【書籍化決定!】セブンスソード

奏せいや@Vtuber

第1話 滅び行く世界

 

 西暦、2035年。人類は壊滅したーー


 この世界には生きる希望も救う価値もないのかもしれない。

 曇天の空を見上げながらそんな空しさを感じていた。

 汗臭さと汚れの目立つ学生服が目に入る。前まで高校二年生だったのに今ではホームレスだ。だがそんなことは現代いまや珍しいことじゃない。みんな同じなんだ。


聖治せいじ君?」


 隣にいる女の子に呼ばれゆっくりと振り向く。

 沙城香織さじょうかおり。俺と同じ高校二年生で彼女も学生服を着ている。背中まで届く桃色の髪。すらっとした体型に可愛らしい瞳が印象的な女の子。

 それが沙城香織。俺の恋人だ。


「どうかした?」

「いや」


 彼女から顔を正面に戻す。そこには大通りが広がっている。大きなビルにスクランブル交差点、必要以上にあるコンビニや最近数を減らしてきたレンタルビデオ店。

 見慣れたはずの町の風景は、すべて崩壊していた。


 大きかったビルは三階から先がなく、窓ガラスはすべて割れてなくなっている。停まっている車もフロントガラスに蜘蛛の巣のようなひびが入りボンネットはひしゃげ、車が走るはずの車道には紙切れや瓦礫が散らばっていた。


 これが、俺たちの暮らす町。俺たちの生きる世界なんだ。


「あそこのラーメン屋、うまかったんだけどな」


 以前行ったことがあるラーメン店が目に入る。味もいいしちょっとしたエピソード付きだ。


「ラーメン屋かあ。いいな、私も一緒に行ってみたかったかも」

「きっと驚くぞ。大盛りが無料なんだけどさ、有料でさらに大盛りにできるんだよ。そのエベレスト盛りっていうのがマジでやばくてさ、なんとか食い終わったけど破裂するかと思ったよ」

「ふふ、そうなんだ。私食べきれるかな?」

「香織なら一日掛かるんじゃないか?」

「ええー、そんなに~?」


 彼女の笑みに俺まで笑顔になる。

 こんな地獄みたいな場所なのに彼女はよく笑う。そんな彼女を見ていると俺も少しだけ明るくなれた。


「行こうか」

「うん」


 いつもより少しだけ強く、彼女の手を握る。


「これからどうしようか?」


 ここにいてはいけない。漠然とした思いだけで足を動かしていく。


「青波区のシェルターは?」

「ううん。そこはもう駄目だって。避難先の人が言ってた」

「そうか」


 逃げ先はどんどんなくなっていく。国が当初発表していた安心や安全という言葉が懐かしい。この世界にはもうそんな場所は一つもない。日本だけじゃない。アメリカも、中国も、ヨーロッパも、ロシアも。中東だってやつらに襲われ陥落してしまった。襲撃がある度に避難先を転々として、俺たちの集団も移動の最中に襲われてしまった。香織の手を繋いで死に物狂いで逃げてこうして一緒にいられるのが奇跡的だ。ほかの人のことは分からない。できれば無事であって欲しい。


「みんな無事かな」

「無事だといいね……」


 香織は俯いている。寂しそうなその顔は言葉とは裏腹に真実を悟っているようだ。

 国連軍も、日本自衛軍も、頑張ってくれてはいたがやつらに負けてしまった。もう、俺たちを守ってくれる人はいない。

 俺が、彼女を守るしかないんだ。

 ぐぅー。


「!?」

「?」


 隣からお腹が鳴る音がする。見れば香織は耳まで真っ赤に染め俯いている。


「ははは。恥ずかしがることないだろ」

「だってぇ」


 こんな状況でお腹が鳴るなんて当然なのに。俺は気にしないけど、こんな時でも女の子だな、香織は。


「まずは食べ物を探さないとな」


 彼女もそうだが俺だってお腹は減っている。このままなにも食べなかったら殺される前に餓死だ。


「とりあえず食べ物がありそうな場所を探してみよう。まだなにか残ってるかもしれない」

「うん」


 俺は彼女の手を引いた。

 これといって目的地があったわけじゃない。あてどもなく歩き、周囲にめぼしいものがないか探していく。だけどどこも似たような場面が続き収穫はない。

 そのうち会話もなくなって、だんだん俺たちまで寂しい雰囲気になっていく。


「なかなか見つからないね」


 そんな空気を払うように、香織が小さく笑った。


「そうだな。でも、きっと見つかるさ」

「うん」


 俺も笑顔を浮かべて彼女の明るさに合わせる。


「そういえば以前の避難先でみそ汁が出たことあっただろ? あれ旨かったよな、野菜がたくさん入っててさ。その時の人が優しくて笑顔で渡してくれたんだよ。頑張ってねって。嬉しかったな」


