063.宣戦布告
『私たちは新しい環境に期待と少しの不安を抱きながらこの入学の日を迎え入れました。この学校での学びを通じて―――――』
壇上にて大人に向かうように俺達に背を向けた紫髪を携える一人の生徒が、淀みなく紙に記された文言を読み上げていく。
それは新入生代表としてとしての入学の決意を述べる一幕。俺達はこの学校での入学の日を無事迎え入れた。
ここは学生寮の裏にある学校。その片隅に構えられた体育館。
10メートルを越える遥か高い天井のここはまるで日本に戻ってきてしまったかのような、そんな錯覚を覚える景色だった。
地面に張り巡らされた様々な色のテープ。広いコートに今生徒代表が挨拶している壇上。そのどれもがつい数ヶ月前の日本で俺も散々目にした体育館とそっくりだった。
豆腐ハウスもとい校舎と体育館。この世界のこの学校は日本人がデザインしたという名に恥じぬほど日本の公立学校と酷似していた。
エクレールやマティに聞くところによるとこの学校は前衛的で人々にはかなり好評価らしい。俺としては散々見慣れて見飽きてきた建物だが、世界間の価値観のギャップを受け入れざるを得ない気分になりながら今一度壇上で喋っている人物に目を向ける。
紫髪の少女……昨日俺達と騒動があったセーラと呼ばれた人物。
成績優秀という話は本当らしい。今も多くの大人や新入生の目を浴びながら堂々と喋っているし、壇上に上がる時だって口々に『あのセーラ様だ』『近衛騎兵隊の……』『先日表彰を受けたっていう……』などと有名人であるかのような囁き声が聞こえてきた。
『――――最後に、この学び舎でのスタートを切る私たちが、それぞれ国を背負っていくために精一杯努力していくことをここに誓い、新入生代表の挨拶とさせていただきます』
そんな彼女の締めの言葉とともにワッと拍手が舞い上がる。
それはまるでセーラ個人への評価を表すかのようだった。周りの生徒からも輝かしい目とともに精一杯の拍手が巻き上がりながら、彼女は俺達に向かい一礼する。
「――――っ!!」
「…………?」
下げた頭が上がっていくさなか、不意に壇上から見える彼女の目が俺と合った気がした。
俺は列の中でも中央後ろ、目が合うにしては相当厳しい地点。しかし何故かそんな気がして、不快感を露わにされた気がした。
だがそう感じたのも束の間。彼女の頭が上がりきる頃には表情に笑顔しかなく、俺は気の所為だったのかと首を捻る。
「……スタンさん、何かありましたか?」
「シエル……」
そんな俺に目ざとく反応したのはシエルだ。
後ろから俺の様子の変化を機敏に感じ取り、小さく語りかける彼女はさすがとしかいいようがない。
しかし俺も一瞬すぎて確証はない。式の最中の手前、チラリと振り返るだけに留めなんでもないと首を振るう。
「なんでもないよ。ちょっと眠くなっただけ」
「そうですか……ここで寝たら大変なので気をつけてくださいね」
「うん、イザとなったらトイレにでも駆け込むよ」
「その時はお供しますね……あっ!そろそろエクレール様の出番みたいですよ!」
さすがにトイレまでお供しなくていいのだが……。そんな心のツッコミは置いておいて、気がついたようにワントーン声が高くなった彼女に続けて体育館の端を見れば見慣れた金色の彼女がそこにあった。
『続きまして我が学園の創設者であられるガルフィオン王国王家を代表し、エクレール王女殿下よりお言葉を賜ります』
淡々と告げる司会進行の言葉とともに、生徒・大人たちが一斉に片膝をつく。
それは誰かが決めた合図などではない。それだけこの国において王家という存在が絶対という証。
さすがに昨日のような突然の登場ではなくここは公の場。俺達もエクレールが動き出すと同時に片膝をついて頭を下げる。
『――――皆様、顔をお上げください』
鈴の鳴るような凛とした声がマイクを通じて体育館に響き渡る。
それはエクレールの然とした語り。いつものお転婆な姿はどこにもなく、まさしく王女様としての姿がそこにあった。
『この度王家を代表して挨拶を任されましたエクレール・ミア・ガルフィオンと申します。併せまして私も皆様とともに勉学を賜る立場として、この場は手短にご挨拶をさせていただきます』
生徒たちだけにとどまらず、この場の誰もが彼女の姿に目を向け、その言葉に耳を傾ける。
それは王女様としての風格。そして持ち回りのパーティー以外では直接目にすることなど殆ど無い多くの人たちに取っての数少ない機会。
俺達もまたエクレールの発する言葉に耳を傾けた。彼女のいつもと違う凛とした姿。普段見慣れない珍しい姿を目に焼き付けようとジッと彼女の言葉を拝聴し続けた。
そしてエクレールに気を取られるがあまり気づかなかった。
壇上を降りた隅でジッとエクレールではなく俺を見つめ続ける、紫の髪の少女のことを――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「これから1年間、みなさんを教え導くハンナと申します。まず最初に今後の予定から――――」
入学式を終えて所変わって教室。
昔懐かしの豆腐ハウス校舎に入った俺達新入生はそれぞれのクラスに別れてそれぞれの担任から説明を受けていた。
話すことは手渡された資料の焼き回し。教壇に立つ先生の説明をそこそこにツゥと自らが座る机を一撫でする。
教室に集まった30人程度の子どもたち。その全員が座るは見慣れた木と鉄パイプで作られた机と椅子。
