第7話 ある女の死

留学から帰国した俺は中央区にあるミッション系の大学病院の人間ドックに検査入院をしていた。

この病院は俺が生まれた場所でもある。

地下鉄テロの影響により野戦病院の様な環境下、被災者が朝の讃美歌の歌と共に男児を産んだ。

そのお陰で一部の信心深いスタッフ等は、俺の事を使徒の生まれ代わりだと思ったのも無理の無い話だ。

それから17年が過ぎ、彼らの中で病院の幹部となったものも多く、この病院がJANUの協力組織となったのもそう言った関係性とテロの脅威とを絡めて親父がうまく利用した為だ。


その日の検査を終え、やることもなく眠りについた俺は「明晰夢」を見ていた。

睡眠導入時のレム睡眠下においてそれが夢であると自覚しながら見る夢を「明晰夢」という。


また同様にレム睡眠時において、身体が眠っている状態でありながら意識だけが覚醒している状態で引き起こされる現象の事を「金縛り」という。

因みに俺の「気合い」は半径4.61m以内の範囲に居る者をこの「金縛り」にする事が出来る。


そしてこの「明晰夢」を自分の意思で見られる様になった事もあって、最近では日常生活の一部として溶け込んでいた。

この「脳内バーチャルリアリティ」の中では空を飛んだり、寿司を無限に食べたりと某猫型ロボット並みにかなり無茶な事も出来るのだが、時々現実と夢との区別がつかなくなり、屋上から隣のビルに飛び移ろうとして転落する者や、引きこもりになるなどの悲しいケースも存在する。


そして俺がこの明晰夢を見るように様になったのは、2010年に中国のウィルス研究所から廃棄された実験動物であるサソリを食べ、出血を伴う高熱を出して寝込んでいた時から始まる。

おそらく、本来なら踊り食いをした蠱毒サソリの毒による中毒により俺は死ぬところだったのだが、その蠱毒サソリの毒素を中和しまた同時にサソリの能力を俺に転写出来たのは、ウィルス研究所での蠱毒の研究者が自身が不条理な死を迎える事を知っていた事による強い怒りが何らかの奇跡を起こしたからだろう。


「中国の人権問題」は、西側先進国が中国批判する際によく使うカードだが、中国当局が政治犯として収容した気功団体の会員やチベットやウイグルの少数民族らを生きながらにして解体して、その臓器を売買しているという実態については日本では余り知られていない。欧米のニュース番組では比較的頻繁に取り上げられているにも関わらず、不思議なことにに日本の人権団体やマスコミも敢えてこの問題に触れようとしない。


アメリカでは臓器移植のドナーが現在1億人いるにも関わらず、実際に移植を受ける迄には3年程待つのに対して、中国に置いては臓器移植のドナー登録が30万人以下であるにも関わらず、金さえ積めは早くて数日後には臓器移植手術が出来、また日本からも臓器移植の為に中国を訪れる者は少なからずおり、これを中国は西側諸国の健康に問題のある有力者達を凋落させる武器として使っている。


ある日、千葉県で中国人女性が交通事故で亡くなったという記事をニュースで知った。

どうやら、俺が武漢市からの帰国便で知り合い、帰国後に空港で高熱を出して倒れた際に、輸血をしてくれた相手だった。

 

俺に血を提供した人物、「白乾姫」とは武漢市よりの帰国便で隣合わせの席となり、様々な雑談を交わした。


実は乾姫は中国武漢市ウィルス研究所の研究者として蠱毒サソリに自身の汚れた分泌物を与えていた人物だった。

彼女はまた共産党の嫌う某気功団体の幹部であった事から、ウィルス研究所の不正を隠すためのスケープゴートとして、抹殺されたのだ。

その彼女の無念さがサソリを通して俺に宿り奇跡を起こしたのだと俺は思っている。

元々彼女にも元々先祖返りともいうべき特性があり、子供の頃から瞬発力、持久力、リズム感ともに群を抜いていた他、人間のオーラが見える《第3の目》といった共感覚能力に目覚めており、同時に共感覚者に見られる《カメラアイ》といわれる瞬間記憶能力を備えていた。


例えば200ページ位の本ならパラパラとめくっていると5分もあればその内容を写真のように記憶出来、必要に応じて「脳内サーチ」で検索出来る。

それだけでも充分に凄いのだが収監され、外部との交信が断たれた環境下で、瞬間記憶で得た知識を「明晰夢」の中に持ち込んで再解釈したり、武術の動きを力学に当てはめ、物理学の視点で再解釈に充てるなど、死にの直前まで自らを研鑽していた。

俺は世界的に人気のある少年マンガの中で、主人公が外部とは時間の流れが異なる「神殿」の中で修行することで、現実世界での1日が過ぎる間に1年分の経験値を会得するというシーンを思い出したが、俺と融合した乾姫記憶では「明晰夢」を見ている15分程の時間を能動的に10時間分程度の活動していた。つまりに1日を34時間として過ごせるに等しいのだ。


明晰夢の中で蠱毒サソリと融合した俺はやがて彼女の記憶の一部を引き継いでいることに気がついた。


それに倣い覚醒時に「瞬間記憶」で記憶した内容をレム睡眠中に再び解釈し直す事で大幅な時間の圧縮に成功し、リアルの世界ではレポート等の打ち込みを除けば殆ど学習時間を必要としなくなったばかりか、勉強の合間に身体操作の修練も行う。これが現実世界では中々出来ない関節や筋肉の動きが「夢の中」では簡単に出来たりする訳で、続けているうちにいつの間にか現実世界でもイメージ通りの動きが現実に出来るようになっていった。

それは睡眠中でも意識しながらトレーニングをすることで筋肉に電気的刺激が与えられ、実際に経験値が増えている事も関係してくるようだ。そうして俺にとってこの究極のイメージトレーニングは日常化されていったのだった。


翌日は身体検査があり、俺の身長は留学前より2センチ伸びて182センチに、胸囲は115センチ、体重は85キロになっていた。 

因みに握力は左右共に200キロだったというか、それ以上を計れる機器が大学病院になかったが取り敢えずベンチプレスは補助無しで500キロを複数回させる。


JANUSのメンバーでもある病院幹部達は俺の覚醒を素直に喜んでいた。

「大いなる力には大いなる責任が伴う。」などとクモのコスプレをしたニューヨークの高校生が言っていたが、元来ヒーローというのは金持ちしかなれないのだ。

日本版のクモ男の特写物を見た事があるが、主人公は一般人を装っているが渋谷区の松濤地区にある邸宅に住み、目黒サレジオ教会の近くに秘密基地を持っている大金持ちと言う、余りにシュールな設定には笑ったものだ。


むしろ俺は自由に楽しく生きたい。

何せ生まれつきの脳の血管の奇形からいつまで生きれるか分からないのだから。

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