031.メイドの極意

「――――というわけなんだ!助力をお願いしたいっ!!」


 この世界で初めての猛暑。溶けるバターになっていた次の日。

 無事シエルの用意してくれたかき氷によって流動物から固形物へと復活した俺は、昨日と同じテラスで拝み倒していた。

 眼の前に座るのは二人の少女。まさに額がはれんばかりの勢いで両手をついて頭をテーブルに擦り付ける。


「……私達を呼び出して何かと思ったらメイドの仕事について教えろ? 随分とまぁ平和な悩みね」

「あら、いいじゃないですか。 いつも私達をサポートしてくれるメイドさんたちのお仕事を知るのも大事だと思いますよ」


 拝み倒す俺を見下ろす二人の人物。

 一方は呆れるような声。反対にもう一方からは楽しげに微笑む声が聞こえてきた。

 



 シエルから誕生日について聞いた後。父の部屋に乗り込んで通信魔道具を借りた俺はまっさきに眼の前の二人へと連絡をとった。

 マティとエクレール。この世界でたった二人の友人。この3ヶ月で連絡先を交換した俺達は度々こうして集まっていた。

 普段はもっと余裕を持って呼び出すのだが今回ばかりは緊急招集。議題はもちろん昨日のメイドについて。俺が成ることまでは説明していない。

 ちなみに本議題の対象であるシエルは現在宿題追込中。それを知っていたからこそ緊急でもあった。


「そんな調べ物の課題って学校から出てたかしら……。……ってかエクレール、アンタついに王家クビになったの?

