第42話 パパママドラゴン
わたくしは、その異変にすぐに気が付きました。翼を広げる練習をしていた息子ルシウスを中心に地面に光が走り、巨大で緻密な模様がルシウスを中心に展開されます。
あれは……粗が目立ちますが、召喚の魔術陣でしょうか…?
誰かがルシウスを召喚しようとしています。ですが、あの程度の魔術ならルシウスでもレジストできるでしょう。
何も問題は無い。そう思っていたのですが……魔術陣がカッと輝くと、ルシウスは忽然と姿を消していました。
『あなた!』
わたくしは、隣を飛ぶ夫へと念話を飛ばします。
『こちらでも確認していたよ。一度戻ろうか』
夫の言葉に、わたくしたちは一度転移で巣に戻ることにしました。
◇
『あぁ、ルシウス。いったいどこに行ってしまったの……』
いつも良い子で待っていたあの子の姿が見えない。それだけで胸が張り裂けそうな痛みを感じます。
ルシウスには、万が一を考えてマーキングをしています。子どもはよく突拍子も無いことをすると聞いていたので、念のため現在地が分かるようにしていたのです。
それによると、ここから離れた大陸北西部に居るようです。きっと、わたくしからルシウスを奪った下手人もそこに居るのでしょう。
『さっそく向かいましょう』
ルシウスの元まで転移しようとすると、夫に止められました。
『まぁ、待ちたまえ』
『どうして止めるのです?!』
『この転移魔術は、本人の同意が無ければ発動しないタイプの魔術だよ。つまり、この転移はルシウスの同意の元、発動したんだ。ここはルシウスの意思を尊重するべきではないかな?』
たしかに、ルシウスの同意が無ければ魔術は発動しなかったでしょう。でも……。
『言葉巧みにルシウスを騙して同意を得たのかもしれません』
ルシウスはまだ赤ちゃん。騙すことなんて容易いでしょう。
『そうかもしれないね。でも、なにも問題はないよ。考えてもみてくれ。私と君の息子であるルシウスを傷付けられる存在が居ると思うかい?』
夫の言葉に、わたくしは少し冷静さを取り戻します。たしかに、ルシウスを傷付けられる存在が居るとは思えません。しかし、何事にも例外が存在するとも云いますし……。それに、体は無事でも心に傷を負う場合もあります。
『心配です……』
私の言葉に、夫が大丈夫だよと微笑みます。
『カイヤは心配性だね。じゃあ、こうしよう。これから私たちでルシウスを見守ろうじゃないか。そして、何か危険があれば助けに入ろう。それまではルシウスの意思を尊重しようじゃないか』
『今すぐ連れ戻した方が良いのではないですか?』
『それだとルシウスの意思を無視することになってしまうよ。せっかくあの子が私たち以外の第三者に興味を持ったんだ。あの子の気が済むまで遊ばせてあげよう』
結局、わたくしは夫に言い包められて、ルシウスの意思を尊重して、あの子を見守ることになりました。
『ルシウスを召喚したのは、人間のようだね。面白い種族に召喚されたものだ。ルシウスにとって良い刺激になればよいのだが……』
夫は人間のことを面白いと評しますが、わたくしにとって人間は愚かな種族と記憶しています。ルシウスのことが心配です。いじめられたりしなければよいのですが……。
ルシウスを召喚したのは、ブリオスタ王国という国の第一王女アンジェリカ・シド・ブリオスタ。王女が召喚したからか、ルシウスは今のところ丁重に扱われています。
『あのハーゲンという者。なかなかドラゴンの生態に詳しいようだね。頭も悪くない』
ブリオスタ王の信頼も厚いのか、ハーゲンという禿頭の老人の発案により、ルシウスを丁重にもてなすことが決定されました。突然、我が子をわたくしから奪ったのです。わたくしの人間への印象は最悪を通り越して滅ぼしてしまいたいほどです。ですが、ルシウスが望んで召喚されたということと、これからの彼らの態度次第では許してあげようかと思います。
わたくしは、ルシウスを見守るのと同時に、彼らの動向も監視し始めました。
それから彼らは、あの手この手でルシウスの機嫌を取ろうと必死になっていましたが、なかなかルシウスの心には響きませんでした。
ルシウスが女性の胸に強い関心を示すのは、母親であるわたくしを求めている可能性もあります。わたくしもルシウスに会いたいです。
『あなた、ルシウスを連れ戻しましょう。これ以上人間たちの元にルシウスを置いていても意味が無い気がします』
『もう少し待ってくれ。今、ルシウスが面白い物に興味を示したんだ』
ルシウスが興味を示したのは、魔力で動くゴーレムの人形でした。あの子にはまだ早いと思いますが……。
しかし、ルシウスは魔力を操り、人形を動かしてみせました。それだけではなくブレス、魔法、最近は夜な夜な空を飛ぶ練習までしています。もう完全に魔力の扱いはモノにしたようです。
『刺激的な環境が良いのかな?ルシウスは、私の想像以上の成長を遂げたよ。ウチの子は天才なのかもしれないな。君もそう思うだろ?』
『………』
たしかに、ルシウスの成長は喜ばしいことです。ですが、素直に喜べない自分も居ました。本来なら、ルシウスを教え導き、成功を共に喜ぶのはわたくしのハズだったのに……。醜い嫉妬が喜びに水を差します。嫉妬?わたくしが人間に嫉妬…?
自身の嫉妬心を自覚してしまえば、もうダメでした。これまで見ないようにしていた寂しさも合わさって、どうしようもないほど心がルシウスを求めます。ルシウスに会いたい。
気が付けば、わたくしは人間の姿になって転移門を開いていました。
『行くのかい?』
夫がわたくしに尋ねます。
「はい。もう我慢できそうにありません」
わたくしはルシウスに会いたくて堪りません。抱きしめたくて仕方ありません。
『まさか君がそこまで思い詰めていたなんてね……気が付かなかったよ』
“これは子離れできるか心配になるな……”そんな夫の呟きを無視して、わたくしは転移門へと入るのでした。
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