悪役令嬢がわたしを操り、好きな男の子に勝手に告白した…しかも超絶上から目線で。(オタク少女と悪役令嬢)

正妻キドリ

第1話 「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」

「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」


 普段のわたしなら絶対にこんなセリフを叫んだりしない。でも、今日のわたしは違った。いや、正確に言うとわたしは普段通りなのだが、わたしの身体をもう1人の別の人間が操っていることによって、普段通りではないわたしになってしまっている。


「ちょっとぉ!?何勝手に喋ってるんですか!?」


 頭の中で自分の中にいるもう1人に問いかける。すると、すぐに返事が返ってきた。


「いいじゃないのよ!さっさと勝負かけちゃいなさいよ!」


 デイリーがわたしの頭の中でそう言った。彼女はわたしがプレイしていた乙女ゲームの登場人物である。主人公の恋路を邪魔したり、嫌がらせをしたり、いじめたりする所謂悪役令嬢キャラだ。


 そして、わたしは今、片想いをしている男の子に、めちゃくちゃ上から目線で告白した。いや、させられた。


 相手の男の子は目を点にしながらわたしのことを見ている。


 この場から消えた過ぎる…。わたしの身体に自爆スイッチがついていたら、何の迷いもなく16連射しているところだろう。


 一体、何故こんなことになったのか。それはほんの数分前…。




 中学生のわたしは普段通り、学校帰りの電車の中でゲームをしていた。最近、わたしの大好きな乙女ゲームのスマホアプリ版がリリースされたので、ここ最近ずっとそれをしている。


 ゲームのあらすじは、魔法学校に通う平民の主人公が、貴族であるメインヒーロー達と恋に落ちるというとても王道なもの。あらすじ自体は王道だが、キャラの個性が立っていたり、シナリオが斬新だったりしてとても面白い。


 いつも電車での移動時間はそのゲームに夢中になっているわけだが、それよりもなお、わたしを夢中にさせるコンテンツ、いや人物がいる。


 それは同じクラスの直樹くん。わたしが片想い中の男の子だ。


 彼とは最寄駅が一緒で、帰りの電車でたまに一緒になる。全然、お喋りをしたことがないので、お互いに認識はしてるけど、どちらも話しかけたりはしない。そんなもどかしい関係がずっと続いている。


 彼と一緒になった時、わたしは出来るだけ意識していない風を装いながら、彼のことを密かに凝視している。


 靴変えたんだなぁとか、髪の毛伸びてきたなぁとか、ズボンからシャツがはみ出てるなぁとか。我ながら変態的な行為だとは思うが、彼のことがどうしても気になってしまう。


 彼のことを気にしている間は、まったくゲームが進まない。恋心とは怖いもので、わたしの周りのものは彼以外すべて消し去ってしまう。


 今日も彼と同じ電車になった。1つ隣の乗車口から電車に乗り込み、わたしはカモフラージュとして乙女ゲームを開いた。


 いつも通り彼はかっこよかった。別にずば抜けて周りの男の子よりかっこいいわけではないけど、いつも落ち着いていて、大人びていて、何でもそつなくこなせる彼に、わたしの心は虜にされていた。


 スマホの画面には『オッホッホッホッ!』と書かれたメッセージウィンドウと共に、高笑いしながら固まっている悪役令嬢が映し出されていた。だが、そんなことはまったく気にせず、わたしは彼の方に気を向けていた。


 すると、突然わたしの頭の中に、わたしではない誰かの声が流れてきた。


「ちょっと!あなた!いつまで放置するつもり!?」


 わたしはその声に驚いてスマホを落としそうになった。すんでのところでスマホを掴み直し、その画面を見てみると、そこにはさっきまでいた筈の悪役令嬢の姿がどこにもなかった。


「あ、あれ?」


 わたしが戸惑っていると、再び頭の中で別人の声が聞こえた。


「鈍感ね。ワタクシならここよ。」


 さっきから話しかけてくるこの声は誰のもの?いや、誰かを考えるより、わたしの頭がおかしくなってしまったのを疑うのが先?などと考えていると、再度、声が聞こえてきた。


「あー!もう、ほんとに鈍いわねぇ!ワタクシよ!デイリーよ!そのゲームの中の悪役令嬢の!」


 それを聞いてもまだ理解が追いつかなかった。困惑しているわたしを他所にデイリーは続けた。


「あなたいつまでワタクシを放置するつもり?ずっと高笑いしとかなきゃいけないワタクシの身にもなりなさいよ!」


「ええ!?ちょ…えぇ!?わたしの頭の中にいるのって…デ、デイリー?」


「デイリー…さん!…ね?そうよ!あなたがいつまでも他のことに気を取られてるから、わざわざ頭の中に入って注意してあげたのよ。さっさとゲームを進めて頂戴。」


 デイリーがそう言うのと同時に、わたしの首が勝手に動いた。他所を向いていた私の首は、無理矢理スマホの方に向けられた。


「え…うわぁ!」


 勝手に首が動いたことにびっくりして、わたしは声を出してしまった。隣の人がわたしの方を見るのと同時に、わたしは両手で口を塞いだ。


 にわかには信じられないが、どうやらゲームの中のキャラクターが、わたしの頭の中に入り込んで勝手に体を動かしたらしい。


「ちょっと…!いまだに信じられないんですけど、わたしの頭の中にいるんですか?…デイリーさん?」


「だから、さっきからそう言ってるじゃない!」


 頭の中で返答が戻ってきた。どうやら本当にそうらしい…。


「あの…だとしたら、わたしの体を勝手に動かすのやめていただけますか?びっくりするんで…!」


「あなたが悪いんでしょ?ゲームを進めずに他のことに気を取られてるからよ。一体、何に気を取られてるのよ?」


「え!?そ、それは…」


 わたしはゆっくりと直樹君の方を見た。すると、デイリーは何かを察したのか「ふ~ん」と言ってからわたしに問いかけてきた。


「なに?あの男のこと好きなの?」


 デイリーの急な問いかけにわたしは動揺した。


「べ、べつにす、好きとかじゃないですよ…!」


「わかりやすく動揺したわね。」


 頭の中でデイリーの呆れ声が聞こえた。


「好きならさっさと告白しに行きなさいよ。」


 デイリーの唐突な提案にわたしはさらに動揺した。


「えぇ!?む、無理に決まってるじゃないですか!そんないきなり…まだ、話したことすらないのに…」


 わたしの言葉を聞いたデイリーは「はぁ〜!」と大きく溜め息を吐いた後、諭す様に言った。


「いい?話したことないとか、無理に決まってるとか、うだうだ言ってると、この先何も進展しないわよ。どうせ話すきっかけでも待ってるんでしょ?断言してあげるわ。そんなものは一生来ない!」


 そう言い切ったデイリーに、わたしは反論した。


「そ、そんなのわかんないじゃないですか!しかも、わたしきっかけを待ってるわけじゃありませんから!今はまだ…彼に話しかける勇気がないだけで…そのうち…。」


 わたしはそう言って下を向いた。勢いよくデイリーが反論してくると思ったが、デイリーはそうはせず、しばらく黙っていた。


 沈黙が続いた後、デイリーは小さく溜息を吐いてから私に言った。


「まあ、あなたの気持ちもわかるわよ。でもね、そうやって何も行動しなかった人間にはチャンスすら巡って来ない。勇気がないなんて言ってる暇は本当はないのよ。」


「そ、それは…わかってますけど…。」


 わたしの言葉の後、また沈黙が続いた。


 ずっと、下を向いていた。デイリーの言うこともわかる。いや、たぶんデイリーの言ってることが正しいのだろう。しかし、どうしても行動には移せない。わたしはそんな度胸がある人間じゃない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか最寄り駅に着いた。アナウンスが鳴って電車のドアが開いた。


「あっ、降りなきゃ。」


 わたしはカバンを抱えてドアから飛び出た。それと同じタイミングで彼も電車から降りた。もちろん一つ隣のドアから。


 ドアから出た彼は、わたしからどんどん遠ざかっていった。わたしはその背中を見ながら、同じ方向に歩き出した。はぁ…とため息が出た。今日もなにもできなかった。


 まぁ、しょうがないかと考えていたその時、私の指が勝手に動いた。「えっ!?」と思わず声が出た。わたしが物凄く驚いていると、今度は腕が前に突き出された。そして、歩いていたはずがいつの間にか走り出していた。


「え、ええっ!!?ちょっと!?なになに!?」


「そんなに落ち込むんなら今話しかけちゃいなさい!」


 頭の中でデイリーの声が響いた。その瞬間、わたしの意志に反して体が動いているのはデイリーのせいだとわかった。


「ちょ、ちょっと!止めてください!」


 わたしが心の中で叫んでもデイリーはわたしの足を止めなかった。やがて、前に突き出していたわたしの手は、直樹君の肩に当たった。


「あっ。」


 思わず声が出た。肩を叩かれた彼は、びっくりしながらこちらを振り返った。彼は、不思議そうにわたしを見つめた。わたしもなんと言っていいかわからず、おどおどしながら彼の顔を見ていた。


 電車から降りた人達が、わたし達の横を流れていく。わたし達は周りに人がいなくなるまで沈黙したままだった。


「えっと…何かようかな、日村さん?」


 彼がそう問いかけてきた。わたしは慌てて何か返そうとした。


「えっ、あ、あっ…えっと…。」


 しかし、なんと返していいかわからなかった。すると、頭の中で声が聞こえた。


「何やってるの?ちゃんと喋りなさいよ。」


 デイリーの言葉にわたしは頭の中で反論した。


「いや、無理ですよ!そんな急に…!何も考えてなかったのに!」


「あ、そう。なら、ワタクシに任せなさい!」


 そういうとわたしの体は、勝手に大きく息を吸い込み始めた。そして、勝手に大声で彼に向かって叫んだ。


「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」

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