078.譲れない決意

 放課後、赤く染まる夕空を背景に、俺は校舎裏の薄暗い場所で1人立っていた。

 耳に届くは遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。周囲には人気もなく、静まり返った空気が妙に肌に馴染んでくる。

 子どもたちの喧騒を耳にしながら壁に寄りかかっていると、ふとジャリッと砂を踏む音が聞こえ、振り返って目的の姿を目に捉える。


「お待たせいたしました。スタン様」


 鈴の鳴るような凛とした少女の声。それは金色の携えたこの国の王女、エクレールだった。

 普段は真面目ながらもお転婆な彼女。しかし今日は緊張の面持ちが見て取れる。


「急にお呼び立てして申し訳ございません。待ちましたか?」

「いいや。いま来たとこだよ」


 そんな今にもデートに生きそうな話の流れではあるが。今日は立派な話し合い。



 放課後。ウチのクラスが開放宣言により一斉に沸き立った瞬間。

 初めてマティやシエル、エクレールの4人揃って1日の授業を終えると、エクレールはすかさず俺を捕まえてきた。

 内容は『二人きりで話したいことがある』ということ。彼女の浮かべる真剣な表情、そして俺も心当たりがあったことにより二つ返事で了承し、空気を読んで帰ってくれる二人を見送り俺は1人校舎裏にやってきていた。

 遅れてやってきたのはエクレール。彼女は俺の前に立ち、その蒼い瞳をジッとこちらに向けてくる。




「スタン様、お忙しいのに来ていただきありがとうございます」

「そんなにかしこまって……なんだか愛の告白みたいだね」

「あいのっ――――!?」


 校舎裏に二人きりで大事な話。 

 それはまさしく本でよく見る告白のシーンのようだった。

 普段のお転婆な彼女からは遠く離れた真面目な姿。ほんの少し空気を弛緩するよう冗談を言ってのけると思いの外ダイレクトにきたのか目を見開いて言葉を失ってしまう。


「す、スタン様!告白などというその……将来も左右するほどの大事な話をしたいのならもっとムードを大事にしてくださいっ!そうでないと受け付けませんからねっ!!」

「ごめんごめん。冗談だって」

「まったくもう……」


 不貞腐れるように頬を膨らまして睨む彼女はいつもの彼女。

 俺のウィットに富んだジョークのお陰で堅苦しかった空気も幾分和らいだ気もする。

 しかし受付さえしないとは随分脈ナシのようだ。……あれ?完全拒否だったっけ?


 告白の冗談はともかくとして、俺は一つ咳払いして早速本題を引っ張り出す。


「それでボクを呼んだのは……昼休みの寮でレイコさんと話してたこと?」

「……私が居たこともご存知だったのですね」

「まぁ、予感でしかなかったけどね」


 どうやら正解だったようだ。内心ホッと肩をなでおろす。

 昼休み。寮でレイコさんの会話のこと。あの後教室に戻る時、誰かが走り去った気がした。

 確証はなかった。だが放課後に即俺を呼んだことから予感はあった。

 その上話し相手がレイコさんだったのも大きい。彼女が聞き耳立てる相手に気づかないとは思えない。となると問題は……何を聞いていたかだ。


「盗み聞くつもりはなかったんです……ですが私も同様に忘れ物して、戻ろうと思った時にお二人の話し声が聞こえてきて……。……"祝福"、持っているのですか?」


 エクレールの瞳には揺れる不安と決意が混在していた。その奥にはどうしても譲れない何かが宿っているように見える。

 疑念、不安、疑問。様々な色が浮かび、揺れている。彼女が一体何の答えを求めているかはわからない。だがそこまで確信的に言われた以上、正直に答えないわけにはいかなかった。


「……うん。ボクが持ってるのは【命令した相手を操る】というものらしい」

「本当に……持ってらっしゃるのですね。ということは私のことも操りに……!?」

「いや、操れるのはあくまで魔物だけみたい。お城から飛ばされた時に魔物に遭遇して、この力のお陰で助かったんだ」

「そう……なんですね……」


 ギュッと彼女は胸の前で自らの拳を強く握る。

 あくまで日本語の部分は省いた。彼女を信頼していないわけではない。ただの直感。今は言うべきではないと思ったから。


「スタン様は王家の人間だったのですか?」

「いや、違う。ただボクにもよくわからないんだ。この祝福が具体的にどういうものなのかも……」

「……?祝福は発現した瞬間、自然と理解するものなのですが……」

「それも全然……」


 彼女の疑問に俺は静かに首を振る。

 自然と理解する話はラシェルからも聞いていた。だが俺は未だ力が自分の身に宿っている自覚もないし理解も全然出来ていない。

 まさに使い方のわからない凶器を持っている気分。だが悪いものではないと、漠然とした自信だけは残されていた。


 そして一方で、別の意味の恐怖に襲われる。


「もしかしてボク、実験動物にされちゃう?」

「っ……!それはありえませんっ!スタン様を実験動物など!たとえお父様が許しても私が許しませんっ!!」


 バッと顔を上げて勢いよく言い放つエクレールの力強さに、俺もフッと笑みをこぼす。


「なら良かった」

「っ―――――」


 とりあえず実験動物コースはなさそうで心底安心した。

 元々あの王様とレイコさんだ。王様はちょっと娘への溺愛加減がとんでもないが、それ以外は話を聞く限り全うなもの。善政を敷くことも理解できる。

 その上王女様からもお墨付きを得て最悪は免れそうだ。


「それじゃあ頼らせてもらおうかな…………エクレール?」


 フゥと息を吐いて安堵のうちに顔を上げれば、いつの間にやら正面のエクレールはその顔を真っ赤にしていた。

 まるでこの数瞬で風邪を引いてしまったかのような赤みっぷり。一体どうしたのかと一歩近づけば彼女は一歩下がられ近づくことができなくなってしまう。 


「その……スタン、様……」

「うん?」

「スタン様が"祝福"を持ったと聞いて、考えました」


 彼女の声は僅かに震えが交じる。しかし、その蒼い瞳だけはまっすぐこちらを見据えている。


「王家や周りがどう言おうと、私にとってあなたは……」


 そこまで言いかけたところで、一度深呼吸する。そして次の瞬間、顔を赤く染めながら勢いよく口を開いた。


「その、偽ではなく……。私の正式な婚約者候補になっていただけませんか!?」

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