TOBE

清泪(せいな)

赤いマフラー

第1話

 

「勇樹ってさ、ヒーローっぽさがないよね」


 休日、家族賑わうデパートにて城寺じょうじ勇樹ゆうきは彼女にそう言われ困惑の表情を浮かべた。

 彼女、正確には元彼女である幼馴染みの紫滝しろう風美かざみはそう言ったきり一人の少女の背中を見送っていた。


 風美に誘われて特撮ヒーローモノの映画を観た帰りであった。

 映画館を出てからずっと今観た映画についてあれやこれやと議論しあっていた二人の前、シネコンからデパートへと繋がる通路で少女が泣きながら歩いていた。

 小学生低学年くらいに見える少女は、人気アニメの魔法少女が持つステッキを片手に母親を呼び続けていた。

 迷子だと思い風美は辺りを見回し、店員に声をかけようとした。

 しかし、それより早く勇樹が少女に声をかけていた。


「大丈夫、お母さんすぐに来るから心配しないで」


 少女の目線に合わせてしゃがみ込んだ勇樹が微笑むと、次第に少女は泣き止んだ。

 迷子の少女を気にしていた周りの客達も両親に再会できたものと判断したようだ。


 五分と経たないうちに少女の母親が現れた。

 少女は母親を見るなり飛びつく様に駆け寄り、母親は勇樹と風美に頭を下げた。

 少し目を離したら居なくなっていて、と涙を浮かべながら話す母親に勇樹は終始困り顔だった。


「今度はちゃんと手を離さないように」


 母親にも少女にもそう言って勇樹は手を振る。

 風美も横で同じ様に手を振って、そして勇樹にだけ聞こえる様に言った。


「勇樹ってさ、ヒーローっぽさが無いよね」


 ヒーローっぽさが無い?

 何でだ、今迷子を助けたこのタイミングで何でだ?

 勇樹の頭の中には疑問符が駆け回っていた。

 少女を見送る風美の横顔は、そんな困惑する勇樹の事など気にも止めてない様子だった。


 


「それで、風美ちゃん何でそんな事言ったって?」


「……いや、訊いてない」


 勇樹は溜め息を吐くようにそう呟くと、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。

 隣に座る一矢かずや太輝たきはそのやけ酒ぶりを苦笑して見ているだけだった。


 映画を観終わり迷子を見送った勇樹と風美はそのまま別れた。

 映画を観る、というのが目的だったのでその後に買い物や食事などが予定されていたわけではない。

 そういうデート的なものは極力避けられていた。

 二人はあくまで、幼馴染みで趣味が合うからという関係性だけを保っている。

 普段ならそのまま帰路について良かったのだが、勇樹の頭の中には風美の言葉がいつまでも残っていた。

 それはもう染み込むように自動的に何度も再生されてしまう程だ。


 何故迷子を助けたってのに、ヒーローっぽくないと評価されなければならないのか?


 疑問が頭を埋め尽くすが、答えは訊いたところで答えてくれないだろう。

 そういうのを素直に答えないのが風美の悪いところだ。

 長年付き合っていたのでよく知っている。

 そして、言われるのだ。

 答えをすぐに訊こうとするのが勇樹の悪いところ、と。


 悩んだ末に勇樹が取った行動は、酒に身を委ねる事だ。

 もうじき三十歳にもなる男性としてはわかりやすい現実逃避だった。


 行きつけのバーは駅の近くにある。

 先程までいたデパートも駅の近くにあって、その距離は徒歩十分程度のモノだ。

 勇樹の活動範囲は大体駅の周辺であると言える。

 大体必要なモノは駅の周辺に揃っている。

 しかしそのくせ、駅自体、電車を利用する事は滅多に無い。

 活動はあくまで市内で済ます。

 それが城寺勇樹の変なこだわりだった。


 その行きつけのバーは駅周辺という立地条件な割には客足は侘しい店で、路地裏にひっそりと建っている。

 外装は木造で内装はレンガ造りと変わった店で、昼は喫茶店、夜はバーとして運営している。

 客層は大体近所に住む住民ぐらいで、知る人ぞ知る穴場スポットとして勇樹は気に入って通っているのだ。

 常連となりマスターとも仲良くなった勇樹は幼馴染みの二人にもこの店を紹介した。

 その幼馴染みとは一人は紫滝風美、そしてもう一人が一矢太輝である。


 勇樹が店に着いた時刻はちょうどバーの開店時刻だった。

 店は夕方前ぐらいに一旦喫茶店として閉店し、食材を買い出しに行った後夕陽が沈んだ頃合いにバーとして開店する。

 そんなものだから、開店時間はいつも決まっているわけではなくマスターの気のままで変わる。

 勇樹が店の前に辿り着くと、入り口のドアの前に買い出しの袋を抱えたマスターがいた。

 勇樹に気づくと、おう、と一言言ってドアにぶら下がるプレートをクローズからオープンへとひっくり返した。


 そんなわけで、勇樹は今日一番乗りなのではないかと少しだけ、ほんの少しだけ、店内に入るマスターに気分良く続くとその高揚は直ぐ様消えて無くなった。

 カウンターに一人、先客がコーヒーを味わっている。

 先客は勇樹に気づくと、マスターと同様、おう、と一言。

 勇樹も込み上げてくる僅かな悔しさを抑え込みながら、おう、と右手を上げて答える。


 その先客とは、いつの間にやら勇樹より来店率の高くなった太輝であった。

 とても早い来店理由を訊いてみると太輝はいつもの様に答えた。

 今日は非番なんだ、と。

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