気配が無いことも確認する。

 ドラマなどで観るマジックミラー越しの観察部屋みたいなものは隣接されていないのだが、調書用の記録室が隣接されて設置してある。

 録画されていなくとも実は録音はされている、ということもあるのだが、今はそれも機能していないようだ。

 少年係上司たちはどうやらこの件で逮捕する気は元から無いらしい。

 触りにくいところに踏み込んで懲らしめてくれた、という部分があるのだろう。


「時代のせい、ってなんだよ?」


 キョロキョロとする太輝に、勇樹は予想外の方向に話がいくのではないかと不安になる。

 ヒーローとはと悩んでいたら、悪の組織にでも関わってしまったのかもしれない。


「・・・・・・なんか変な期待してないか?」


 不安と期待が入り雑じった表情をする勇樹に、太輝はすかさずストップをかけた。

 そんな心動かされるような話題ではない、同じ警察官としてつまらない話だ。


「昔々、その学校なんかでもご家庭でも体罰を当たり前としてた時代ってあったろ? 強面の体育教師は教育的指導として竹刀振り回してたり」


 太輝の言葉に勇樹は頷き、状況をイメージする。

 浮かんでくるのは、ボサボサ頭の屈強な男性。

 上下赤いジャージなのは一体何処から植えつけられたイメージなのだろうか?


「そういう時代の空気感ってのは極一部にあるわけじゃなく、社会全体にあるわけ。要は警察もやっちまってたわけだ、過剰な体罰ってヤツを」


 勇樹は世代的に体罰ありきというのは避けられたもので、時には名残でビンタ等を行う教員もいたが問題視されることの方が多かった印象だ。

 今なら問題視されることが恐くて体罰などやらないのが当たり前で、それでも体罰を行う人間はある種の異常者として捉えられる。


「昔は差し入れ持って詫びに行けば済む話だったんだが、今じゃそうはいかない。むしろ、そういう過去の話を持ち出して批判される時代だからさ。やり過ぎてた先輩らのおかげで、ブレーキかけられてんだよ、警察俺達


 これは家庭の問題だ、これは学校の問題だ、そうやって区切られて介入出来ずにいるのだと太輝は続ける。


「だからって、ブレーキかけた側もいじめの止め方をわからずじまいで考え中なんだとさ」


 教育、説得で設けられる話し合いの場で生み出されるものが必ずしも良い結果というわけではなく、更なる理不尽な言い訳ストレスが生まれ捌け口を探すことになってしまう。

 止められないいじめ、触れないいじめ。

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