 こんな世の中ではあるけれど人を思う気持ちまで死んだわけじゃない。形には残らないけれど、そうした気持ちが安らぎと共に嬉しくなる。


「ふーん」

「ん?」


 それは香織も同じだと思っていたんだけれどあまり喜んでいないようだ。いつもなら人の優しさとかそういうのに喜ぶのに。


「嬉しかった、かー。そういえばあの人きれいだったもんねえ」

「はあ!?」


 なに言ってるのこの人!?


「ちょっと待ってくれ、おかしいだろ! 俺はその人の気遣いっていうか優しさが嬉しかったのであって、べつに綺麗だったからじゃないよ」

「ほんとにー?」

「本当だって」


 どこを疑ってるんだ。なんだその目は。疑いの眼差しを今すぐ止めてくれ。


「じゃあ綺麗だとは思わなかった?」

「まあ、綺麗だとは思ったけど」

「やっぱり」

「ちがうよ!」


 なんでそうなる!? これとそれは違うだろ!


「あのなあ、何度も言うけどそういうのじゃないから。いちいち深読みしないでくれ」

「むう」

「そんな顔しても駄目だ」

「むうー、分かった」

「まったく」


 なんで俺がこんな目に。ただ場を明るくしようとしただけなのに。


「でも気をつけてよね」

「ん? なにがだ?」


 この状況で改めて気をつけることってなんだろう。香織は先回りすると俺にビシっと指を突きつける。


「聖治君カッコイイんだから。ボーッとしてるとどんな女が寄ってくるか分かったもんじゃないよ」

「あのなあ」


 呆れて言葉の続きがなかなか出てこない。


「どこを気にしてるんだ、あるわけないだろ」

「そんなことないよ!」


 止めてくれ、余計疲れる。


「聖治君は意識してなかったかもしれないけど、私の周りでも聖治君のことよく言ってる人多かったんだから」

「そうなのか?」

「ま、聖治君のことを一番推してたのは私だったけどね」

「なぜそこで勝ち誇る顔を?」


 その得意げな顔はなんなんだ。


「ねえ見て見てこの画像」

「ん?」


 香織はスマホを取り出すと画面を見せてきた。そこには体育の授業で俺がサッカーボールを蹴っている画像が映っていた。


「これめちゃくちゃかっこよくない? お気に入りなんだよねえ」

「ど、どうも」


 自分の画像を出されてもなんて反応すればいいんだ。


「あとはねー」

「他にもあるのか?」

「当然。聖治君ガチ勢としてはあらゆる場面のコンプを目指してるんだから」

「…………」


 ガチ勢ってなんだ。勢ってなんなんだ。


「登校中一人でスマホをいじってるところでしょ、トイレから出てきて手を洗ってるところでしょ」

「ん?」

「最近なんてこの寝顔が可愛くて」

「ちょっと待て」

 待て待て待て。

「なあ」

「ん?」


 ん? ではない。まさか本気で分かってないのか?


「これいつ撮ったんだ? てか撮っていいなんて俺言ってないぞ?」


 別に絶対嫌ってわけじゃないが少しは恥ずかしいしこういうのって付き合ってても相手に断りを入れてから撮るもんじゃないのか?