「あら、何故そうお思いに?」

「だってあたしが誘っても忙しいって言ってばかりで全然遊べなかったじゃない。スタンに言われたらこうも簡単に抜け出しちゃって」


 マティの言う通り、エクレールはお願いの騒動以降1、2度遊んだきり夏に入るとパッタリ会うことがなくなってしまっていた。

 俺としても会うのは2ヶ月ぶり。しばらく見ないうちに髪も長くなっている。


「私がクビになる時は素敵な殿方と駆け落ちする時くらいですよ。つい先日、ようやく落ち着いたので遊びに来られるようになったのです」


 王家ともなれば俺たちみたいな木っ端な貴族なんかよりよっぽど仕事や習い事が山のようにあるだろう。それこそ神山の時の俺のように。


「ふぅん……。なんでもいいけど駆け落ちってなに?」

「駆け落ちとは家を捨て家督を捨て……好きな人と一緒に逃げることです」


 彼女もまた、マティに煽られながらも受け流す立ち振舞いは大人顔負けの落ち着きようだ。これも王家の教育のたまものだろうか。

 精神的には大人のように見える年齢一桁の女の子。そんな彼女を射止め、駆け落ちまで決心させる男性とはどんな人物になるだろうか。

 きっとカッコよくって優しくって、白馬に乗った――――って、ダメだ。前世でも今世でも恋愛経験無さすぎて貧相な想像しかできない。


「言葉の意味を聞いてるんじゃないわよ。もしかしてもうそういう相手でもいるの?」

「ふふっ、どうでしょう?例えば……どこかの婚約者候補とかでしょうか?」

「…………………」

「いや、なんで二人して俺を見てくるの」


 頬杖をつきながら話すマティとレモネードを口にしながら背筋を伸ばして応えるエクレール。

 二人して無言でこちらを見てくるものだから思わず声を上げてしまう。


「……なんでもないわよ。いつか誰かさんが婚約者だの言ってたからね」

「いやいや、エクレール自信冗談だって言ってたでしょう……」

「それは本当に冗談だったのでしょうか?」

「…………エクレールさま?」


 クスリと笑いながら爆弾を投入してくる王女様に冷や汗がタラリ。

 まさかまた牢でくすぐりの刑だろうか。ギギギッと壊れたブリキのような仕草でマティを見ると今回ばかりは冗談だとわかりきっているみたいでホッとする。


「冗談ですよ。私と結婚する方は王様になって貰わなきゃいけませんから」

「やっぱり王女ともなると大変なのねぇ」

「皆様に支えられた誉れある立場なのですから文句なんて言えませんよ。……でも、もしも本当に好きな人ができたら……本当に駆け落ちしちゃうかもわかりませんね」


 そんな時が来るのだろうか。

 この年でもう自分の立場を理解しているエクレール。彼女自身が責任感から逃れられるのか甚だぎもんなものの、10年後そんな相手が出てこないとも限らない。


「もしそうなったりしたら普段のお城抜け出し以上に大変なことになるわね。また魔道具で攫われちゃうわよ」

「むぅ、マティナール様がイジワルです。抜け出しは事件以降やらないようにしますのに」


 ぶぅ、と口を尖らせて年相応に拗ねるエクレール。

 彼女は俺達が巻き込まれた事件以降、城を抜け出さなくなった。

 あの事件に対して思うところがあるのだろう。今日だって多くの護衛を携えて、今も廊下やエントランスには関係者が待機している。



「ちなみにマティナール様は好きな人……いらっしゃらないのですか?」

「はっ………はぁっ!?好きな人!?突然何を……!?そんなのいるわけ無いじゃない!!」


 どうもエクレールは爆弾を投下するのがお好きなようだ。

 おもむろに問いかけたのは好きな人トークという女子大好きなテーマ。

 爆弾の炸裂をモロに喰らったマティは勢いよく立ち上がりその真っ赤になった顔を見せつける。


「駆け落ちの話が出たのでちょうどいいかと思いまして。スタン様なんてどう思ってらっしゃるのですか?」

「ア……アンタねぇ……。確かにマトモに話す唯一の男子だけど、そもそもコイツとは親戚よ?ないない」

「そうなんですか?残念です……」


 表面上は冷静さを取り戻そうとしているのか、声は微かに震えつつも肩を竦めて呆れた笑みを見せるマティと肩を落としてみせるエクレール。

 まさに女子会今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていると、エクレールの目はこちらにロックオンを切り替えてくる。


