1-16 魔女の住み処




 エリアが風邪を引いたあの日から、暫くの日々を過ごした。


 ある日には、エドの指導の下、リュックは龍人としての特訓に励んだ。

 ある日には、エリアはマリーの回診に付き添って見習い医師として役目を果たした。


 二人は、着実に、バルベナに住む者としての在り方を見出していた。


 休みの日には、いつも二人で出かけた。

 大病院近くの川沿いのカフェを見に行って、帰りにお菓子を買ってマリーへのお土産にしたり。

 やっとこさ仕事を終えたユアンのもとに挨拶に行ってみたり。

 たまたま見かけたフェリスとクロのデートに横槍を刺したり、その流れで一緒に居たカミヤと共にウルフセプトを訪れたり。


 エリアもリュックも、新しいものに溢れたその街で、幸せな毎日を送り始めていた。


 リュックが時折思い出すあの異質な龍人への不安も、ふとした折に沸き上がる不純な感情も、彼女は胸の内に秘めてその幸せな日々を過ごした。




 街は、今日もいつも通りで、二人はまたいつもの様に幸せな時間を過ごして帰路に着く。


 マリーの家に近付いて、エリアはふと違和感に気が付いた。

「あれ、誰か来てるね」

「うん?」

 扉も開ける前から、エリアは邸宅の中に誰かが居ることを察知していた。

 リュックは何も分かっていない様子で、ただ不思議そうにエリアのその表情を眺めている。


 ドアノブに手をかけたあたりで、あれ、もしかして、と彼女はその違和感の正体を理解し始めていた。

 彼女は、少し気の逸る様子で扉を開ける。

「先生、ただいま。ねえ、もしかして―――」

 急ぎ足で、リビングルームへと視線を移す。


 いつも彼女達が座っているソファの上。

 エリアの思った通り。

 そこには、やや垂れた猫の耳を持つ子供の姿があった。


「…」

 少し恥ずかしそうに、エリアに挨拶しようと手を小さく上げるレリア。

 鳴くように何かを言おうとしたレリアだったが、彼女が言葉を発するよりも、エリアが喜びの声を上げる方が何拍か早かった。

「レリちゃんだぁーーーーー!!!」

「ぅにゃあーーーーー!!!」

 以前に会った時と同じように、飛びつくようにレリアを抱きかかえたエリアはそのままくるくると喜びの舞を踊り始める。


 逃げ出そうと足を振り回すレリアだが、やはり彼女は抵抗空しくエリアの意のままに振り回される。

 最後には、彼女は全部を諦めた表情で、好き放題に撫で回される屈辱を味わうのだった。




 家の中には、エドも一緒に居た。

 先程は華麗にエリアに素通りされた彼であったが、めげずに笑顔で会話に参加している。


「ワルプルギスの夜が近い時期は、レリアにはここに居てもらうようにしてるんだ」

 彼は簡潔に、レリアがそこにいる理由を話した。

「別に、私は一人でも平気だけどね」

 ふん、と強がって鼻を鳴らすレリアの頭を撫でながらエドは続ける。

「うん、レリアは強い子だからね。だけど、万が一ってこともある。今までは平気でも、今年も同じだとは限らない。だから、翌夜祭が終わるまではこの子はマリーの家で過ごすことになるよ」