ここをデザインした日本人はどれだけ学校に思いがあったのだろう。そう思うほど教室内も忠実にかつてを再現していた。
机椅子に黒板、果ては時間割表まで。どこまで細部に拘っているのかと不思議にさえ思う。
まるで小学校にタイムスリップしたみたいだ。今更日本にこれといった思い入れはない。妹さえ除けば。
けれど当時を思い出すような景色にこれはこれでと感傷的な気持ちになるのもまた事実。窓から見えるグラウンドさえもいつかの記憶を呼び起こされてボーっとしていたら、これまた聞き慣れたチャイムの音が聞こえてきた。
「……それでは休憩と参ります。次の時間は予定表の4-3に入ってまいりますので準備を各自お願いします」
どうやらボーっとしている間に休み時間へ入ってしまったようだ。
一時退散していく先生を見送りながら、出ていった扉が閉められるとワッと生徒たちの緊張が解けたようにざわめきはじめる。
「スタンさんっ!授業お疲れ様でした。お水飲みますか?」
一気に所々で会話が始まっていく教室。それは正しい休み時間の在り方。
隣に座るシエルもまた先生がいなくあるのにあわせて話しかけてきた。その手には水の入った水筒が。
「シエルもおつかれ。せっかくだしもらおうかな?」
「はいっ!すぐにご用意しますね!」
そう言って即座に手渡される水の入ったコップ。
何の変哲もないただの水だ。しかし入学式でじっとし続けて、そしてさっきの授業でも大人しく話を聞いていて疲れた身体に冷たい水が染み渡る。
「ごちそうさま。シエルもちょっとは学校に慣れた?」
「はいっ!やっぱりスタンさんが隣に居てくださると分かっただけで安心感が違います!」
入学当日までわからなかったが、どうやらクラス分けは寮の部屋を基本として分けられているみたいだ。
俺とシエルは同室。当然クラスも同じ。そのことが分かって以降は彼女も安心したのかいつもの笑みを崩さない。
隣の席というのも僥倖だ。後ろから二番目のこの席もボーっとしやすくてまた気持ちがいい。
「まぁ、ボクたちだけじゃなく入学してもまたいつものメンバーだしね」
「ちょっと。それはあたしに言ってるの?」
俺も安心して肩を竦めると即座に後ろから抗議の声が聞こえてきた。
シエルの後ろ、俺の斜め後ろから声を上げるのは赤みがかった茶色の髪を持つマティ。彼女もまた同じクラスだ。
「まぁね。なんか凄い作為的なものを感じるけど」
「それは……あたしも否定できないわ。この子がなにかやらかしたんじゃないかって」
そう3人で見るのは一番後方、俺の真後ろの席。
未だ生徒が座っていない空白の席ではあるが、誰が座る予定なのか一瞬で予想することができた。
「マティ、エクレールはまだかかるって?」
「えぇ、今日は教室にはいれなさそうよ。さすがに王女様だもの。式の後だし多忙でしょうね」
一番うしろの空白の席。そこはエクレールが座る予定の席。
彼女もまた同じクラス。寮の部屋にこのクラス、どうも俺達では抗えない権力という強い力が働いた気がすごくする。
そして犯人と思しき彼女は式で見かけて以降この教室に入ってきていない。どうやら仕事に追われているみたいだ。
「それよりアンタたち、次の時間の準備はできてるの?」
「はいっ!心の準備だけですが、私は万全です!」
「………なにかあったっけ?」
マティの問いにグッと力拳を見せるシエルだったが、俺には何のことかさっぱりわからなかった。
そういえばボーっと聞いてたせいで次なにするか全然把握していない。周りを見るに移動ということはなさそうだが。
「何アンタ、話聞いてなかったの?紙の4-3を見てみなさい」
「4-3?えっと……どれどれ――――」
呆れたように促され、俺は自らの紙を取って上からスケジュールを探していく。
入学式はやった、課題の回収もやった、軽い挨拶もやった、あとは――――
「――――スタン・カミング」
「……えっ?」
指定された欄を見つけようとした寸前、不意に俺の名を呼ばれて思わず顔を上げる。
自分でも聞き慣れなかったフルネームでの呼びかけ。あまりの異質さに呼びかける姿を見上げると一人の少女が仁王立ちでこちらを見下ろしている。
「えっと……セーラ・オマリー」
見下ろしていたのは紫の髪の少女、セーラだった。
入学して同じクラスとなった少女。昨日列に割り込んできて、今日新入生挨拶をしていた少女。彼女は俺が名を呼ぶとフンと鼻を鳴らす。
「よく私の名前を覚えていたわね。”愚鈍のスタン”にしては上出来だわ」
「…………」
挑発するような物言いに俺は言い返したくなるのをグッと堪える。
「ちょっとアンタ!昨日に続いてまた――――!」
「マティ、待って」
俺の代わりに怒ってくれているのだろう。席を立とうとしたマティだったがそれをなんとか抑えて眼の前の彼女に問いかける。
「何の用かな?そろそろ次の時間が始まるから用事は勘弁してほしいんだけど」
「もちろん時間は取らせないわ。ただ一つだけ勝負を……宣戦布告おきたくてね」
「……なにを?」
宣戦布告。その物騒な物言いにピクリと俺の眉が動いた。
俺のちょっとした反応。それを彼女も感じ取ったのだろう。
ニヤリと口元を歪めたセーラは人差し指をこちらに突きつけて言い放つ。
「もちろん、次の時間の”テスト”のことよ!”愚鈍のスタン”!あたしとテストの点で勝負しなさい!!」
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