八、人間国の姫と獣人国の王子が一緒になること③

 確かにヴァンの言い分も間違いではない。シェルの印象を勝手に決め、本来のシェルを見ようとしなかったのは国民側である。

 そう主張するヴァンの意見も分かるのだが、やはり気持ちを裏切ってしまったと言う思いに駆られるのもまた事実なのだった。それにやはり、


(国民たちには、祝福されてゼール様の元に行きたいって思うのは、私のワガママなのかな……?)


 そうなのだ。こんな自国民に憎まれるような状況の中、シェルは獣人国へ嫁ぐ気にはなれなかったのだ。それに、このままでは人間国で行う予定だった婚約パーティーも開催できない。


「やっぱり、私は私の口で、私の状況の説明と謝罪をした方がいいと思うんだ……」

「そりゃ、シェルの口から説明を受けたら、国民たちも納得はするだろうけども……」


 それでもヴァンは納得いかない様子だ。

 日夜シェルは国民たちへの対応を考えていたのだが、ヴァンとこうして離れで話していくうちに少しずつ気持ちが固まっていった。


「やっぱり私、自分で説明したいな」

「シェルっ?」

「大丈夫、安全対策はみんなに頼るよ」


 シェルはそう言ってヴァンを安心させるようにした。しかしヴァンの心配そうな顔は変わらない。シェルはそんなヴァンに、大丈夫だよと言うと、国民たちへの説明と謝罪に向けて動き出すのだった。




 そんな人間国の国民たちの様子は、もちろん獣人国の王宮にも届いていた。


「とんでもない手のひら返しだな」


 ゼールはそう言うと、そばに控えているフォイへと顔を向けた。


「フォイ、俺が人間国へ行けるのはいつ頃になる?」

「そうですね、ようやく手続きが終わりそうなので、明後日には出立できるかと」

「明後日か、分かった」


 ゼールはそう言うと、山積みになった書類へと再び目を通し始めた。

 シェルを貶めるような記事が人間国へと出て、人間国の国民が暴徒化し始めたと知ったゼールは、すぐにシェルの元へ行く手はずを整えようとした。しかしシェルを傷物にした本人であるゼールが、そう思い込んでいる人間国へ入国するのはあまりにも危険だと判断されたのだ。そのためすぐには動くことができなかった。

 それでもゼールは人間国への入国を諦めることはなく、何度もヴェルデ王に打診をし、そうしてようやく出国が許されたのだった。

 ゼールは人間国への出立に向けて、まっている事務作業をどんどんとこなしていく。そうして二日がち、ようやく出立の時を迎えた。


「今回はボディーガードもつける、いいな?」

「必要ないと言った」

「フォイだけでは手に負えないだろう」

「……」


 ゼールの出立を見送るヴェルデ王はそう言うと、馬車に屈強な獣人を二名とフォイを入れた。ゼールは不愉快そうにしていたが、ヴェルデ王の心遣いと受け取り、それ以上の文句は控える。


「では、気をつけて行ってこい」

「分かった」


 ヴェルデ王はそう言うと、御者に合図を送る。ゼールは馬車の中から小さくなっていく獣人国王宮を眺め、すぐに前を向いた。




 人間国へ入国したゼールの馬車は、お忍びでやってきたこともあり、余り騒ぎにはならずに人間国の王宮へと辿たどくことができた。しかし一部の人間国国民がゼールの馬車に気付いたようで、途中で物を投げつけられることがあった。


(相当嫌われたものだな……)


 ゼールは物がぶつかる音の響く車内で、自嘲気味に笑った。

 そうして到着した人間国王宮で、ゼールはまず、シェルとヴァンの父に当たる国王へと挨拶を行った。国王は堅苦しいのはよそうと言うと、


「とにかく、シェルのいる離れに行ってやってくれ」


 そう言って近くの者へ、シェルのいる離れに案内するよう指示を出したのだった。




 シェルは国民たちへどう話をしようかと頭を抱えているときに、突然響いた部屋の扉をノックする音でふと我に返った。


(誰かしら?)


 不思議に思いながらもシェルが扉を開けると、そこには、


「ゼール様……!」

「大変そうだな」


 両脇を屈強な獣人に挟まれたゼールの姿があった。その後ろには影のように控えるフォイの姿も確認出来る。ゼールが来ることをシェルは知らされていなかったため、その姿に驚きを隠せない。美しいブルーの瞳を丸くし、ぼうぜんと立ち尽くしているシェルの様子を、ゼールはおかしそうに笑った。


「中には入れてくれないのか?」

「あっ! ごめんなさい! どうぞ、入って」


 シェルは慌てて戸口から身体を避けると、ゼールとボディーガード、そしてフォイを中へと招き入れたのだった。

 それからすぐにお茶をれる準備をする。その間、ゼールは初めて訪れるシェルの部屋にきょうしんしんだった。しかし、


「ゼール様。女性の部屋をそんなに見ては失礼ですよ」


 フォイにたしなめられ、ゼールは軽く肩をすくませるのだった。


「お待たせしました」


 シェルは用意した人数分のお茶をテーブルに置く。それから自分も席に着くと、突然ゼールが訪ねてきた理由をいた。


「まだ、婚約パーティーは先のはずです……」


 シェルはそう言うと少し寂しそうに視線を下にずらした。

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