「やったぁ」

 喜ぶエリアだが、レリアは何とも複雑そうな顔をした。

「…居るのは、数日だけよ。本当なら、数日だってここには居たくないんだから」

「…マリーの家の中でも、街に居るのは嫌?」

 エリアがそう聞くと、レリアは目を逸らしながら、殆どわからないくらいに小さく首を縦に振った。


「…あの、えっと。こんにちは」

 リュックが、おずおずとレリアに挨拶する。

 彼女が言葉を発すると、レリアの目つきは急に鋭くなって、嫌がるように身を引いてしまう。

 目の前にいたエリアの袖を引っ張って自分の元へ引き寄せて、その後ろに身を隠すような状態でリュックのことを睨みつけた。

「近寄らないで」

「えっ」

 初対面の子供に訳も分からず嫌われるリュック。

 彼女はショックの余りに中途半端な笑顔のままで固まって、何も言えなくなってしまった。

「あ…えっと、ごめん。レリアは、その…内気な子だから…」

 下手なフォローを入れるエドだったが、リュックは壊れたおもちゃの様に振り向くだけで、気を取り直すにはもう少し時間が必要そうだった。


「こら。お姉さんにそんな態度取っちゃいけません」

 マリーの両手で顔を挟まれて、ばつが悪そうに抵抗するレリア。

「だ、だって。私、あの子好きじゃないもん」

「ウッ」

 追撃を食らって、お腹でも痛めたようにしゃがみ込むリュック。

 我儘を言ったレリアは、マリーに髪をわしゃわしゃと搔きまわされた挙句、凄く小さな声で不満そうに「ごめんなさい」と言わされていた。



 影の獣が山のように現れるというその日に向けての話。

 リュックは、魔女二人が身を隠すその家に付きっきりで、その周りを警備するという任を課されることになった。

「僕は、衛兵団の指揮でここには居られないからね。今までは結局のところ手薄になってしまってたこの家も、君のお陰で平和が保たれるってわけだ」

 てっきり戦力として獣狩りに出ると思っていたリュックは、彼の言葉を聞いて内心安堵する。

「まあ、街の中にまで獣が入り込むなんてのは今まで一度も無かったことだから、そこまで心配しなくていいよ。ただ、君はここにいる皆を安心させるためにいてくれたらいい」

「うん」

 リュックはまだ訓練生で、龍の力を使いこなしきれていない身。

 無意識にエリアの力を吸ってしまう程ではなくなっていた彼女であったが、それでもまだエドと同じような力を発揮するには遠く及ばなかった。


「当日に、またいきなり倒れたりしないと良いけどね」

 レリアは少し意地悪そうにそう言葉を投げる。

「…気をつけるよ」

 そう不安げに答えるリュックは、実はその夜に出会ったある龍人のことを誰にも話していなかった。


 その日はただ体調が悪くなって倒れただけで、翌日姿を消したことについてはただ単にエリアと散歩をしていただけだと嘘を吐いていた。

 それ以外のことを話すと、何か良くないことが起きる気がしたから。


 何より、彼女はその龍人の細かい容姿のことを何故だか忘却していた。

 今までの記憶喪失とはまた違う何か、思い出すことを何かに阻まれているような感覚。

 思い出そうとすればするほど、その人物に関わる記憶は現実味を失っていた。


「…?エリア、何してるの」

 急に立ち上がったエリアが、ソファにもたれたレリアを無理やり後ろから抱き上げて、前向きに抱っこする形でそのまま立ち上がる。

 足をだらんと垂らした状態で、レリアはリュックの目の前近くまで運ばれていった。

「レリちゃん。よく、目、合わせて」

「…嫌よ」

 目の前にいるレリアの表情を、困ったように覗き込むリュック。

 エリアは、真面目な顔をしてレリアに話しかける。

「私、レリちゃんもリュックも大事に思ってるから。その二人が仲良くなかったら悲しいよ」

「…」

 そう言われて、何も言い返さずに床を見つめるレリア。

「私、翌夜祭はみんなで楽しく過ごしたいな」

 そう言われて、レリアは仕方ないと言った風に視線を上げて、リュックの顔をしっかりと覗き込んだ。

「…ワルプルギスの夜、ちゃんと私たちのこと守ってよね」

「うん、もちろん。これから、よろしくね」

 リュックの挨拶を受けて、レリアはまた小さく首を縦に振った。




 その後は、エリアがレリア邸に行った時の話や、最近彼女達が見知った店やら食べ物の話やらで穏やかに話が進んでいた。

 途中からレリアは興味が無くなってきたようで、マリーの家に置いてあった本をぱらぱらと眺めながら話半分に読んだりもしていた。


 しばらくして話題も尽きてきた頃、エドは仕事に戻ると言って席を立った。


「じゃあ、よろしくね、リュック。隊員として、みんなのこと、よろしく」

「うん」

