第50話 スナイパードラゴン

 僕は息を潜めて茂みから湖の様子を窺う。すっかり気分は狩人、ハンターだ。


 湖では、4体の恐竜が水を飲んでいた。いずれもトリケラトプスのような体と、4本の鋭いツノを頭に持つ4つ足の恐竜だ。


『ほう、クワトゥラトゥップスじゃないか。アレは美味しいぞ』

『今夜はご飯はアレにしましょう。ルー、がんばって!』


 あの恐竜はクワトゥラトゥップスと云うらしい。クワトゥラトゥップスの群れは、まだ僕の存在に気付いてないみたいだ。暢気に水を飲んでいる。


 いや、僕の存在に気付いていても逃げ出すかどうか……。僕の見た目は、猫と同じくらいの大きさしかないドラゴンだ。普通に考えれば、そんな小さなドラゴンが、下手したらバスよりも大きい巨大な恐竜を害せるわけがない。でも、倒せちゃうんだなぁこれが。


 あのSFの世界のレーザー兵器のようなブレス、ドラゴンブレス改をもってすれば、あんな巨大な恐竜も一撃である。今の僕は、その見た目からは想像もできない強さを持っている。もう詐欺みたいなものだ。


 僕は水を飲んでいる一番大きなクワトゥラトゥップスに狙いを定める。気分は狩人、もしくはスナイパーだ。


 テュンッ!


 レーザーを思い描きながら、まるで吹き矢を放つかのように、ドラゴンブレス改を鋭く放つ。


「………」


 目標が断末魔を挙げること無く沈黙し、次第にその体が傾いでいく。


「BUMO!?」

「MOOO!?」


 ズシンと倒れ伏し、突然絶命した仲間に驚き、残りのクワトゥラトゥップスが慌てて湖から逃げ出していく。


『よくやったね、ルー』

『よく仕留めましたね。今夜はご馳走ですよ』

「クー!」


 パパママドラゴンに褒められて、僕はご機嫌だ。始めに有った命を奪うことへの罪悪感など数をこなす内に薄れてしまったな。たぶん初めて命を奪った時、襲われて命の危機を感じていたからか、そんなこと気にする余裕もなかったことが良かったのだろう。初めてを越えてしまえば、後はもうずるずると手を汚してしまった。今日だけでもう10体くらいの獲物の命を奪ったかな?


 さすがにそれだけ殺せば慣れてくる。それに、殺す方法が遠距離からの狙撃という点も罪悪感を減らしてくれる大きな点だ。まるで射撃ゲームをしているかのように楽しむ余裕まであった。


 湖の畔に倒れ伏したクワトゥラトゥップスの死体が、黒い闇の中へと沈んでいく。死体の回収をしてくれたようだ。


『今日はこのくらいにしておこうか』

「クー!」


 パパドラゴンの言葉に頷くと、いつの間にか離宮のお庭へと戻ってきていた。このワープみたいな瞬間移動もすごく便利だな。後で教えてもらおう。



 ◇



 パパママドラゴンによって、今日の成果が並べられていく。


 始めはイラノサウロスだ。僕が初めて相手にした恐竜で、最初は不意打ちを受けて咬まれてしまったんだっけ。無傷だったけど。その後ドラゴンブレスで反撃したのだけど、火力が足りなくて、なかなか仕留められなかった。イラノサウロスの死体を見ると、焼け爛れたり、焦げたりしている所が目立つ。余計に苦しい思いをさせてしまったな……反省。


 次に並んでいるのは、縦に真っ二つになった巨大な蛇だ。たしか、ベヘモスネークって名前だったかな?ジャングルの上空を飛んでいたら、いきなり下から丸呑みにされたんだ。ビックリしてドラゴンブレス改を放ったら、綺麗に縦に真っ二つになったんだよ。なんだか下ろしたウナギみたいになってしまった。


 他にも、大きなツノの生えたサイみたいな巨体のイノシシや、もう1体のイラノサウロス。ワイバーンに、最後に仕留めたクワトゥラトゥップスなど、全部で9体のモンスターの死体が、離宮のお庭に並ぶ。美しい庭園に、巨体のモンスターの死体が転がっている様は、どこか非現実的な光景だ。


「きゃぁああ!」

「これは…ッ!?」

「怪獣が!怪獣が!?」


 突然現れた巨大なモンスターの死体に、メイドさんたちが驚きの声を上げる。


「いったい何事です!これは…!?」


 離宮のメイド長であるマリアもこの光景には驚きを隠せなかったようだ。マリアと一緒に来たアンジェリカも大いに驚き、目を瞠っている。


「アンジェリカ、よいところに来ました」


 ママドラゴンがアンジェリカを呼ぶ。


「カイヤ様、これはいったい…?」

「ルーが狩りで仕留めた獲物です」

「えっ!?ルーがですか!?」


 アンジェリカが驚きの声を上げ、僕を見る。他のメイドさんたちの視線も僕に集まった。その顔には驚愕があった。まぁ僕自身もこんな大きな恐竜たちに勝てるとは思っていなかったので、彼女たちの驚きも分かる。


「それで、ですが。ルーは、人間の作る料理というものを大層気に入っています。そこで、このベヘモスネークとタイラントボア、クワトゥラトゥップスの3体を料理してほしいのです」

「料理…でございすか…?」


 ママドラゴンの提案に、アンジェリカが困ったような表情で首を傾げる。


「ええ。あとはこのイラノサウロスを剥製にしてほしいです。これはルーが初めて狩った獲物なので、記念品にしようと思います」

「……かしこまりました。お父様に相談してみます」


 ママドラゴンのいきなりの無茶な要求にしばらく考え込んだアンジェリカは、王様に相談……王様に問題を丸投げすることに決めたらしい。


「ええ。頼みましたよ」


 ママドラゴンの言葉に、アンジェリカは恭しく頭を下げて応えた。

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