第20話 朝ドラゴン
朝からお茶を飲んで、優雅な気分で起床した僕とアンジェリカ。メイドさんに起こしてもらって、モーニングティーを用意してもらうとか、さすが王族、お姫様だ。
このままホッと一息といきたいところだけど、そうもいかないらしい。お茶を飲み終わったアンジェリカは、メイドさんたちに急き立てられるように動き出した。
向かったのは食堂だ。まずはご飯を食べるらしい。アンジェリカの食べる姿は、綺麗だ。なんていうか、品がある。この国のテーブルマナーとか知らないけど、たぶん完璧なんだろう。絵になる美しさだ。ぼさぼさ頭に少し眠たげな表情。しかし、姿勢やテーブルマナーは完璧。題して【お姫様の秘密】なんてどうだろう?
いつも綺麗で凛として、しかしかわいい雰囲気があるアンジェリカの貴重なだらしない姿である。なんだか彼女の秘密を覗いているようで、少し鼓動が早くなる。アンジェリカのだらしない姿を知っていることに、謎の優越感まで感じてしまうほどだ。
「ルー様、あーん」
アンジェリカの姿に見惚れていると、目の前にフォークに刺さった肉がやってくる。
「クァー」
僕は口を大きく開けると、肉をぱくりと口の中に収めた。まず感じるのは、甘い肉の脂とソースの酸味だ。両者が合わさり、甘酸っぱくまろやかでフルーティなコクのある味わいが口の中に広がる。肉を噛めば、ジュワリと肉汁を吐き出し、まるで繊維が解けるように肉が融けていく。口の中に残るのは、圧倒的な旨味だ。
「クァ…」
思わず、ため息が漏れるほど美味い。ソースの甘酸っぱいフルーティーな酸味が、余分な脂を打ち消し、後味を爽やかなものへとしてくれる。酸味に食欲が刺激され、また食べたいと思ってしまう。
「はい、ルー様。あーん」
「クァ―」
僕もメイドさんの給仕を受けて、アンジェリカと共に食事をしていた。いや“あーん”が給仕の範囲に入るのか分からないけどさ。
僕に給仕してくれているメイドさんは、アンジェリカと同じくらいの年齢の女の子だ。結い上げられた豊かな金髪に大きな碧の瞳が特徴の笑顔がかわいい女の子。この子も他のメイドさんと同じく顔が良い。まだ幼い印象を受けるが、美人の片鱗を見せ始めている。ようやく開き始めた花の蕾といった感じだ。
僕のお世話が楽しいのか、花咲くような楽しそうな笑顔を浮かべているのもポイントが高い。いや、何のポイントだよって話だけど。強いて言うなら、僕の中の好感ポイントだろうか?
メイドさんに“あーん”してもらうというご褒美朝ごはんイベントを終えると、僕はアンジェリカに抱っこされて一度アンジェリカの自室へと戻る。
「ルーはどうしましょう?」
「クー?」
どうしようとは、どういう意味だろう?
意味が分からず上を見上げると、アンジェリカの青い瞳と目が合った。
「ルーも行きますか?」
「クー」
よく分からないけど頷く僕。
すると、アンジェリカは寝室とは逆の位置にある扉へと歩き始める。もうすっかりお馴染となったメイドさんによる人力自動ドアの向こうには、まるでブランド洋服屋と物置を足して2で割ったような部屋が広がっていた。
部屋の中央にある大きなハンガーラックには、無数の色鮮やかなドレスが吊るされ、部屋の壁が見えないほど白いチェストが並び、箱が積まれている。どこか、昨日見た脱衣所を思わせる光景だ。これって、もしかしてウォーク・イン・クローゼットってやつかな?
安いマンション暮らしだった僕には縁の無いものだったけど、やっぱり一国のお姫様ともなると、大きな部屋1つ丸ごと衣裳部屋にしてしまうらしい。それにしても、すごい服の数だ。ハンガーラックに吊るされている物だけでも数えるのが面倒になってしまう。
「少しの間、良い子で待っていてくださいね。クレア」
「はい、姫様」
「ルーをお願いします」
「かしこまりました」
僕は、アンジェリカ手から、金髪のメイドのクレアへと手渡される。この子、さっきの朝食で僕に“あーん”してくれた笑顔のかわいいメイドさんだ。
「少しの間、よろしくお願いしますね。ルー様」
「クー」
僕を赤ちゃんのように横抱きにして、ニッコリと笑顔を浮かべるクレア。相変わらずの素敵な笑顔。惚れちゃいそうだ。
「これから姫様はどんどんお綺麗になっていきますよ」
そう言って、僕にアンジェリカの姿が見えるように角度を調節してくれるクレア。クレアのお胸は平坦だから視界良好だね。いや、膨らみが無いわけじゃないんだよ?ただちっちゃいんだ。
僕の視界の先、アンジェリカが大きな姿見の前でイスに座ると、メイドさんが前から後ろからアンジェリカに集まりだす。
たぶん役割分担が決まっているのだろう。メイドさんたちが、アンジェリカの髪を梳かしたり、手足の爪を磨いたり、なんと歯も磨いたりしている。一国のお姫様ともなると、歯磨きもメイドさんがしてくれるらしい。すごいね。
「そういえば、ルー様の歯磨きはした方が良いのでしょうか?」
「クー?」
クレアの疑問に僕は首を傾げる。野生動物は歯磨きしないし、いらないんじゃないかな?
でも、今まで気にしてなかったけど、歯磨きしないというのも気持ち悪い気がしてきた。臭ったりしたら嫌だし、できれば歯磨きしたいところだ。
「クー!」
僕は力強く頷くことで歯磨きしたいことをアピールする。
「分かりました。後で磨いてさしあげますね」
そう言って微笑むクレア。なんと僕までメイドさんに歯磨きしてもらえるらしい。ちょっとドキドキする。
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