 リュックは穏やかに返事をしてエドに手を振り返す。

 レリアはエドを見送ろうとしながら、彼の背後の扉のほうを何やらじっと見ていた。


「…エド、ちょっと待って」

「うん?」

「そこの泥棒、仕留めるから」

「え」

 そう言って、レリアは右手を扉の方へと伸ばす。


「ちょっと待って。そこに誰か居…」

 エドの問いかけに答えるよりも早く、レリアはその右手を軽く握った。

 次の瞬間、扉の外からは「うぎゃあ」と何かを潰したような苦しそうな悲鳴が聞こえてきた。

「…あっ!?」

 慌てて扉を開けて外を見に行くエド。

 それに続くようにリュックやエリアも玄関から飛び出すと、花壇のほうで、蔦に巻かれて身動きが取れなくなっている“泥棒”の姿があった。



「―――ぬ、待て、ちょっと待て!慌てるな、話せばわかる!話せばわかるからとどめを刺すのはちょっと待ってくれ!頼むぅ!」



 足をじたばたと振り回して懇願する彼女は、泥棒というには余りに弱弱しい身振りで窮地を逃れようとする。

 容赦なく彼女を締め上げようとするレリアだったが、何やら事情があるように思えたエドはそれを引き留めて、その謎の女性をマリーの家に引き入れることにした。




 ◇ ◆ ◇




「エド、仕事はいいの?」

「うん、多分。ちょっとくらい遅れても大丈夫な用事だから」

 マリーに聞かれて、手をひらひらと振って平気な素振りをするエド。

 リュックは不思議そうにエドを見て疑問を投げる。

「衛兵団のほうに連れていっちゃ駄目なの?不法侵入でしょ?」

「うん、それはよくないね。だって」

 エドが途中まで言いかけて、その先はレリアが口を挟む。

「その人、魔女だもの」

「え?」

 エリアも気が付かなかったのか、彼女は口を大きく開けてその女性の顔を覗き込んだ。



 女性は、レテと名乗った。

 僅かに紫色に見える暗い色の長い髪と、龍人のような高い背丈。

 頭に巻いた布を解くと、その下には山羊のような耳が垂れ下がっていた。

 服も全体的に暗い色のものを着ているせいか、どことなく陰気な、闇を抱えたような雰囲気を持っている。

 目つきはぎらぎらとしていて、その顔立ちだけであれば気が強そうにも見えた。


「魔女だったんだね。私、全然気が付かなかったよ」

「やめ、やめろ!近づくな!その顔で寄られるのは精神的にきつい」

 レテに全力で拒否されて、しょげてリュックに抱き付くエリア。

 先程から、特にエリアやリュックに対して異様に拒絶の態度を見せている彼女の様子に、一同は何事かと首を傾げていた。


「えっと…ごめん。今までに、会ったことあるっけ?」

 リュックからそう聞かれて、レテは火が付いたように声を荒げて怒り出す。

「ほざけ!今まで散々な目に遭わせてくれたくせに何を言う!そもそも、貴様が冥界の箱なんぞ作るから余は今こんなことに―――!…ん?」

 捕まってからずっとやや興奮気味であった彼女。

 だが、リュックの姿をここで漸くしっかりと見たことで、何かの勘違いに気が付いたようだった。


「…お前、女か?」

 レテからのその発言に少しカチンときたのか、リュックは「は?」と威圧気味に彼女を睨みつける。

「いや、ちょ、待て。ごめん。ごめんって。…いや、だが。…女、だな。多少だが胸もあるようだし」

「謝る気、ある?」

 頭を掴まれて慌てて謝罪するレテ。

 人違いだった、すまなかったと連呼しつつも、彼女は怪訝そうにリュックの顔を覗き込むことをやめなかった。


「いや、似ている。お前、あの男の血族か何かか?」

「いや、あの男って言われても。誰だか、わかんないし」

「余も、あの男の名前が分からん」

「殴りたい…」

 何度も懲りずにリュックを怒らせるレテに、周りも苦笑いする。


「じゃあ、エリアのことも人違い?さっきから、妙に当たりがきついよね」

 リュックにそう聞かれて、レテは「エリア、か」とまた不思議そうに聞き返した。

「貴様、やはりアゼリアではないのか」

「…?」

 想定外の名称がレテの口から出てきたことで、エリアはぽかんと口を開く。

「アゼリアの街から来たよ?」

「違う、そうじゃない。お前の名前はアゼリアではないんだな、と聞いている」

「…うん」


 レテは、何故だか困ったように額を押さえて顔をしかめた。

「…じゃあ、ここは一体何だ?新生魔女教とか、そういうのではないのか?」

 理解できない発言を繰り返すレテの様子に痺れを切らしたのか、レリアは机をぱんぱんと叩いて急かすように質問を投げる。

「ねえ、さっきから何を言ってるのかさっぱりだわ。まず、あなたが何者で、何の目的で私たちの話を盗み聞いてて、何故この子たちにそんなに噛みついてるのかを話すべきなんじゃなくて?」