「ちなみにスタン様はどうですか?」

「……年のために聞くけど、何の話?」

「それは勿論好きな人のことですよ。周りにはシエル様やマティナール様など可愛らしい女性がいらっしゃるじゃありませんか。どのようにお考えでしょう?」


 そこで「私と」を入れないところにちょっとした頭の良さを感じる。

 どのようにって言われても。俺たちの年齢考えてから言って欲しい。


「ボクも好きな人とかそういうのはなにもないよ。まだまだボクたちは子供だし」

「そうでしょうか?気づけばすぐにそういった年になるでしょう」

「まだまだ。10年は先だよ。その時になってから考えるよ」

「むぅ……そうですか……」


 再び口を尖らせて不満を表すエクレール。

 きっと二人に恋愛トークをスルーされてつまらないのだろう。その話を深堀りしてもいいが、今回の本題はそれではない。


「そういうのは大人になってからね。……っていうか、さっきボクが聞いたこと忘れてない?」

「あら、何か言われたっけ?」

「メイドのことだよ。2人のところは何してるかなって」

「……あぁそうだったわね。でも突然どうしてそんな話が出てきたのよ?」


 マティの疑問は最もだ。昨日思いついた事を伝えていく。

 来週誕生日の事。そして俺が変わってメイドの仕事を行うということ。



「――――つまり、来週アンタはフリフリスカートのメイド服を着ながらシエルちゃんにかしずいて頬にキスするってこと?」

「まぁっ!スタン様はシエル様を選ぶのですね!!」

「しないからっ!着るのは執事服だしキスもしないっ!!」


 説明を受けた少女の酷い読解だった。

 完全に意味が変わってしまったそれに声を荒らげて反論する。


「冗談よ。しかしシエルちゃんの誕生日ねぇ……あの子が休まないことは知ってるし悪くない考えだわ」

「ですね!私も何か準備しなくては……」


 マティは先日母と街へ繰り出した件で協力してもらった。

 その分俺達が憂慮していることも理解しているだろう。


 メイドの情報、最初はこの屋敷で働いている他のメイドさんたちから情報を仕入れようと実際に色々聞いたりもした。

 でもそれだけじゃ物足りないとも思ったのだ。シエルはここの人たちの教育を受けている。ただ聞いたことを実践しただけでは粗を気にしてしまうだろう。

 だからこそ別の家からの情報収集。そこで得た知見を付加価値とし、彼女らにメイドの極意を聞き出そうと呼び寄せた。


「それでどう?二人とも、なにかない?」

「私のお家は色々ありますが……すみません、あまり参考にならないかもしれません」


 しかしそんな俺の問いかけに首を振ったのはエクレールだった。

 その立場から個人的に最もアテにしていた人物の否定に目を丸くする。


「そうなの?一番アテにしてたつもりだけど」

「はい。私の家は侍女だけでもかなりの数ですし、着替え一つとっても4人5人で手伝ってくださいますので独自性ともなると……」

「あぁ……」


 流石王家。普通の一般貴族とスケールが違う。

 以前街でお城を見た時も相当な大きさだった。あの中に何人が働いているのかは元御曹司として気になるところ。


「私も思いつかなさそう。普通にここの人たちと同じだもの。専属メイドなんて居ないし」

「そっかぁ……」

「ならレイコはなにか思いつきますか? ずっと私の側についてくれてますし」

「私、ですか?」


 エクレールの呼びかけに一瞬のうちに姿を表すレイコさん。

 もう彼女が音もなく前兆もなく現れるのもすっかり慣れてしまった。

 けどそれはいい案かとも思った。たしかにレイコさんはエクレールのお付きとしていつも側に居てくれている。その視点ならば何をしたらいいか提案してくれるかもしれない。


「そうですね……。私から見れば、”あえて何もしない”がいいかと思います」

「「「何もしない?」」」


 考えた末にでたその提案に、俺たち3人は同時に復唱した。

 何もしないってなんでだ?それっていつもと変わらない……計画倒れじゃないか。


「いえ、もちろんメイドとしての仕事はこなしますが。でも他は……シエル様にとってはただ側にいるだけでいいのです」

「でもそれって、いつもと変わらないんじゃ?」

「えぇ、そうですね。ですがそれでいいのです。敢えて言えば片時も側を離れずに居る。それだけで十分だと思いますよ」

「はぁ…………」


 イマイチピンとこない回答に俺の返事も曖昧なものになってしまう。

 何もしない……そんなのでいいのだろうか。


「皆様はまだお若い。深く考えずに自然体で迎えればいいのです。……ほら、シエル様がいらっしゃいましたよ」

「ご主人さまおまたせしました~! 課題、すべて終わらせてきました~!!」

「シエル……」


 レイコさんの笑みとともに向いた視線の先に目を向けると、暫くの後にパタパタと音が聞こえ廊下を駆ける音とともにシエルがやってきた。

 もう課題を終わらせたようで、その笑みは晴れやかだ。


「ただいま戻りました!何の話をされていたのです?」

「おかえりシエル。ちょっとレイコさんに働くことについて聞いててね」

「働く?そうですか……。ところで一つ、ご主人さまに聞きたいことがあるのですが――――」


 俺の真横で立ち止まった彼女はふと何かが気になったようで、俺の向こう側の景色へと意識が向けられる。

 はて、なんだ?俺の向こう側っていうと、マティが座ってるはずだけど?


「私が来た途端、マティナールさんの顔色がすごいことになってますが……大丈夫でしょうか?」

「ホントだ……マティ?」


 言われて向くと確かに。彼女の顔色はこれ以上無いほど真っ青になってしまっていた。

 つい数瞬前まで普通だったのにどうして……このレモネードに変なの入ってたとか!?


「ス……スタン……。お、お願いがあるんだけど……」

「な、何……?」


 ゴクリと、俺の喉が鳴る。

 プルプルと震えながら、声さえも掠れ気味なマティ。俺は一体何事かと身構えて次の言葉を待つ。


「か……課題忘れてた……。一個もやってない……。見せて…………」

「…………はい?」


 恐れるように。怖がるように。

 彼女の口から出た言葉に、俺の緊張感は一気に霧散する。

 顔の青くなった原因は課題をやっていない――――そのあまりの拍子抜けに、張り詰めていた空気が一瞬のうちにため息となって吐き出されるのであった。

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