066.流れ弾

「えっ、じゃあ"召使い"にするって話は嘘だったの?」


 寮にある唯一の食堂。日々この建物に住まう殆どの生徒たちが朝昼晩と食事をする賑やかな場所。

 ガヤガヤと騒がわしい大広間にて眼の前の少女を会話をしていると、突如舞い込んできた会話の内容に思わず持ち上げていたフォークの手をとめる。



 すっかり日も落ちた入学式の夜。ここに来て二日目となる俺もすっかり慣れたかのように食堂へ足を運び提供される夕食を前にしていた。

 十数人が座れる長テーブルに置かれるは本日の献立であるパンとスープとハンバーグ、そしてゼリー。食堂といってもさすがは王家の敷地。夕食のクオリティの高さにいつものメンバーである三人で舌鼓を打っていると、突然目の前に一人の少女が腰掛けた。

 彼女こそ本日テストで争った紫髪の少女、セーラ。俺達とともに夕食をとるということで拒否する理由も見当たらず四人で夕食を楽しんでいると、おもむろに飛び出した彼女の言葉に思わず進めていた食事の手を止める。


「嘘じゃないわ。本当に召使いにするつもりだったもの」

「え、でもさっき『本気で召使いにするつもりなんてなかった』って……」


 食事の輪に加わったセーラが言い出した意図のわからぬセリフに困惑する。

 『本気で召使いにするつもりはなかった』そして『本当に召使いにするつもりだった』。即座に矛盾となる言葉たちに首を傾げる。


「ちゃんと言うと、"召使い"って言葉が大げさだったってこと。本当は……その……」


 大げさ。それならある程度納得できる。

 しかしならば真意はどこにあったのだろう。続けようとする彼女の言葉を待つも視線があっち言ったりこっち言ったりして中々口にできそうにない。


「本当は?」

「だから……その……一緒に遊んでもらおうと思ってたのよ!!」


 ガチャン!

 手にしたフォークと内を叩きつけるようにしながら叫ぶように出た言葉は思いもよらぬ言葉だった。

 さっきまで真っ白の肌を象徴するような彼女の顔は一瞬のうちにリンゴのように赤くなり、周りで騒いでいた子どもたちも突然の出来事にしんと静まり返って彼女を見る。

 一気に注目を集めるセーラだがそれさえも気にする余裕がないほど小刻みに震えており、ギュッと固く閉じた瞼はまさに意を決した様子である。


「遊ぶって、その、ボクと?」

「……あの勝負の流れであんた以外誰がいるのよ」


 顔の赤みを残しつつ伏し目がちに睨むセーラ。

 彼女が告げた『一緒に遊ぶ』。それは"召使い"というよりもしかして……


「もしかして、友達になりたかったってこと?」

「っ――――!だ、誰があんたなんかと!」


 今度は怒りを露わにするように立ち上がった彼女だが、すぐに冷静になったようで体を脱力させながら座り直す。

 腰を下ろして一つ嘆息しながら俺と目を合わせないように吐き捨てた。


「……そうよ。あたしはあんたと友達になりたかった。ここまで認め……言い直せば理解できる?」

「うん……でもなんで……」

「だって……あんたはあたしに言い返してきたもの」


 思ったよりあっけなく認めた彼女は観念するかのようにポツポツと話しはじめる。

 言い返す……もしかして列に割り込んだときの話だろうか。


「自慢じゃないけどあたしは頭がいいわ。パパも親衛隊長でパーティーだってみんなからダンスのお誘いがくるし、プレゼントだってなんでもくれる」

「…………」

「……でも、あたしと一緒に遊んでくれる人はいなかった。みんなあたしの機嫌ばっかり見てとても対等な友達なんていなかったの」

「対等な友達……」

「そう、対等。あんたに負けて、謝って気づいたわ。あたしは気軽に言い合える友達が欲しかったって。変なことを言って言い返して、そんなことができる友達が」


 まるで自らの心を確かめるようにコップの水面に映る自分自身を見つめている。

 自分の心の内と対面し声に出してつぶやきながら、おもむろに勢いよく傾けて行儀の悪ささえも気にせず一息に飲んでみせた彼女は、コップを置くと同時に目を合わせる。


「スタン、"愚鈍"なんて酷いこと言ってごめんなさい。それと負けておきながらズルいけど、あたしと友達になってもらえませんか?」


 目を合わせ、昼のプライドの高さがどこ行ってしまったのかと思うほどの勢いで頭を下げる。

 それこそ彼女が命令権を使って本当に願いたかったことなのだろう。当然、対する答えなんて決まっている。


「もちろん。ボクもセーラと遊びたいな」

「じゃ、じゃあ!」

「友達になろう?セーラ」


 スッと差し出した手を彼女は迷うことなく両手で受取り固く握りしめる。

 そんな彼女に見えたのは初めての笑顔だった。以前のような嘲笑する笑顔でなく、心から楽しむような笑顔。

 まるで憑き物が落ちたかのような可愛いセーラの笑顔を一番近くで見ていると、ふと隣から『ムー……』と怒るような唸り声が聞こえてくる。


「シエル?もしかしてセーラが友達になるのは嫌?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」


 隣で唸り声を上げる者。隣で俺達の様子を心配そうに見つめていたシエル。

 なにか気に入らないことでもあるのだろうか。そう問いかけると歯にものが引っ掛かったのような複雑な表情をこちらに向ける。


「だってご主人さま、せっかくのお願いを私の為に使うんですもの……そらならご自分の謝罪の為に使って頂ければいいのに……」

「シエルはあのお願い、嫌だった?」

「嫌ではありません!でもエクレール様の時といい、ご主人さまはもっと自分を労ってもいいと思います!」


 どうやら自分にばかり願いを使われているのが納得いかないようだ。不貞腐れるように眉間にシワを寄せる彼女に俺は微笑みながらそっと頭を撫でる。


「ボクを労るのはいつもシエルがやってくれてるからね。それにシエルだって満点取ったんだからご褒美ってことで」

「もうっ、ご主人さまってば都合がいいんですから……」


 そう文句を口にするも頬は緩んであながち嫌でもなさそうだ。

 シエルの嬉し恥ずかしそうな表情を見ながら頭を撫でていると。ふと目の前のセーラの様子がおかしいことに気づく。


「セーラ、どうしたの?」

「――――じられない」

「えっ?」

「信じられない……」


 それはまさしく信じられないものを見たような目。まるで振り返ったら王女様が居た時のような驚きの色を浮かべる視線は明らかにシエルへと向けられている。


「今回のテスト、満点は二人。マティナールでさえ60点だったっていうのに、何なのよこの主従は……!」

「ちょっと喧嘩売ってるの!?っていうかセーラはなんでアタシの点数知ってるのよ!!」


 震える声から出たまさかの事実に流れ弾のマティ。

 憤慨する彼女を抑えつつゼリーを怒れる神に捧げながら、俺は新たな仲間を歓迎するのであった。

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