「…う。いや、人違いだったんだ。違うなら、正直余はもうここに用は無いのだが」

 そう言った後で、彼女は小さな声で「無かったことにするか…?」と呟く。


 しばらく何か考え込んだ後、レテは「いや、やはり気になる。それに用もあるか」と独り言を呟く。

「分かった、話す。ただ、その前に確認させろ。―――黒髪の女、それとアゼリアもどき。貴様ら、『獣』と聞いて何を思い浮かべる?」

「…?」

 唐突に、また話題から逸れたような質問を繰り出すレテ。

 リュックもエリアも、目を合わせて何のことやらと首を傾げた。



 先に答えたのは、リュックだった。

「…影の獣、かな」

 エリアは続けざまに、「影とは違う、普通の魔獣もいるよね」と身を乗り出す。

 リュックはその二つの区別がよくわからなかったが、レリアは「そうね」と同意した。


 レテは「他には?」とまだ何か答えさせようと促す。

 何かを疑っているのか、彼女はリュックやエリアの目をじっと見て様子を見ている。

 他には普通の動物くらいしか思い浮かばない彼女らの中で、手を上げて発言の許可を求めたのはマリーだった。


「私、いいですか?」

「…構わぬ」

 少し遠慮がちにマリーは話し始める。

「…確か、昔話で居たと思うんだけど。『龍の神様』と、『獣の神様』。空と大地を守る神様が、それぞれそんな名前だった気がするよ」

 壁に寄り掛かって立っていたエドが、「あぁ」と思い出したように小さな声を出す。

「空と大地、一説には天界と冥界を管理していたっていう神様のことだね。数千年も前の、いわば神話みたいなもの…だったかな。マリー、よく憶えてたね」

 エドにそう言われて、マリーは少し照れながら「昔、何度も絵本で見たの」と笑った。


「管理していたってことは、今はもういない神様ってこと?」

 そう聞いたのはリュックだった。

 マリーは、昔聞いた話を思い出しながら話す。

「うん。ずっと昔、フランスで一番最初のワルプルギスの夜が訪れた日に、その二柱の神様は消えてしまったの。人間と神様が喧嘩してしまったとか、そんなお話だったかな」

 向かいで、聞こえないくらいの声でレテが「ふん」と鼻を鳴らす。


「その日を境に、影の獣が生まれたのかな」

「お話の中ではね。影の獣は、人間の悪い心の表れだって言われてるの。だから、私は子供の時、『神様を大切にすれば影の獣はいなくなって、ちゃんと天国に行けるんだよ』って教えられてた」

 リュックは、話を聞いて、なるほどねと頷いた。



「まあ、影の獣の由来については色々言われているけどね」

 と、レリアが付け加えるように言う。

「聞いたことあるんじゃない?『魔女の呪い』って」

 リュックは、何日も前の記憶を手繰り寄せる。

「…あ。ユアンだ」

 初めてユアンと会った時、彼は影の獣のことを『呪い』と呼称していた。

『魔女の』とは付けてなかったと思うけど―――と、リュックは慌ててフォローを入れる。


 エドは、ユアンの立場を守る為か、補足して説明する。

「彼が影の獣を『呪い』と言うのは、色々理由があるんだよ。決して、魔女を咎める意図はない」

 レリアはそれを聞いて不機嫌そうに下を向いた。

「あのメガネの考えは知らないけど。世間では、影の獣は魔女が生み出した呪いだと言う人のほうが多いはずよ。そういう物語を私は本で読んだし。―――龍の神とか獣の神とか、そういう話は所詮、人の子を教育するための建前だって」

