三、極上の生贄④

「捕らえた女性をどうしたのか、答えなさい」


 その声音はりんとしており、他を圧倒する威厳があった。さすがは姫、と言ったところだろうか。静かな怒りを内蔵したその声音に一瞬、男がたじろぐ。しかしすぐに男は自分が有利とみるや、シェルのほおに片手を伸ばしながら言った。


「人間の娘は、売った。お前なら、今まで以上の高値で売れるだろうな」


 そう言って、男は下品な笑い声を漏らした。シェルは男の言った内容にゾッとする。


(もしかして今までの元いけにえたちも、こうして連れ去られてしまった……?)


 そうだとしたら、一体何処どこに?

 売られた女性たちを助けないと……。

 シェルは自分の置かれた状況よりも元いけにえたちの現在を心配していた。それが目の前の男にはしゃくに障ったようで、


「おいおい、嬢ちゃん。自分の立場を分かってるのかい?」


 そう言うと、男はおもむろにシェルの胸へと手を伸ばした。


「きゃっ……! 何するんですかっ!」

「いい柔らかさだ。大きさもちょうど良い……」

「ちょっと、やめてっ! 触らないで!」


 シェルが逃げだそうと暴れるが、細身でも相手は獣人族だ。人間の中でもきゃしゃなシェルが男の力にかなうわけもなく、されるがままになってしまう。

 シェルが思わず、ぎゅっと目をつむったときだった。


「ちょっと、イタズラが過ぎるんじゃないか?」


 男の声がした。その声にシェルは聞き覚えがある。シェルを触っていた男が声のした方を振り返ろうとしたときだった。


「おせぇよ」


 今度は頭上で声がした。


「だ、誰だよっ!」


 男がろうばいする。その声を無視して、


「目を閉じろ、シェル」


 そう声が降ってきた。シェルは言われた通りにぎゅっと目を閉じる。するとその直後、




 バーン! バーン!




 数発の破裂音と共に、まぶたしでも分かるまばゆい光が辺りを包んだ。目を閉じているシェルには何が起きているのか分からなかったが、


「こっちだ」


 謎の声はそう言ってシェルの手を引いてかけ出した。あまりの速さにシェルの足がもつれ、転びそうになったのを、


「ちっ」


 謎の声は軽く舌打ちをし、そのままシェルの身体を抱き上げた。


「あ、あのっ!」


 思わず目を開けたシェルの目に映ったのは、至近距離でフードをぶかに被ったゼール王子だった。


「暴れるな、落とすぞ」


 ゼールの低い声に、シェルは黙るしかない。

 そのままゼールはシェルを担ぎ、風のように走って王宮へと戻ったのだった。




 王宮へと戻ったゼールは、裏庭でシェルを降ろした。もう日が落ちていて、空には星が瞬いている時間だ。

 シェルを降ろしたゼールは自分の両手を上下に振りながら、


「俺の作ったばくれつせんこうだんは、ま、成功だったな」


 そう独りごちた。どうやら、シェルを助ける際に用いたもののことのようだ。爆竹のような大きな音と、その後に強烈な閃光が当たりを包む、そう言ったものをゼールは作っていたようだった。

 それからまだ放心状態のシェルに向けて、


「お前、どうしてアイツについていったんだ?」


 そう尋ねてきた。ゼールの視線は冷たい。シェルはその視線に逃げ出したい衝動に駆られたが、あの時男が言った台詞せりふを思い出し、何故なぜあのような状況になったのかをゆっくり説明した。

 全てを聞き終えたゼールはあきれたように息を吐き出し、それから一言、


「お前、バカなのか?」


 そう言われたシェルは、今思うと無謀だった自分の行動に何も返せなくなってしまう。


「聞き込み中に注意されてたんだろう? あの辺りは治安が良くないって」

「しかし、いけにえとなった女性たちが被害に遭っていたらって思ったら、いてもたってもいられなくなったんです!」


 シェルはこの思いだけはどんなにゼールに馬鹿にされようとも、譲れなかった。

 真剣なシェルの視線を受けゼールは、


「まぁ、お前のお陰で人身売買のルートをつぶせそうだ。アイツらには俺たちも手を焼いていたんだ」


 そう言った。

 獣人国の南の町で違法な人身売買が行われている。

 この情報こそは王宮にも届いていた。そのため、ゼールは何度か南の町へと単独で潜入していたのだが、どうも男の自分が相手ではなかなか尻尾をつかませなかった。


「そこで今回、女の、しかも人間のお前が動いてくれたお陰で、事態を動かすことが出来たんだ」


 ゼールの説明を聞いていて、シェルは段々と思ったことがあった。


(もしかして、私、利用された……?)


 シェルがぼうぜんとしていると、


「ま、礼と言っては何だが、元生贄の居場所を突き止めるのを手伝ってやるよ」


 ゼールはどこまでもマイペースに話を進めている。


「ちょっと、お待ちください、ゼール様」

「なんだ?」

「理解が、あの、追いつきません……」


 シェルは少々、頭痛を覚え始めていた。

 始めは無愛想で、会話もままならないと思っていた獣人王子。その無愛想さがまた、彼の整った顔立ちによく似合っていると思っていた。

 しかし今日、『極上の生贄』として再会したゼールは、思っていたよりも言葉を交わしてくれた。そのことはシェル自身うれしく思っていたのだが、問題はその性格である。


(もしかして、これって、俺様ってヤツ……?)


 マイペースで、意外と口が悪く、それでいて目的のために手段を選ばない。

 シェルが気になった獣人王子はそんな気質を持っているのだった。

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