第8話 グルメドラゴン
僕が手に持った大きなマグカップ。その中にはクリーム色の液体が入っている。匂いを嗅ぐと、花のような香りと濃いミルクの匂い、そして甘い香りがする。とても良い匂いだ。良い茶葉を使ってるのだろう。言葉通り王室御用達の茶葉だ。僕は、さっそくマグカップの中へと舌を伸ばす。
もくもくと湯気を燻らせるミルクティーは熱そうだけど、ドラゴンの体にとって、この程度の温度など問題にはならない。
ミルクティーに舌を浸すと、まず感じるのはミルクのまろやかな甘みだ。そして、そのミルクに絡まるように、香り高いお茶本来の味や渋味が、ミルクによって和らいだ優しい味となって舌を包み込む。ミルク以外の甘みも感じる。濃いこってりとした甘み。たぶんお砂糖の甘みだろう。
ドラゴンの嗅覚や味覚は鋭敏だ。人間だった時よりも、匂いや味がハッキリと感じられる。思えば、人間だった時の僕は、匂いや味について鈍感な方だったのだろう。アロマや香水、美食にはあまり興味を持てなかった。今ならば、高いお金を出してアロマや美食を追及していた人の気持ちも分かるなぁ。良い匂いを嗅いだり、美味しい物を食べると幸せを感じられるのだ。これは、僕の中ではけっこう革命だったりする。人間だった時は、良い匂いを嗅いでも美味しい物を食べても『良い匂いだな』『美味しいな』とは思っても、幸せとは感じなかったからなぁ。今思えば、僕はなんて詰まらない人生を送っていたんだろう。
自分の人生にちょっとの後悔をしつつ、舌で舐め取るようにミルクティーを口の中へと運ぶ。口の中という密閉された空間に押しやられたからか、より強くミルクティーの味や匂いを感じた。美味しい。幸せだ。
鼻から抜ける花のような美しい香りと、ミルクの優しい甘い香りまで美味しく感じる。
僕は、もっともっととマグカップに舌を伸ばして、ペロペロと犬や猫のようにミルクティーを舐め取っていく。僕の口は、犬みたいに縦に長いからね。人間だった頃のように普通に飲もうとすると、口の横から零れちゃうんだ。行儀悪いかもしれないけど、こればかりは見逃してほしい。
ミルクティーに夢中な僕は、ふと視線を感じて顔を上げると、こちらを優しい顔をして眺めているアンジェリカと目が合った。
どうしたんだろう?
僕は、首をコテッと傾げてアンジェリカを見つめ返す。
「ふふっ。かわいいなぁと思いまして。小さな手でマグカップを両手で持って、小さな舌で一生懸命舐めて……かわいいですよ」
「ルールー」
美少女に真正面から『かわいい』なんて言われるなんて、ちょっと、いや、だいぶ照れる。
僕は恥ずかしさを誤魔化すために、下を向いてミルクティーに舌を伸ばすのだった。
◇
「姫様、お食事の用意ができてございます」
「はい。ありがとうございます。ではルー、行きましょうか」
アンジェリカに抱っこされて向かったのは、部屋の中央にドーンと大きな丸いテーブルが置かれた食堂だった。アンジェリカは、僕をイスに座らせると、自分は向かい側の席に座る。
僕たちが席に着くと、メイドさんたちが料理を運んでくれるんだけど……僕、テーブルマナーなんてちょっとしかしらないぞ。それに、僕の知ってるマナーが異世界のこの国で通用するとは思えない。
どうしよう…?
と、悩んでいたのだが、そもそも僕用にナイフもフォークもスプーンも箸も用意されていなかった。まぁそうだよね。誰もドラゴンがカトラリーを使うなんて思わないよね。どうやらマナーの心配はしなくてもよさそうだ。よく見れば、僕に運ばれてくる料理は、全てお皿の真ん中にちょこんと一口サイズに盛られていた。これは、このまま口で食べちゃってよさそうだね。
僕の前にどんどんと所狭しとお皿が並んでいく。アンジェリカの前にはお皿が1つだけなのに、なんだこの違いは?
「料理長が、ルーの好みを知りたいんですって。美味しい料理があれば、横に居るティアに教えてあげてください」
僕は、アンジェリカの言葉に頷く。右横を見ると、バインダーを持った赤毛のかわいいメイドさんと目が合った。ティアと呼ばれた少女が、僕ににっこりと笑いかけてくれる。この子も美少女だなー。笑顔がとっても素敵だ。
「では、いただきましょうか」
アンジェリカの宣言で食事スタートとなった。どうやら、メイドさんたちは一緒に食べないらしい。このあたりは地球と変わらないね。
目の前に並べられた料理たちが放つ美味しそうな匂いに、僕の食欲が強く刺激される。
さっそく食べようとするけど、これだけあると、どれから食べるか迷っちゃうな。お肉だけでも、何種類もあるんだ。パッと見ただけだと分からないけど、たぶん肉の種類や部位なども違うのだろう。焼き加減も違う。まるっきり生の肉からレア、ミディアム、ウェルダン、それ以上は細かくて分からないけど、微妙に違うのだろう。お肉の上にかかってるソースも全て違うようだ。本当に肉だけで何種類あるんだってくらいいっぱいある。
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