彼女が堕ちたら世界が終わる

わだち

第1話 魔法少女の正体を知った時にする正しい行動を答えよ。

『お前の秘密を知っている。バラされたくなければ、屋上に来い』


 そう書かれた一枚の手紙。

 その手紙を封筒に詰め、そして、俺――冴無良平は覚悟を決めて一人の少女の下駄箱にそれを入れた。



***



 魔法少女。この世界にはそう呼ばれる少女たちがいる。

 突然この世界に現れた正体不明の化け物――魔物たちと戦う彼女らのおかげでこの世界は成り立っていると言っても過言ではない。

 そんな彼女たちの正体を知る者はおらず、今日も世界のどこかで彼女たちは戦っている。


 そして、俺――冴無良介さえなし りょうへいが住む街にも一人の魔法少女がいる。

 魔法少女たちの中でも最強と呼び声高いその少女の名はスピカ。

 人呼んで魔法少女スピカだ。


 ある日、俺はそんな彼女の正体が自身が通う凡庸学園の生徒会長である涼風星羅すずかぜ せいらだということを偶然知ってしまった。

 学園の隅で変身する彼女の姿を目撃してしまったのだ。


 皆から愛されているあの魔法少女の正体が、学園で誰もが憧れの眼差しを向ける生徒会長だと知った時の興奮は忘れようもない。

 普段の俺ならば、正体を知っても黙っていただろう。

 こう言ってはなんだが、俺は名字の通り冴えない顔をした、どこにでもいるような平凡な男だ。

 クラスでもいつも目立たないようにひっそりと生活している。


 だが、この時の俺は未知の高揚感に包まれており、冷静ではなかった。

 冷静でないが故に、俺は最低最悪な思い付きをした。


 これをネタに涼風を脅せば、彼女を俺の言いなりに出来るのではないか。 


 そして、俺は魔法少女スピカの正体であり、学園の生徒会長である涼風星羅を屋上に呼び出してしまったのだった――。



***



 放課後の屋上。そこには対照的な二人がいた。

 クラスの冴えない男子である俺と、学園の憧れの的である涼風。

 一見すれば、どちらが上かは明白にも思える。だが、この場で余裕の表情を浮かべているのは俺で、涼風は逆に険しい顔つきだった。


「『お前の秘密を知っている。バラされたくなければ屋上に来い』この手紙を書いたのはあなたよね。どういうつもり? 冴無君」


 俺が書いた手紙を読み上げ、俺を睨みつけてくる涼風。

 だが、その表情からは僅かに焦りがにじみ出ているように感じられた。


「どうもこうも、そこにある通りだ。俺は涼風の秘密を知っている。バラされたくなければ、俺の言うことを聞くんだな」

「私に秘密なんて無いわ」


 さも心当たりが無さそうに涼風はそう言ってのけた。

 見事な演技力と言ってもいい。だが、既に俺はネタを掴んでいる。特大のネタをな。


「嘘はよくないな。涼風星羅。いや、魔法少女スピカと呼んだ方がいいか?」

「――ッ! なんのこと?」


 一瞬だが、涼風が大きく目を見開いたところを俺は見逃さない。


「ふっ。その反応、当たりみたいだな。そうだな、このことをバラされたくなければ、俺の言うことを聞いてもらおうか?」


 これで、涼風は俺のモノ。

 俺の胸中には欲望だけが渦巻いていた。だから、次の涼風の言葉は全くの予想外だった。


「知らないわ。私が魔法少女? 証拠も無いのに、おかしなことを言わないで。話が終わりなら、私はもう行くわ」

「え……」


 ポカンと口を開ける俺を背に、涼風は屋上の出口に向けて歩き出す。


「いやいや! ちょ、ちょっと待て!!」


 慌てて涼風を追いかけ、肩を掴もうとする。

 だが、途中で俺は躓いてしまった。躓いた俺はそのまま前傾姿勢になり、思わず涼風の腰に抱き着いてしまった。


 あ、やばい。


「は、離れなさい!」


 顔を真っ赤にした涼風が俺の身体を振り払う。

 貧弱な俺の肉体は涼風によって簡単に払い飛ばされ、そして、そのままコンクリートの床に頭を打った。

 ゴンッという鈍い音が鳴り響き、遠くの方で涼風の焦ったような声が聞こえた。

 そして、一瞬、俺の視界が真っ白になった。



***



 走馬灯、というやつだろうか。

 頭の中を次から次へと色々な映像が流れていく。

 その映像には何故か俺ではなく魔法少女スピカ――涼風星羅の姿が映し出されていた。


『いやっ!! やめて……っ!』


 今にも泣きそうな顔で首を横に振る涼風。


『私は……負けない……っ!』


 ボロボロになりながらも魔物の軍勢を前に立ち上がる魔法少女スピカ。


『もう嫌……人間なんて、皆死んでしまえばいいのよ!!』


 そして、全てに絶望し闇に包まれていく魔法少女スピカ。

 燃える家屋、泣き叫ぶ人々。その中心で、希望の象徴であったはずの彼女は高らかに、壊れたように笑い続けていた。


 ――そうだ。思い出した。

 この世界は、前世で俺がプレイしていたゲームの世界じゃねえかああああ!!

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