五、レイガー⑦

「黙ってるだけじゃ、何も伝わってこないんだが?」


 ん? と言ってゼールはシェルの顔を至近距離から見つめた。シェルはもう自分の鼓動の音とゼールの低くかすれた声だけを聞いて、頭がおかしくなりそうだ。そこでようやく、


「ち、近いです……」


 蚊の鳴くような声でシェルは精一杯の声を上げる。それを聞いたゼールがニヤリと笑ったのが分かった。それから服の上からシェルの胸へと手を伸ばすと、


「こんなにも心臓をドクドク言わせて……、俺といるのがそんなに緊張する?」

「……!」


 あまりにも唐突な発言に、シェルは声にならない声を上げる。そのシェルの反応を楽しむかのようにゼールはシェルの顎から手を離し、今度はその手を腰に回した。これでシェルはゼールから距離を取ることができなくなる。


「まさか、逃げようなんて考えていないよな?」


 普段よりも積極的なゼールにシェルはもうどうして良いか分からない。ただただ楽しそうにゆがんだゼールの口元を見つめるしかできなかった。そうしていると突然、


「んっ!」


 激しく唇を奪われてしまった。


「んっ、んっ!」


 キスをされながらシェルは抗議の声を漏らすものの、ことごとくそれらを吸うようにゼールが口づけをしてくる。更にゼールの胸をたたいていたシェルの両手は、いつの間にかゼールの右手に収まってしまい、抵抗も許されなくなる。


「んんっ……、はぁ……」


 ようやく唇を離された時、シェルはもう何も考えられなくなった。ただ、とろんとした目でゼールを見上げるしかできない。その視線を受けたゼールの背中がゾクゾクした。シェルは無意識かもしれないが、その視線はもう、ゼールを求めていると語っているも同然なのだ。


「シェル……」


 シェルの名前を呼ぶゼールの声が熱を帯びる。それに答えるかのように顔を上げたシェルの顔は真っ赤だ。ゼールは再び服の上からシェルの胸をみしだき、激しいキスをする。

 こうなってしまっては、もう二人は止まらなかった。

 唇を離したゼールはシェルを抱え込むと、執務室のソファへとシェルを横にする。それからシェルのドレスのボタンを一つ一つ丁寧に外していった。


「ゼール様……」


 されるがままのシェルのか細い声も、今のゼールにはもう誘っているようにしか聞こえない。しかしゼールは昨日とは違い、本能のまま乱暴にシェルを扱うことはしなかった。それがシェルにも伝わり、ゼールに優しく素肌を触られることに快感を覚えていく。




 ちゅっ……




「あっ……!」


 素肌に落とされたキスにシェルは思わず甘い声を漏らしてしまう。そうしてそのまま二人は、執務室のソファの上で重なり合うのだった。

 その日からシェルは良く、ゼールの部屋に呼ばれるようになった。そして夜を共に過ごす。一緒に執務室へ現れることも多くなった。周囲はゼールのシェルへの執着に少し心配をしていたものの、


「やはり、通常のいけにえとは違うんですね。さすがは『極上のいけにえ』と言うもの」


 そう言って満足そうに笑う者もいた。シェルはそんな声に囲まれてかなり立つ瀬がないと感じていたものの、


(大丈夫、私はゼール様を信じていますし……)


 そう、自分に言い聞かせるのだった。

 二週間ほどがった頃、シェルはゼールの着替えを手伝っているときに獣人国国王であるヴェルデ王に呼ばれた。


「何のお話でしょう?」


 疑問に思うシェルに、


「行ってくれば分かるだろ」


 ゼールの言葉は素っ気ない。

 シェルは少しの不安と大きな疑問を胸に、獣人国王宮、えっけんの間に進んで行った。


「おぉ、シェルさん。ご無沙汰しておりますな」


 えっけんの間に入ったシェルを、ゼールの父であるヴェルデ王は笑顔で迎えてくれた。それから、


「あなたの『極上の生贄』としての働き、見事ですよ」


 そう言ってニコニコとしている。さすがにほぼ毎夜の出来事がこうして筒抜けなことは、シェルには恥ずかしく、思わず顔を赤らめてしまった。


「そこで、シェルさん。お話があるんですよ」


 顔を真っ赤にし、うつむいてしまったシェルに今度は一段と真面目な声音でヴェルデ王が語りかけた。シェルもそのただならぬ空気に顔を上げる。すると真剣なヴェルデ王の視線とぶつかった。

 ヴェルデ王はシェルの目をぐ見て、


「そろそろ、国へ帰られてはいかがかな?」

「え?」


 思わぬ王からの言葉に、シェルは自分の耳を疑った。


(今、帰れって言われた……?)


 まさかの言葉に頭の中が真っ白になっていく。そんなシェルへヴェルデ王は説明をした。


「あなたのお陰で、ゼールのレイガーもそろそろ治まってきています。今回の件でいけにえを得ることをゼールは覚えましたし、今後の獣人国は安泰になります」


 だからもう、シェルの役目は終わったのだと王は言う。


「帰りの馬車はもちろん用意しますし、人間国の王にも知らせをしておきますので、ご安心ください」


 ヴェルデ王はニコニコと笑って言う。その言葉の一つ一つがシェルの頭にガンガンとぶつかり、脳を揺さぶった。


「話は以上です。来週には帰れますから、それまで、ゼールのことをよろしくお願いしますね」


 ヴェルデ王はそう言うと、シェルへ下がっても良いと言った。シェルはフラフラする頭を押さえながら何とか立ち上がると、ヴェルデ王に一礼をしてえっけんの間を出て行った。

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