 エドは、苦い顔で目を泳がせる。

 どうにも、レリアは自分たちが世間からどういう認知を受けているかを、エドに出会うよりも以前に、恐らくは母親から教え込まれていたようだった。

「何度も言われた。私たちは、呪いの魔女の末裔なんだって。―――馬鹿馬鹿しいと思ったわ。じゃあ、私たちは自分らが生み出した呪いに喰われているのかって」

 俯いて元気をなくすレリアを、マリーが横から抱き締めて頭を撫でる。


「…で。この話を聞いて、あなたは何を判断しているのかしら」

 煩わしそうに、レリアはレテを睨んだ。

「ん…、まあ。貴様らが、その影の獣やら、神についてどれくらい理解しているかを試していた。余としては、もう充分に聞きたいことは聞けた」

「…そう。じゃあ、漸くあなたの正体を聞けるのね。正直、もう、どうでもよくなってきたのだけど」

「こんの小娘…」

 露骨に苛ついた表情を見せたレテだったが、そこは大人の余裕を、と気を取り直す。



 彼女は、満を持して自身の正体について話し始めた。

「まあ、驚かずに聞くがよい。先ほど、そこの白髪の女が話していた事だが」

「マリーだよぉ」

「…マリーが、話していた事だが。二柱の神は消えたと言っていたな」

 レテは、相変わらずリュックとエリアの様子を特に伺いながら話す。


「そのうちの一柱、冥界を司っていた、獣の神レーテ。それが余だ」


 レテは、特に溜めて言うでもなく、ごく自然とそう告白した。


「…は?」

 一同が、「いきなり何を言い出すんだこの魔女は」と疑問に満ちた表情を見せた。


 その空気を感じ取って、思っていた反応と違う、と少し慌てだすレテ。

「…待て。信じていないな?おい、やめろ。レリアと言ったか、貴様。その『可哀そうな奴を見る目』をやめろ、今すぐに!おい、何故全員黙る!?」

「―――いや、だって。そりゃ、いきなり『私は神だ』って言われたらそんな反応になるじゃんか」

 リュックにそう言われたのが相当気に喰わなかったのか、レテは立ち上がって「貴様が言うかぁ!?」と激昂する。


「あっあっ、落ち着いて。相談なら、私、聞くよ。同じ魔女のよしみだし」

「アゼっ…エリア貴様ァ!やめろ、そういう100パーセント善意の同情の目が一番苦しいのだ!」


 とにかく一旦話を聞いて欲しいというレテ。


 一通り彼女は自身の話と、この家の玄関前で隠れていた理由を話したわけだが、結果として、「歴史に詳しく、妄想癖が強めのちょっと可哀想な魔女」という烙印を押されてしまう。

 少なくとも敵意は無いということで、エドからユアンにも一報を入れ、マリーの承諾を取ったうえで、彼女の家への出入りは許可されることとなった。


「い、いいのか!?結局、余のこと何も分かっていないだろう貴様ら!」

「でも、行く所もないんでしょ?賑やかになるし、私は全然OKだよぉ」

 危機感が全くないマリーに拍子抜けするレテ。

 リュックは「大丈夫かなぁ…」と心配するが、自身も正体不明の余所者でありながら住まわせて貰っている手前、家主への意見はしない。

 自身が監視員として機能するのが一番無難であると考えて、レテのことを受け入れることにした。

 レリアは不満そうであったが、やはり彼女もマリーの決定には意見しなかった。


「うん、まあ危険な人ではなさそうだし、もうじきワルプルギスの夜が来るから。君も、それまではこの家で安全に過ごすべきだよ」

「う、うむ…」

 エドにも肯定的に説得されて、困惑した様子で出されたお茶を飲むレテ。

 横に座るエリアは、なんだか嬉しそうな顔をしていた。

「私たちのことが知りたいって、どんなことが知りたいの?聞いてくれたらなんでも答えるよぉ」

「うん、まあ、これから追々、な」

 レテはそう言って、なんだか恥ずかしそうにエリアの顔から目を逸らした。




 ◇ ◆ ◇




 後になって詳しく聞いた、レテの『設定(?)』のお話。


 レテ曰く、彼女は三千年近く前のある日まで、確かに冥界の主、獣の神としてその玉座に君臨していたのだという。

 神としてのレテがその座を離れた理由は、神話における人間との争いとは些か異なるものだと彼女は語った。


 彼女から、冥界の主としての権能を奪った者が居た。

 それは、たった一人の、とある龍人の男。

 彼は人間でありながら、ある理由で神の力を不正に扱えた。

 龍人の男は、自身の目的を果たすために、人としての領分を越えた『冥界の箱』という神器を作り出す。

 それは、名前の通りの小さな冥界。

 人の輪廻転生の運命を、彼は自分自身の意志で操作しようと考えていた。


 その箱は、彼自身と、彼が愛する者ただ二人の魂を操る物であった。

 それが、どう誤って事態が変わったのか。

 彼は最終的に、レテが管理していた『本物の冥界』を、まるで我がものとして乗っ取ってしまっていた。


 なぜそのような事が起こったのか、その時に起こった大災害がどれほどの被害を生んだのかはわからないとレテは言う。

 ただ、恐らくは、その時に起きた厄災が今も『ワルプルギスの夜』として続いているのだろうとも話した。


 自身が存在できる場所そのものを奪われ、長い時間、魂だけの状態でこの世界を漂っていたレテ。

 長い時を彷徨い続け、このままでは冥界の主としての再臨は不可能だと判断した彼女は、最後の手段として、一人の魔女としてまず地上に顕現することを目指した。


 そうして現れたのが今の彼女であると。



 その話がどこまで本当なのかはリュックには分からなかったが、レテの目を見る限り、全てがいい加減なことを話しているようには見えなかった。


 加えて言えば、話の中で登場したその龍人の男について。

 リュックは、何故かそれが他人事のようには思えなくて、後で機会があれば、それ以上に詳しく聞いてみたいとさえ思うのであった。





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