第6話 宝石の返却、探偵との約束

「ねぇ、ストノス!そろそろ、怪盗業を再開してもいいでしょう……?」


 エピカが甘えたような声で尋ねてきた。

 ……あれから、2週間ほど経っただろうか……。エピカはすっかり元気になったようだ。もう、呪いの影響は残っていないように見える。


「そうだな……。盗んだ宝石も返さないといけないし、そろそろいいか……」


 俺はそう言って、顎に手を当てる。

 いつもなら盗んだ宝石は手紙で返しているが、今回は実際に返しに行こうと、話し合って決めていたのだ。


「やったぁ……!」


 エピカは嬉しそうな声を上げた。


「あまり無茶はするなよ?俺だって、毎回助けられるとは限らないからな……」


「わかってるって!ちゃんと慎重に行動するから!」


 エピカはそう言うと、ガッツポーズをして見せた。……どうやら、俺の話を聞いていないらしい。まあ、楽しそうならいいか……。


「それで、いつにするんだ?」


「そうね……。今夜にしましょうか」


「わかった」


 俺はそう言うと、窓の外を見る。空には月が浮かんでいた。……今夜は満月か。丁度いいな……。


「準備ができたら呼びに行くよ」


「ええ。わかったわ!」


 エピカは笑顔で言うと、部屋から出て行った。

 俺はエピカを見送ると、クローゼットを開けて怪盗の衣装を取り出す。


「さて……。始めるか……」


 俺はそう呟いて、着替えを始めたのだった。


***

 俺は部屋を出て、エピカの部屋へと向かう。ノックをすると、「入っていいわよ」と言われたので、扉を開けた。


「悪い……。少し遅れちまった……」


「別に構わないわ。私もちょうど着替え終わったところだし……」


 エピカの言葉通り、彼女の格好は既に変わっていた。俺と揃いの怪盗衣装だ。これで、俺たちは『怪盗ガーネット&怪盗スクリーム』になる訳だ。


「よし、それじゃあ行くか!」


「ええ!」


 俺とエピカは同時に部屋を出ると、足早に屋敷を出た。


***

「ふぅ……。着いたぞ」


 俺とガーネットは、ディアマント博物館の前に立っていた。ここから、ホープダイヤモンドを盗み出したんだったな……。まさか、『願いを叶える宝石』じゃなくて『呪いの宝石』だったなんて、わからなかったんだよな……。


「……リーム、スクリーム!早く行きましょ!」


 俺が過去を思い起こしていると、ガーネットが急かすように言ってきた。


「あ……ああ……。今、行く」


 俺はそう返事をすると、ガーネットの後を追う。

 博物館内には、相変わらずたくさんのダイヤモンドが展示されていた。俺たちは、それらには脇目も振らず、ホープダイヤモンドの展示場所へと向かった。


***

「ここだ……。ホープダイヤモンドが展示されていた部屋だ」


 俺は大きな扉の前に立つと、振り返りながら言った。


「鍵は開いてるかしら……?」


 ガーネットは不安そうに尋ねる。

 前回は何故か開いていたのだが、どうだろうか?

