第3話 魔物との遭遇①
前世の記憶を思い出した翌日の土曜日、俺は家にいた。
考えるのは俺のことだ。
涼風さんの闇堕ちを阻止するという大きな目標を掲げたのはいいが、ここで一度俺――冴無良平という人物について整理しておきたい。
これは、前世の記憶と今世の記憶を混同させないために必要だ。
家族構成は父、母、姉の三人。そして、現在俺は一人暮らししている。姉は俺が中三の頃に亡くなった。
一時はそれに大きなショックを受けていたと思うのだが、詳しいことは思い出せない。
友人らしい友人はいない。
中学生の頃はまだ冴えないクラスの奴くらいで数人はよく話す奴もいたと思うが、高校一年時にはそういうのも無かった気がする。
まあ、ザッとこんなところだ。可もなく不可もなく、特筆するものもない典型的な平凡人間である。
状況の整理も終えたところで、今後のことについて早速行動するべく、俺は夜の街へと歩いて行った。
何故こんな夜に街へ行くのかというと、そろそろゲーム内で言うところのイベントが発生するからだ。
そのイベントで涼風さんは、魔法少女スピカに変身するところを一人の男子に盗撮される。
そして、その男子に脅迫され涼風さんは色々なことをそいつから要求されてしまうのだ。
脅迫されても無視すればいいと思う人もいるかもしれないが、魔法少女という存在はこの世界では途轍もない人気を誇る。
それ故に、その正体がバレれば間違いなく涼風さんが平穏な生活を送ることは出来なくなってしまう。
それに、魔物たちの中には知能を有し、人間社会に溶け込んでいるものもいる。いくら魔物を倒す力を持った魔法少女といえど、変身する前はただの女の子だ。
正体が世間に知られ、知能を有した魔物たちにも知られれば、涼風さんを狙うものも現れるだろう。
だからこそ、魔法少女は世間にその正体を知られるわけにはいかないのだ。
まあ、何はともあれ涼風さんの心身を守るためにもこのイベントは阻止しなくてはならない。
理想は盗撮を阻止することだが、いかんせん街が広すぎる。ゲームのワンシーンからでは、この街のどこに盗撮野郎が潜んでいるか分からない。
いや、盗撮野郎の名前は既に割れている。
そいつの名前は亀田東里。俺や涼風さんと同じ学園に通う高校二年生だ。
ちなみに、俺も涼風さんも高校二年生である。
学校で亀田を取り押さえてもいいが、証拠がなければしらばっくられてしまう。やはり現行犯が理想だ。
そんなことを考えながら暫く歩くが、全く見つからない。
疲れてきたため、公園のベンチに座りため息をついていると、公園の奥の方から女性の悲鳴が聞こえて来た。
悲鳴!
まさか、魔物か!
その瞬間、俺は走り出した。
本来、魔物に俺たち人間が太刀打ちする術はない。だが、もしここで悲鳴を上げた女性が魔物によって傷つけられたり、最悪殺されたりすれば涼風さんはきっと後悔し、助けが遅れた自分を責めるだろう。
涼風さんの悲しそうな表情は、ゲームの中だけで十分だ!
「待てええええい!!」
地面に尻もちをつく女性と、女性に迫る土人形のような姿をした魔物の前に飛び出す。
幸い、女性はまだ襲われていないようだった。
「オ゛オ゛……」
不気味な声を出し、魔物が俺に顔を向ける。顔に目がないところが魔物の不気味さをより一層際立たせていた。
こ、こえええええ!!
何だこいつ! ゲーム感覚で飛び出した来たけど、威圧感やばい! 声出ない! 泣きそう!
足もプルプルと震えてきたが、横にいる女性は俺より酷く、目からは涙を流しており、完全に腰が抜けているようだった。
しっかりしろ! ゲームを思い出せ。この魔物は魔物の中でも低レベルのタイプだ。
一番近くにいる人間を襲うのが特徴だったはず。
意を決して、魔物に近づくと、魔物が女性から俺に意識を向ける。
「お、おい、鬼ごっこしようぜ。お前、鬼な」
「オ゛オ゛!!」
どうやら魔物は鬼ごっこが大好きらしい。
「オ゛オ゛オ゛!!」
「ひいいっ!!」
鬼ごっこは好きでも、勝手に鬼にされたことが腹立たしかったのか、魔物は雄たけびを上げて四つん這いで俺を追いかけ始めた。
必死に逃げつつ、人がいない場所へと向かって走る。
このタイプの魔物はそこまで足が早いわけではないが、体力が恐ろしい。
対して、俺は今世で碌に運動をしていなかったせいか体力がない。もって、数分だろう。
「いやあああ!! 助けてええええ!!」
「オ゛オ゛オ゛!!」
魔法少女が早く来てくれることを祈りつつ、走り続ける。
「あっ」
「オ゛ッ」
だが、運が悪いことに俺は躓いて地面に転んだ。
どこか気まずそうに俺を見つめる魔物。
数分どころか数十秒ももたなかったことに絶望する俺。
暫くして、魔物の手が俺の身体に伸び、触れる。
「あ、タッチされちゃったかー。じゃあ、次は俺が鬼だな! ほら、早く逃げろよ。その手放せって……もう鬼は交代だから、お前が俺を追いかける理由はないんだよ……っ!!」
しかし、魔物は俺の身体を掴んで放さなかった。
そうか。鬼ごっこはもう終わりって言いたいんだな。
くそったれがぁ……!
「オ゛オ゛オ゛!!」
「ぎゃあああああ!!」
天高々と俺の身体を掴み、頭上に持ち上げる魔物。
そして、魔物はその口を大きく開く。
「バカ野郎! 生ものはちゃんと火を通さないとダメだろ! ほら、先ずは火をおこせって!」
必死に時間を稼ごうとするが、魔物は首を横に振った。
「そうか……。知らねえからな……食中毒を舐めるなよ!!」
俺がそう叫び終わるとほぼ同時に、魔物が手を放す。
そして、そのまま俺の身体は魔物の口目掛けて垂直落下していく。
そんな……まだ物語は始まったばかりなのに……。
絶望に心の中が覆いつくされそうなその時、ヒヤリとした冷たい風がその場に吹いた。
「フリーズ」
「オ゛!?」
凛とした静かな声と共に、魔物の全身が凍り付いたかと思えば、一人の少女が俺の身体を抱き留め、地面に降り立つ。
この間僅か一秒も経っていない! 早すぎる……!
「大丈夫?」
地面に降り立ち、俺を下ろした少女が俺に優しく問いかける。
星のように煌めく白銀の髪に、青を基調とした少々露出が多いコスチューム。
前世で何度も見た魔法少女スピカがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます