1.「事象の始まりへ」

 あの頃の僕は片思いしている子がいた。

 ──彼女とは小学生の頃からのクラスメイトで初めて好意を“意識”したのは小四の時、それまでは只の同級生だった女の子が頭の中が彼女の事で70パーセント以上を占めるようになるまでの気持ちの変化があった。


 笑うととってもチャーミングで癒される──なんてね、でも、本当にそうなんだ。僕にあまり笑顔を見せてくれるわけじゃないんだけど、たまに見せる仕草の一つ一つが子どもの僕をドキドキさせるには十分だった。


 あの子は僕をどう思っていたんだろう? きっとたくさんいたクラスメイトのひとり──特に意識する相手でもなかったんじゃないかな? 

 中学生の頃まで同じ学校で過ごしたけど結局僕は咲希ちゃんに告白できなかった。

 初恋の人と結ばれる可能性はそれこそ宇宙の心理学が導き出す幾何学的な数値と変わらない。

 中学の卒業式の日、彼女と会える最後のチャンスすら逃してしまった。

 それからは「恋愛」なんていうものにはさっぱり興味が湧かず今の時期になるまで仕事や趣味に時間を費やすばかり。なんて言うか普通の大人になってしまった……。僕も周りにいるつまらない大人の一人だ、そんな事を考えながらベッドに入ると普段から忘れようと意識している仕事の事を思い出してしまう……。


(このまま目を開けたら普段通りの生活がやってくる)

 ──億劫になりながら目を閉じると気持ちが沈んでくる。


 ……ああ、もしもこの間読んだSF小説みたいにこのまま目を開けると過去の世界にタイムリープしていると面白いんだけどなあ。

 そんな現実ではあり得ない事象が起こることを期待しながらゆっくりと迫ってくる漆黒の沼にぷかぷかと浮かんだ。


 **


「はっ!」

 跳ね起きるように目が覚めるとすぐに枕元に置いているスマホを手に取る。

「あれ? どこだ? ここは」

 見知らぬ天蓋が蓋をしたコンクリートの床の上で寝ていた。地面に直接体を預けていたから関節の節々が痛む……。

 ていうか、ここはどこだ? 昨日はちゃんと自分の部屋のベッドで寝たはずなのに。全く知らないコンクリートの床に視線を向けて僕はスマホで時間を確認する──


 ──ん? もう十時だって!? いかん、完全に遅刻だ……。普段は携帯のアラーム機能を使っておきているんだけど、どうやら今日だけは設定し忘れていたらしい。ホーム画面で時計のアイコンをタップしてアプリを立ち上げてみるとちゃんとアラームはセットされていた。

 とっくに起きる時間を過ぎていたから鳴り止んだんだろうな。

 遅刻した理由を説明するために会社に電話する。


 プルプルという呼び出し音が鳴った後


 〈おかけになった電話番号は現在使われておりません〉


「どうなってるんだ? かける番号は間違っていないはずなんだけどな」

 僕はもう一度かけなしてみることにした──結果は変わらず無機質な電子音声が番号が使用されてないのを知らせていた。

 このままここにいても埒があかない。僕は出口を探すために当たりを見回すと拭きさらしのコンクリートの空間にぽつんとあるドアどうやら鍵はかかっていないようだ。


「助かった」

 スマホをポケットに入れてドアからビルの外に出た。


「ここは何となく昔住んでたうちの近くに似てるんだよなー」

 ビルを背にして周りをキョロキョロと見渡すとかつて自分が住んでいた場所に似ている気がした。


 子供のときのうっすらとした記憶だけを頼りにフラフラと歩くと昔何度も通った学舎が見えた。

 そうだ! あれは僕が通っていた中学に間違いない。疑念が確信に変わったのはほんの一瞬、あの時から何一つ変わっていない空間がそこにあった。けれど、不思議なもんだ。この状況でスマホを使っているのは僕しかいないからだ。


 二〇二二年には殆どの人がスマホを所持していて高校生だって使っている。だけど、ここでは昔馴染みのフューチャーフォンが流行っている。

 何かがおかしい……。違和感を覚えつつ僕は中学の側にいくと校庭で生徒達が運動しているのが見えた。

 金網越しにぼんやりと眺めていると一人の女の子が汗を額で

 拭いながら水道に口をつける──ポニーテールにまとめた髪が風で揺れて蛇口から水を飲む為に唇を窄める。


「あれってまさか?」

 遠くで見ていた僕はあの子の顔に見覚えがあった。いや、見間違えるはずがない。だってあの子は僕の──顔を上げた彼女と目が合った。

 そうだ! 彼女はー。頭の中にあったモヤモヤが晴れた途端僕はスマホで年号を確認したけれど肝心の年号は文字化けして読めない……。唯一今は六月十二日だというのはロック画面に表示されていた。

 しばらく立っても考えがまとまらず僕は金網から離れて町の方へ向かった。田舎町の商店街に並ぶ店の一つに貼ってあるポスターを見てとても信じられない現実を知るのだった。

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