第220話 深読みし過ぎ

 此方は寂しそうに笑い日向を見る。


「彼の問題をどうにか出来ない限り、戦いは避けられないわ」


「そっかー」


 日向も寂しそうにつぶやく。けれど落胆はない。これは彼女も分かっていたことだ。


 戦うしかない。それが譲れないものならば。


 ただ、それが寂しく悲しいことでないと言えば嘘になる。


「聖治さんは」


 そんな思いを埋めたくて、ふと彼の名前が出る。


「大丈夫なのかな」


 彼に掛け替えのない人がいるように自分にも大切な仲間がいる。今も苦しんでいる仲間が。


 日向は聖治と最近会っていない。会っているのは隣を歩く姉の方だ。


「聖治さんの調子だけどどうだった?」


 気になる。それで聞いてみると此方の表情は少しだが柔らかいものになる。


「昨日よりはよくなってたかな。少し落ち着いているようだったっていうか」


「そうなんだ」


 朗報に声も上がる。彼の調子が良くなっているようでなによりだ。


「お姉ちゃんいいなー、聖治さんと一緒にいられて。それも二人っきり。私も聖治さんに会いたいな~」


「そんなんじゃないわよ」


 つい明るく言ってしまうが会いたいのは事実だ。此方は表情を固くして釘を刺す。


「あいつは今でも大変よ。昨日だって眠れてないようだったし。たぶんだけど、学校の昼休憩くらいしか眠れる時間ないんじゃないかしら」


「そっか」


 心配だ。気持ちが安定していないのに睡眠時間も少ないのでは悪循環だ。


「一人きりで、なんだかんだ寂しいんだと思う」


 此方がつぶやく。誰にも迷惑をかけたくないと孤独に逃げ込んで、そこで一人きりの寂しさに耐えている。愚かしいと切り捨てるのは簡単だ。だけど見捨てないと決めたならこれは簡単なことじゃない。


 此方は心配そうな顔つきで目線を下げる。


「お姉ちゃんはさ」


 そこでふと気になったことを聞いてみた。


「以前の世界で聖治さんと付き合ってたことあったじゃん。それはまあ私もなんだけどさ」


 歴史からは消えた出来事。それは二人の記憶の中にある異なる歴史。そこでは聖治の恋人は日向であり此方でもあった。今は香織だがそういう世界線もあるにはあったのだ。


「お姉ちゃんはまだ聖治さんのこと好きだったりする?」


 世界は変わった。なら気持ちは? その時の思いは歴史と共に消えたのだろうか。


 それとも、まだ消えずに残っているのだろうか。


 それがふと気になって、聞いてみた。


「あるわけないでしょ」


 日向は聞くがその答えはあっけないものだった。此方は平然としていてまるでなんでもないようだ。


「それは前の世界の出来事でしょ。それに今は香織と付き合ってるんだから。私がどう思っているかなんてそれこそ関係ないでしょ」


「それはまあそうなんだけど」


 そう言ってしまえばそうなのだが。気持ちというのはそんな単純なものではなくもっと複雑というか。割り切れるものではない。


「聖治さんの看病、昨日も今日も行ってるからそうなのかな~って」


「深読みし過ぎ」


 そう思って聞いたみたのだが違ったようだ。此方はまた妹の恋愛脳が働いたくらいにしか思っていない。


「今日はもう遅いしなにか買って帰るわよ」


「賛成!」


 それからスーパーで惣菜を適当に買って家へと戻った。


 それから時間は経ち此方は自室のベッドで横になっていた。食事と入浴を終えあとはもう寝るだけだ。部屋の電気はなく暗がりの中天井を見つめる。


「…………」


 一人きりの時間、彼女は思い出していた。岐路につく時に妹に言われた言葉。


 彼をまだ好きでいるのか。


 此方は寝返りを打ちスマホに手を伸ばす。画面を操作してある写真を映し出す。


 それは、保健室で眠る聖治の寝顔だった。


 穏やかな寝息を立てて、自分の手に安らぎを覚えてくれている。自分が彼の支えになれていると実感する。


 どうして、そこに喜びを見い出すのだろう。どうして、この写真を撮ったのだろう。


 此方は目を瞑る。


「最低……」


 暗がりに彼女の自嘲が溶けていく。

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