第14話


 映画を観終えた俺達は近くの喫茶店に入ることにした。


 昼飯を食べてからの集合だったので、小腹が空いていた俺はコーヒーと一緒にチョコレートパフェを頼むことにした。

 それを見た香月はカフェオレに加えてバナナクレープを注文する。


「アクション映画ってあんまり観ることなかったけど面白かった」


「そう?」


「うん。なんか、ハラハラドキドキってこういうことを言うんだなって思って。つい手に汗握っちゃったよ」


 楽しそうに話す香月を見ていると嬉しくなる。


 自分の好きな人が、自分の好きなものを褒めてくれるというのは嬉しいものだ。

 あのシーンが良かったとか、あそこはすごかったとか、饒舌に語る彼女を見ていると本当に思ってくれているんだと思えたから尚の事だ。


「ん? なに?」


 どうやら俺はまじまじと香月の顔を見つめていたらしく、それに気づいた香月は恥ずかしそうに顔を赤くして訊いてくる。


「あ、いや、何でも」


 誤魔化す。

 が、もちろん納得してくれない。


「榊くんがそう言うときは何かを誤魔化しているときだよ」


「本当に、大したことじゃないし」


「大した理由もなく、わたしは顔をまじまじと見られるの?」


 そう言った香月はやはり恥ずかしげだった。可愛い。


「なんか、その、自分の好きなものを好きになってもらえるって幸せだなって思って」


 自分で言ってて恥ずかしくなる。

 でも、香月はそれを聞いて喜んでいるようだ。


「わたしも榊くん好きなものを知れて嬉しいよ。それにアクション映画の良さも分かったしね」


「次は香月の好きな映画に行こうな」


 俺も彼女のことをもっと知りたいと思った。


「それは次回の映画デートの予約ってことでいいのかな?」


 期待の眼差しを向けてくるので俺はこくりと頷く。


「ああ」


「約束だよ」


 その後、映画の感想を言い合ったりしていると注文していたものが運ばれてきた。


 チョコレートパフェはバニラアイスとコーンフレーク、クリームにチョコレートをかけたもので、見るからにボリューミーである。

 対するバナナクレープだが、クレープ生地に包まれたバナナがお皿に盛り付けられており、そこにチョコレートがかけられている。美味しそうだ。


「一口いる?」


「え、なんで」


「すごい食べたそうな目でクレープ見てたから」


 俺そんな目してたの?

 確かに美味しそうとは思ったけど、そんな食いついているつもりはなかったのだが。


 なんてことを考えていると、俺の答えを聞く前に香月はバナナクレープを一口サイズに切って、それを俺の方に向けてくれる。


「はい、あーん」


「……それはちょっと恥ずかしいんだけど」


「こうじゃないとあげません」


 にっこり笑顔で楽しそうに言う香月だが、今回に限ってはそれがサディスティックな笑顔に見えてしまう。周りは俺達のことなんて大して気にしてないんだろうけど、やっぱり周りの目が気になって恥ずかしい。


「ほら、はやく! 落ちちゃう!」


「あ、ああ」


 覚悟を決めるか。


「はい、あーん」


「あー……ん」


 さっき、周りは大して気にしてないだろうと言ったけど、やっぱり殺意のこもった視線をどこからか感じますね。

 これは多分誰かに見られてる。香月が可愛いから隣にいる俺はそういう目を向けられるのだ。最近ようやく慣れてきた。


「んまい」


「ほんとに? わたしも食べよ」


 言いながら、間接キスなど全く気にしていない様子で香月はバナナクレープを食べて幸せそうな笑顔を浮かべた。


「あ、そうだ」


 俺も仕返ししてやろう。

 あーんという行為がどれだけ恥ずかしいものなのか、あれは実際にやられてみないと分からないのだ。

 自分がした行為の恥ずかしさを味わわせてやる。


「俺のパフェも食べる?」


「いいの?」


 食いついた。

 ここまでは自然な流れだ。

 一口貰えば一口あげるという展開になる。そして、このままあーんをするのも自然な流れと言える。


「ああ。さっき貰ったからな。それじゃあ」


 俺はスプーンでアイスとクリームを掬い、それを香月に向ける。


「はい、あーん」


 喰らうがいい。

 そして、自分のした行為がどれだけのものだったのかをとくと実感しなさい。


 そう思っていたのだが。


「あーん」


 香月は恥ずかしがる様子など一切見せることなく、目を瞑り、髪を耳に掛けて、口を開けて待機する。俺がスプーンを口の中に入れるのを待っているのだ。


 え、嘘。

 その状態恥ずかしくないの?


 ていうか、そっちから来ないのなんかちょっとズルくない?


「……」


 いつまでもその状態にさせておくわけにはいかず、俺はスプーンを彼女の口の中に入れる。


 むぐむぐとアイスとクリームを堪能した香月はごくりと飲み込んで俺の方に笑顔を向ける。


「どうしたの?」


 あ、これ確信犯だわ。

 敵わないなあ。


「いや、何でもない」


「そう? そのパフェも美味しいね」


「あはは、そりゃ良かった」


 勝てないことを悟った俺は大人しくパフェを楽しむことにする。

 アイスを掬って食べようとしたとき、そのスプーンをつい意識してしまう。でもここで躊躇うと自分だけ気にしているみたいで格好悪い気がしたので俺は思い切って口に入れた。


「……美味い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る