第7話 冒険者3
「ロッタ、お待たせ」
厄介払いも済んだことだし、さっそく仕事に取り掛かろう。
ダンは「前回来てくれたときに登録した情報をもとに、会員証をつくったから」とロッタに手渡す。
「これでどの街にいってもすぐにダンジョン屋を利用できるよ」と付け加える。
「ありがとう」
「それにしても、冒険者なのに会員証を持っていないなんて……いままでどうしてたの?」
少しぶしつけな質問だったかなと、言ってから気づく。前はこの手の踏み込んだ質問は、意識的に避けて会話していたのに、少し距離が縮まったからといって、気が緩みすぎたか。
「え、えーと……ほら、私外国の生まれでー、えーっと、えーっと……この辺のシステムに詳しくなくてぇ……」
ヘタクソな嘘だった。まあ確かに浮世離れした見た目――というか桃色の髪なんてほかで見たことがない。整いすぎた顔立ちも、外国人ということで納得もできた。しかし明らかに全部真っ赤な嘘だ。外国から来たならそれはそれで、その国の会員証を持っているはずなのだから。
「でもこの間、ダンジョンに潜って生計を立ててるって言ってたよね」
「えーっと……それは、そのぉ、なくしちゃって」
困ってる彼女も可愛い。声が震えて慌てる様子は、彼女の素に近かった。
「まあいいけどね。あんまり深入りする気はないよ。他意はないんだ。気に障ったなら謝る」
「う、ううん。ぜんぜんいいの」
なにからなにまで不思議な美少女だ。訳ありなことに違いなかったが、首を突っ込んでも収穫はないだろう。
ダンは居住まいを正し「では、お客様」と芝居がかった言い方でロッタに向き直った。
「本日はどのようなダンジョンをお探しで?」
「白い竜が見たいの」
「白い竜?」
ダンの豊富な知識を検索しても、その単語は出てこなかった。おとぎ話の類だろうか、そっち方面にはあまり明るくない。
「私のおじいちゃんは昔冒険者でね、山岳奥地のダンジョンで、白い竜に出会った話をしてくれたの」
興味深いが眉唾だった。竜をこの目で見たなどとのたまう老人に出会いたければ、酒場に行けばいくらでも見つかる。
「山岳タイプのダンジョンならうちにもいくつかあるけど……君に紹介できるのこの辺かなぁ」
カタログを開いてレベル三十のページを見せる。
「ちょっとちょっと、いくらなんでもこんな低レベルのダンジョンに伝説の竜がいるわけないじゃない!」
低レベルとは失礼な。ダンのレベルはまさにその三十を少し上回る程度だった。ということは彼女はさらに高レベルなのか?
レベルは魔力の量ではなく質で測られる。魔力コントロールの精密さで決まるといってもいいだろう。体内の魔力をうまく制御すれば、魔法だけではなく、より力強く剣を振り、より速く戦場を駆け回ることができる。
それには遺物≪測定球≫を使う。≪測定球≫に手をのせ念じ、その色合いや濃度でレベルを定義するのだ。
会員証にもレベルを記載する欄があったが、その部分は任意回答なので空白だった。
ロッタのレベルは一体いくつなのだろう。
ダンは急いで奥にあった≪測定球≫を取ってくる。
「手を乗せて」
「なによ」
「いいから」
ロッタの手が≪測定球≫に触れる前に、すでに球は変色を始めた。
その色は、闇よりも深い――漆黒だった。
「ロッタ、君は……」
ダンは生まれて初めて見るその色に驚きを隠せない。それどころか畏怖していた。
「やめて!そんな目で見ないで」
ロッタは急いで手を離すと、俯き悲哀の表情をみせた。≪測定球≫の色は彼女の心模様そのままだった。
「ご、ごめん」
気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を、驚異的な真実が破った。
「私のレベルは八十なの」
「はち……なんだって!?」
「しー!」
ダンは街路にまで聞こえるほどの大声を上げていた。ロッタが咄嗟に口を塞いでくる。その肉体的な軽い接触が、二人の間にあった気まずい雰囲気を和らげたのか、ダンが「ご……ごめん、つい」と再び謝ると、「なんだか今日のダンは謝ってばっかだね」とロッタから笑いがこぼれた。
「でもどうやってそんなレベルに?君は会員証も持っていなかったのに」
〈ボンド堂〉に来る常連の中にも、そこまでの猛者はいない。それこそ王都にでも行けば別だが。
「私の家にはプライベートダンジョンがあるの。おじいちゃんがお金持ちで」
「プライベートダンジョンだって?裏ダンジョンの間違いだろ?君のおじいさんは犯罪者なのか!?」
