第11話 悲劇と惨劇
植物学者を目指して勉学に励んでいた青年『ザクムート・レント』は、ある日突然処刑された。
同じ大学に在籍している貴族の令嬢を強姦し妊娠させた疑いでだ。
そう、疑いだけだ。本当かどうかも調べられず乱暴に連行され、その日の内に凄惨な最期を迎えることになった。息子の無実を執拗に訴えた両親までも道連れに殺される始末。
ザクムートの処刑が強行されたのは、被害に遭った令嬢の父親が怒り狂ったからである。
この父親にとって、手塩にかけて育てた美しくも愛らしい大事な一人娘が、貴族でもない男に犯されたという事実は耐えがたい屈辱であり、許しがたい悪鬼の仕業であった。
それゆえ、処刑の内容も惨たらしく悍ましいものに。
権力のある貴族の要望は、処刑人も眉を潜めるような内容であったが、罪人のしでかした事を考えれば仕方あるまいと承諾されることになる。後の事ではあるが、刑の執行に携わった者には十分な謝礼が支払われた。
処刑を見物しにきた市民がザクムートに同情することは無かった。
広場に集まる人々が知るのは、『貴族の令嬢を強姦した悪魔のような男が処刑される』という事だけ。
同情どころか、考えつく限りの罵倒の言葉を浴びせかけ、唾を吐き、物を投げ、敵意と憎悪の目を向ける。
無論、良識のある者も達もいた。
司法局や裁判院の役人達の多くは「何の証拠もなしにこのような処遇は言語道断」と主張し、刑の執行を取りやめるべきだと進言した。
しかし、司法局長は言った。
「ザクムート・レントを極刑に処す」
周囲の者たちが驚き、説得をしたものの決定は覆らなかった。件の貴族が押しかけてきて圧力を加えたことも一因であるが、局長が不可解な判断を下した理由は別の所にあった。
知っていたからだ。
貴族の令嬢を妊娠させた真犯人が誰であるか。
局長は、自分の息子が貴族の令嬢と密かに逢っているという事実を隠したかった。もしそれが周囲に知れ渡ったなら、あの箱入り娘の父親が黙っているわけがない。職を失うだけでなく、一族纏めて追放。悪ければ監獄に入れられる。死ぬまで拷問されるかもしれない。
責められるべきは局長やその息子だけではない。
件の貴族令嬢ベスレーレが、身分違いの恋などしなければ、妊娠などしなければ、強姦されたなどと嘘を吐かなければ、大学の成績上位者に嫉妬などしなければ、上位者掲示板にザクムートの名前さえ載っていなければ……。
愚かで身勝手な貴族の娘さえ居なければ 、聡明で温和な善き青年が無実の罪で残虐刑に処される事などなかったのだ。
だけど、そうはならなかった。
口にすることも憚られる工程を経て、前途有望だった青年とその両親は血みどろの肉塊へと変わった。
その後、残骸は広場の脇に晒された。
心無い市民は事あるごとに広場までやって来て、晒されているレント家に色んな物を投げたり、吐いたり、注いだりした。
やがてそれにも飽きて、衛生的にも非常に好ましくない状態となった広場の一画に人々は寄り付かなくなった。晒し場の番をしている衛兵も耐えられなくなり、レント家だったモノは都市の外にある森へ捨てられた。
ベスレーレは赤ん坊を産んだ。
当然、父親は「強姦魔の児なぞ捨てろ。捨てるのが嫌なら殺してしまえ」と再び発狂。
仕方なく、ベスレーレは赤ん坊を信頼できる女中に預けて都市の外へと送り出した。
その後、赤ん坊がどうなったのかはわからない。
僅かな期間とはいえ恐ろしい事件と惨憺たる処刑で騒然となった城塞都市ニエルティは穏やかな日々を取り戻していた。
都市の東に広がるチェスティングの森が、少しずつ黒くなっていることに気づく者は、まだいなかった。
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