 俺は取っ手を掴んで引いてみた。だが、扉はびくともしない。……やはり、閉まっているようだ。


「駄目だな……。開かない……」


 俺はため息をつきながら答えた。


「前来た時は、開いてたわよね……?ダイヤモンドが私たちを引き入れたのかしら……」


「あり得るな……」


 ホープダイヤモンドは、『呪いの宝石』だ。俺たちの手に渡ることを望んだとしても、おかしくはない。


「困ったな……。他に何か方法がないか探すか?」


「そうね……」


 俺たちが悩んでいると、ふいに声がかけられた。


 ──「来たな。怪盗スクリーム」


 その声に振り向くと、そこにはアクシオがいた。


「サファイアの探偵さん……どうしてここに?」


 ガーネットが尋ねると、アクシオはハッとして彼女の方を向いた。


「怪盗ガーネット!無事だったのか!」


 心なしか、その声には安堵の色が含まれていた。

 ……わかりやすい奴だな。ガーネットのことを相当心配していたみたいだ。


「ええ。私は大丈夫よ。それより、あなたはここで何をしてるの?」


「僕は、君たちがここに来るのを待っていたのさ。……この間、スクリームに貸しを一つ作ったからね」


 アクシオは俺へ視線を向けた。


「ああ……。そういえば、そうだったな……」


「そうなの?」


 ガーネットは不思議そうに首を傾げる。


「トリプライトを盗みに入った時に、見逃してもらったんだよ」


「なるほど……。そういうことだったのね……。ありがとう、サファイアの探偵さん」


 ガーネットはアクシオに向き直り、深く頭を下げた。


「いや……。当然のことさ……」


 アクシオはそう言って、顔を逸らす。……照れてるな。


「それで、どうするんだ?この部屋には鍵が掛かってる。戻そうにも戻せないだろう」


 俺は話を戻すために口を開く。


「それなら問題ない。僕が鍵を持っているからね」


 アクシオは片手を上げて見せた。チャリ、と音が鳴る。……どうやら、本当らしいな。


「そうか……。助かるよ」


 俺は素直に感謝した。正直、困っていたんだ。


「いいさ。約束を守ってもらえれば、僕はそれでいいからね……っと、開いたよ」


 扉はすんなりと開く。……よかった。本当に良かった。


「ありがとう、サファイアの探偵さん……。感謝するわ……」


 ガーネットはそう言って微笑む。……俺も、同じ気持ちだ。


「礼はいいさ。早く、そのダイヤモンドを戻してきてくれ。ケースの鍵はこれだ」


「ええ。もちろんよ」


 ガーネットはそう言うと、アクシオから鍵を受け取り、部屋の中へと入って行く。俺もそれに続いた。



***

 ホープダイヤモンドを無事に戻した俺たちは、アクシオの元へと戻ってきていた。


「おかえり。問題はなかったみたいだね」


「ああ。ホープダイヤモンドは無事に返したよ」


「もう、呪いはこりごりだわ……」


 ガーネットはそう言って、肩をすくめる。

 俺とアクシオは、そんな彼女を見て苦笑を浮かべた。


「……それで、約束だったな。『協力してほしい』だっけ?」


「そうだ。最近、宝石が盗まれる事件が多発していてな……」


 アクシオは腕を組んで、難しい顔で語り始めた。


「……言っておくが、俺たちじゃないからな?」


 俺は一応、釘をさすことにする。


「ああ。それはわかっているさ。君たちが盗むのは『原石』ばかりだからね」


「それで、犯人の目星はついてるの?」


 俺の隣にいたガーネットが尋ねた。


「まだ、そこまではわかっていないんだが……。どうも、珍しい宝石ばかりが狙われているようなんだ」


「「珍しい宝石?」」


 俺たちは思わず聞き返す。


「そうだ。例えば、アレキサンドライトとか……」


 アレキサンドライト……!もしや、前に俺たちが盗んで、加工して返したやつか?


「……それって、持ち主は女性だったりするかしら?」


 ガーネットも同じことを考えたらしい。すると、その質問にアクシオは驚いたような顔をした。


「そうだが……なぜわかったんだ?」


「えっと……。その宝石は、前に私たちが加工したものなのよ」


「そうだったのか……」


「まあ、それより……そのアレキサンドライトが盗まれたんだって?……なんか、気に入らないな……」


 俺は不機嫌さを隠さずに言う。


「そうね……。私たちが苦労して加工したものを、誰かに盗まれるなんて……」


 ガーネットも同意するように呟いた。


「……よし。そういうことなら、協力してやるよ」


「本当か!……いや、しかし……いいのか?」


「構わないわよ。どうせ、このままじゃ解決しなさそうだったし……。それに、困った時はお互い様よ♪」


 ガーネットはそう言うと、悪戯っぽく笑う。


「そうか……。では、頼む」


「ああ。俺たちの方でも調べてみるよ」


 ……こうして俺たちは、宝石泥棒を捕まえるために協力関係を結ぶことになったのだった。

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