「…………」


 固まるな。


「とりあえずこれ消すぞ」

「ダメー! 私の大切なコレクションなの、お宝なの~!」

「知らん」

「ダメダメ、勝手に触らないでプライバシーの侵害だよ!」

「どっちがだ」


 よく言えたなその台詞。

 俺と香織でスマホの取り合いになる。

 その時だった。


「!?」


 どこかで羽ばたく音が聞こえた。すぐに香織の手を引き車の陰に隠れる。体を屈め周囲を見渡した。

 楽しい雰囲気は一転し、俺たちは恐怖に怯える子供になっていた。

 俺の手を握る香織の力が強まる。


「いる?」


 怯えた表情で俺の顔を見る。俺は車から顔を出し音の出所を探す。

 すると崩れたビルの先端に一羽のカラスが止まっていた。


「ふぅ」


 緊張していた体から息がこぼれる。


「大丈夫だ香織、カラスだ」

「ほんと?」

「ああ」

「よかったあ」


 香織も安心感から体の力が抜けている。そんな仕草がなんだか可愛い。

 俺は車から顔を出しもう一度カラスを見た。


「!?」


 瞬間、全身が雷に打たれたようだった。

 油断していた。目に映ったものに心臓が跳ね上がる。

 やつらが、いたんだ。


 ちょうど進行先にある街角、そこから出てきたところだった。

 二足歩行で歩く、黒い体。禿げた鳥のような体表をしており、足は太いのに両腕は赤子のように小さい。顔はカマキリのようで髪はない。背中にはコウモリのような翼があり赤い眼球を動かし、首をフクロウのように回しては周囲を探していた。


 これが、俺たちの敵。悪魔だ。五年前突然現れて人類を襲い出し、去年、人類はやつらに敗北した。今だって生き残った人たちを殺し回ってる。

 まずい。出していた顔を引っ込め香織に目だけでやつらがいることを知らせる。香織の顔が引きつった。


 体を屈め車と地面の隙間からやつを見る。ニワトリのように大腿部は太いが足は細い。隙間からはやつの足だけが見える。


 その足がこちらに近づいてきた。アスファルトを踏みつける音が大きくなってくる。時折キシャー、という鳥のような奇声を上げていた。


 徐々に距離が近づく。息を止めるのに心臓がばくばくとうるさい。

 そこで羽ばたく音が聞こえたかと思うと、新しい足が現れる。


「いたか?」

「いや、見つからない」


 ……喋ってる。

 甲高くて、かすれたような、耳障りな声だ。


「ここにはもういないんじゃないのか?」

「殺戮王の命だ、生き残りは許されない。仕事ができない者もな」

「分かっている」


 やつらはそれだけを話すと一体はまたどこかへと飛んでいった。幸い俺たちとは反対方向で音が遠ざかる。

 だけど、まだ最初の一体がいる。

 どうする? このままやり過ごすか? それとも逃げ出すべきか? でも見つかったら逃げきれない。

 カラン。


「!?」


 背後へ振り返る。見れば空き缶が転がっていた。風で転がったのか? 嘘だろ!?

 すぐに隙間から悪魔の足を見る。まずい、こっちに近づいてくる!

 このままじゃ二人とも見つかる。逃げるしかない。でもどうやって?

 分からない。どうすればいい? 


「う、うわああ!」


 声だ。でも俺たちじゃない。

 見れば離れたとこで男性が走り出していた。俺たち以外にも人がいたのか。

 その男を捕まえるため悪魔が羽ばたく。俺たちが隠れていた車を飛び越え男に飛びかかる。


 この隙に香織と一緒に車の反対側に移動した。悪魔は俺たちに気づいていない。


「やめろ、やめてくれぇええ!」


 車体を壁にして覗いてみる。

 男の人は俺たちとは別の車にしがみついていた。悪魔は羽ばたき足の指は猛禽類のようにするどく男の背中を掴まえ引き離そうとしている。


「聖治君」


 香織が助けを求めるように俺を見つめてくる。


「無理だ」

「でも」

「香織!」


 無理だ。助けられない。俺になにができる? 国連軍も自衛軍もやつらに殺されたんだぞ。それなのに、俺になにができる? 武器もない。戦う力なんてない。助けに行ったところで殺されるだけだ。


「いやだぁああ!」


 男の人が一際大きな声をあげた。悪魔は片足で男の頭を掴み、さらに尻尾が生え始めると刃のようにするどい先端で男の腕を切り落とした。


「ぎゃああああ!」


 腕を切られ男の人は引き離される。悪魔は両足で男性を掴み空へと飛んでいった。


「ああああああ!」


 男の人の悲鳴が聞こえ、それも遠くへと消えていく。


「…………」


 なにもできなかった。恐怖に震えるだけで、俺は悪くないって、自分に言い聞かせることしかできない。


 泣きたい。もう嫌だ。いつ死ぬのかも分からない。次は俺があんな風に連れていかれるかもしれない。


 気分が悪い。胸が重くて吐きそうだ。

 だけど。


 隣を見る。俺と同じように落ち込んでいる香織がいる。俺は一人じゃない。彼女を守れるのは俺しかいないんだ。


 その俺が、めげているわけにはいかない。

 立ち上がって、彼女の手を引いた。


「行こう」

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