6月の少女
黒巻雷鳴
#1
5月の終わりかけの青い空。
季節は暖かさを越えて、暑さに変わっていた。
わたしが物心つくまえから、いつもそうだ。
秋から冬へ、春から夏へ。
なだらかにではなく、気がつくと、変わっている。そう、何もかもが突然に……
わたしが通う公立中学の途中には小学校があって、十字路に面した校舎裏の
去年はこの紫陽花は咲かなかった。
フェンスから抜け出すようにして、ところどころあふれる紫陽花。
何気なく顔を近づけてみる。花の香りは感じられなかったけれど、思わず唇がほころんでわたしは笑顔になった。
「ねえ」
不意に声が聞こえた。
たぶん、わたしと同い歳くらいの女の子。
知らない声だった。
鼻先の紫陽花から顔を上げて振り返る。
カシャッ!
スマホのシャッター音ごしに、半分だけ隠れた笑顔が見えた。
「すごいすごい! 最高傑作が撮れちゃった!」
画面を見つめながら満足そうに
通っている中学からはそう遠くはないけれど、私立の女子中学校で、わたしが入りたかった学校のだ。
「ねえ、見てよ。ほら、いい感じでしょ?」
差し出されたスマホの画面には、紫陽花とわたしが写っていた。構図と太陽光の当たり具合が絶妙で、被写体のひとつがわたしなのに、確かにいい感じで写ってはいた。
「……うん。あの、
「えっ? 消すの? なんで?」
「なんでって、だって勝手に撮られたし。肖像権の侵害です。消してください」
「わかったよ。消すから、そんなに怒らなくてもいいじゃん」
真顔のわたしの表情が、よほど怖かったのだろうか。素直にスマホをいじりだしたので、消去したのかと思ったけど──。
「はい、拡散。画像はサイトに投稿しといてあげたから」
「えっ…………
おどろくわたしの左肩を、彼女はポンと軽くひとつ叩く。
「嘘だよ。ごめんね、急に」
そう言うと彼女は、笑顔を見せてスマホを持つ片手をヒラヒラと挨拶がわりに揺らしてから、可憐にスカートをひるがえして去っていった。
彼女が進んだ方向は、わたしの通学路でもあったので、このまま歩けば、あとをつけているように思われるかもしれない。せめて、彼女のうしろ姿が見えなくなるまでは、紫陽花のそばにいよう──ただ立っていても仕方がないので、背負っているリュックサックからスマホを取り出して紫陽花を数枚撮ってみた。
でも、さっきの見せられた写真みたくうまくは撮れなくて、わたしは彼女みたいな笑顔になれなかった。
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