「違うの違うの!おじいちゃんは役人で、特別なオファーを受けて協会から正規の手順で購入したものなのよ」
そんな話聞いたこともない。彼女の口から出るのはそういう話ばかりだ。一体どこまで本気にしていいのやら。
プライベートダンジョンと言えば聞こえがいいが、裏ダンジョンだって協会が横流ししているんだから同じようなものだ。妙な話になってきた。彼女を信用していいものか。
とりあえず彼女の話を全部信じるとして、彼女の目的はなんだろう。白い竜を一目見たいという以外に、何か深い理由があるはずだ。
「その、ロッタ。差し障りなかったらでいいんだけど、おじいさんの話をもっと詳しくお願いできるかな」
「いいわ、話す。おじいちゃんは当時白い竜の噂を聞いて、どうしても見たいからと、自分の実力以上のダンジョンに挑んでいたの」
なるほど、おじいさんも白い竜の第一発見者という訳ではないのか。どうしてその噂を信じるに至ったのだろう。よっぽど強い動機でもあったのだろうか。
実力以上のダンジョンというのも気になる。そんな危険なマネ、当時のダンジョン屋でも許さないだろう。そういえばおじいさんは役人と言っていたから、その関係のコネを使ったのだろうか。
ダンが疑問をぶつけると、すぐに回答が得られた。
「当時流れてた噂は、白い竜の加護を得られれば、永遠の命が得られるというものだったの。実力以上のダンジョンと言っても、選りすぐりの護衛を沢山付けたから危険はないはずだったわ」
永遠の命とは馬鹿馬鹿しい。たとえ竜がいたとしてもそんな能力は持ってないはずだ。竜のような珍しい――というかほぼ伝説上の存在だけど――生物であっても、ダンジョン内に存在するということはコアによって生成されたもののはずだ。コアがいくら人間に便利な遺物を沢山提供するからといっても、人間が永遠の命を手にしてしまうことはダンジョンからすれば脅威以外の何物でもない。
存在するかどうかも定かではない竜のために、精鋭の護衛を複数用意できるなんて、ロッタのおじいさんは一体何者なんだろう。ただの役人という訳ではないはずだ。永遠の命を欲する、精鋭の護衛を用意できる人物――相当な権力者であることに違いない。
「山頂まで来た時だった、突然護衛の一人が裏切って、おじいちゃんを突き飛ばしたの」
「裏切りだって?君のおじいさんはどんな恨みを買っていたんだ」
「恨み、というか権力争いね。おじいちゃんの存在がどうしても邪魔な奴がいたのよ。裏切ったのはそいつの息のかかった護衛だったの」
そうか、永遠の命という噂も、その者が流したに違いない。おじいさんがそれを求めるだろうことを知っていたんだ。
「山肌を転げ落ちたおじいちゃんは、ある程度のところで木に引っかかったから、一命を取りとめたんだけど、それも時間の問題だった。山を下りようにも、全身に打撲痕と骨折があって、とても動ける状態じゃなかった。
そこで竜に出会ったの。おじいちゃんが落ちたところは天井に穴が開いた空洞になってて、そこは竜の巣だった。入るところは上しかないから、外からは見つからなかった訳ね。
白い竜に永遠の命を与える力はなかったけれど、その血には驚異的な再生能力があった。おじいちゃんは、ある交換条件を呑ませて、治療してもらったそうよ。その条件が何なのかっていうのは私も聞かされていないんだけれど」
そこまで聞いて、ダンは彼女の目的を悟った。
「竜の持つ治癒能力――それが君の冒険の理由なんだね、ロッタ」
「そうよ」
「もしよければ、その治癒能力を必要としている人が誰かっていうのも聞いてもいいかな?」
ダンはこれも見当がついていたが、彼女の口から聞きたがった。
「それもおじいちゃんよ。おじいちゃんは今、難病で死の淵をさまよっているの。あらゆる手を試しても治る見込みがなくて、この竜の話を思い出したの。私が白い竜を見つけて、再びおじいちゃんを助けてもらうの!お願い、力を貸して」
ダンは協力を決意した。
「よし、そういうことなら一肌脱ごう。僕にできることなら何でも言ってくれ」
これは決して下心や同情の末の決断ではない。もちろんその側面もあるにはあったが、それよりなによりも、彼女から聞くうちに、白い竜の話に夢中になっていたのだ。
そしてダンの余りある好奇心は、これを放っておかなかった。
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