僕が、俺が、恋する気持ちを知る瞬間

和響

第1話

「どうしたらいいんだー!」


 自分の部屋のパソコンの前で、エアコンの風にあたりながら、僕は今、頭を抱え悩んでいる。多分今まで生きてきた中で一番悩んでいるような気がする。考えすぎた僕の頭は熱をもち、エアコンの温度を最大限に低くしても、顔が熱いのは、きっと考えすぎているからだろう。それくらい、もうかれこれ二時間パソコン画面とキーボードを眺めている。無謀にも小説なるものを書こうとして。


「ダメだ。全く1文字も浮かばない……」


 僕の母さんは小説家だ。二十代でミステリー小説の新人賞を受賞してから、もうずっと小説を書いている。最近では純愛物の青春ラブストーリを書いてはヒットさせているのだが、……だがしかし。


――絶対母さんにはバレたくない。また小説のネタにされちゃうし、本当に好きって思ったのはこれが初めてなんだから。いつもみたく好き勝手にネタにされるなんて絶対やだ。誰にも秘密で、なんとか自分の力でやり遂げるんだ!


 そうは思ってみても、1文字も物語が浮かばない。小説家の息子なんだから何かは書けるだろうと思ったけれど、そんなに甘い世界じゃないことがわかってしまった。


――告白するまでは、良かったんだよなぁ……。


 なんでこんなに悩む羽目になったのか。それはかれこれ一週間ほど前にさかのぼる。



 誰かに好きと言われても、流されるように彼女がいたとしても、誰のことも好きにならなかった僕は、ある日クラスの女子が母さんの書いた小説を読んでいる事を知ってしまった。思い返せばその時から僕は彼女が気になっていたのだと思う。


 元ファッションモデルの母さんによく似た僕は、昔から女子にモテていた。色白の肌、二重瞼の目、長めの睫毛の整った顔立ち。母さん曰く小説でそう書けば、大概はイケメン設定だと言われてきた僕の顔は女子から人気で、僕の中身を知らないくせに、僕に告白をしてくる女子が絶えなかった。


 僕は恋愛なんてめんどくさいと、付き合ったらしいと言ってるその人たちの誰にも興味なんて持てなかった。適当に「うん」と言っていれば相手はそこそこ満足で、触れることなく流れに流がされて過ごしていれば、彼女らしいその人は、向こうから「別れよう」と言ってくる。そうやって上手に身をこなしてきたんだけど。


 いつも教室で読書ばかりしている本好きの同級生に、僕は胸がざわついた。ただ僕の母さんが書いた本を読んでいた。それだけのことなのに、僕の胸はぶくぶくと沸騰ふっとうしはじめたようだった。あの日から僕は読書が好きな小宮こみやさんに恋をしたのだと思う。


 中学校最後の年、ピロティに張り出されたクラス替えの発表で、自分の名前の次に小宮綾こみやあやという名前を探している自分は、もう疑いようのないほどに彼女のことが好きだったんだと思った。けれど、そんな僕には適当に流して「うん」と言ってしまった彼女らしい人がいた。


「だいちぃ! やったね! 一緒のクラスじゃん。超嬉しい! これで学校ではいつも一緒にいれるよね」


 そう言って、全校生徒がぞろぞろとクラス発表を見ているところで萌々寧ももねさんから声をかけられたとき、僕の心臓は見たくもない記事が載ってる新聞紙をビリビリ破くように引き裂かれた。


――そうだった。彼女らしき人がいたんだった……。


 春休み、どこで僕のRINKを知ったのか知らないけれど、RINKのメッセージで「好きです付き合って」と急に送りつけ、猛アタックしてきた萌々寧ももねさんに、またいつものように適当に「うん」と送ってしまっていた。


――小宮さんに彼女がいるなんて、知られたくない。


 けれど恋愛の神様は意地悪で、小宮さんと僕は同じクラスだけど、その彼女らしい萌々寧ももねさんも同じクラスだった。僕は、はやく萌々寧ももねさんから、今までの人と同じように「別れよう」とメッセージが来ないかと待ちわびた。案の定、一度だけ学校から一緒に帰ったすぐ後に「なんで、何も話してくれないの?もう別れよう」というメッセージが来たときは、僕はもうこれで小宮さんにやましいところはないと、心底ほっとした。





 六月。

 中学三年間のメインイベント「修学旅行」。

 僕と小宮さんは一緒の班で修学旅行へ行くことになった。


 



 

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