026.友達大作戦

「私もこのような形で謝罪するのは初めてだったので、どんな事を言われるか内心不安だったのですが……」


 戸惑うような、呆れたような声が目の前の少女から聞こえてくる。

 2枚の紙を手にしてウンウンと唸る姿は彼女自身もどう扱えばいいか困っている様子。

 それぞれの紙に記載された内容を見て、チラリとこちらを見る。それに応えるように力強く応えると、大空のような瞳が改めてこちらに向けられた。


「――――本気ですか?」

「もちろん」

「マティ様も、訂正や取り下げなどは……」

「あるわけないじゃない。それでお願いするわ」


 はぁ…………。

 呆れか感嘆か。

 そんな大きなため息が彼女から漏れ聞こえる。


 彼女――――王女様がお詫びを兼ねた誓約書を手渡してから一晩。彼女は夜が明けた朝早くからカミング家を訪ねてきた。

 その姿は昨日のみすぼらしささえ感じられるローブから一転したドレス姿。

 金髪に映えるクリーム色のドレスを身にまとい、まさしく"王女様"のオーラを伴って訪ねてきた。


 彼女はまだ日も昇りきってない頃に彼女は早くもやってきた。

 昨日の麻布のローブ姿とははかけ離れた、絹のような髪によく似合う黄色のドレスを身にまとった少女。

 スーツ姿のレイコさんを筆頭にした護衛を連れて堂々と訪ねたその姿はまさしく王女にふさわしい立ち居振る舞い。


 「次の日の朝に来る」と言って昨日帰っていった王女様。

 どうしてこんな朝早くからと問えば「お城に居ても暇だから」とのこと。

 

 そうして俺の部屋で雑談すること十数分。続いてやってきたマティに見守られながら件の誓約書を渡して今に至る。

 チラリと隣に目を向ければ黙って王女様を見据えているマティが。

 結局彼女は何を書いたのだろう。そんな思いとともに彼女を見ていると、俺の視線に気がついたのか目が合う。


「なによ?」

「いや、マティは何を書いたのかなって」

「…………」

「マティ?」

「……あの子に聞いてみなさい」


 そう言ってマティは言葉少なく再び王女様を見る。

 その目には何やら不安の色が滲んでいるような気がした。


「昨日のマティナール様も大変驚きましたが、スタン様もその……随分と私の予想を越えて来ますね……」


 その声に揃って振り返ると、ようやく情報の咀嚼を終えたのか王女様は歪んだ笑顔を向けていた。

 それは呆れと驚きの中間。彼女からしたら全く予想していなかった答えのようだ。どちらかと言うと予想を下にくぐり抜けた気がしないでもない。 


「王女様、マティナールの願いって?」

「マティナール様の願いは至ってシンプルです。『自分の願いのリソースをスタンに振るように』と書かれております」

「マティ……」


 彼女の願いは俺でさえ思いもよらぬものだった。

 せっかくの王女様からの誉れある報奨。それをまさか自分のためじゃなく俺のために使ってくれるなんて。

 以前は嫌われ、俺がこの世界に来てからも一日しか一緒に居なかったマティ。思わず彼女に目を向けると、決して目を合わせないようにしているようで顔を背けている。

 しかし僅かに見える耳は真っ赤だ。


「あ、あたしの願いはどうでもいいじゃない!それよりコイツのはなんて書いてたの!?」


 照れ隠しのように声を荒らげるマティはこれ以上追求されないよう俺へと意識を向けさせる。

 「まったく……なんで私まで呼び出されたのよ……」と呟く彼女は随分と不本意そうだ。

 王女様はそんな怒りを滲ませる彼女を見てクスリと笑い、「わかりました」とこちらに向き直る。


「……この願いをマティ様から受け取って、正直言うと今日ここに来るのが不安でした。お金や貴金属でしたら予定よりも増額をする予定でしたが、一体どんな無理難題を言われるのかと……」

「お金はなぁ……ちょっと…………」


 足るを知る。という言葉がある。

 俺はその言葉を上を見すぎず、その人の身の丈に合った暮らしを大切にするという意味だと捉えている。

 日本にいたときの家でもあった神山家。あの家はたしかにお金がたくさんあった。吐いて捨てるほど。マッチ売りの少女に「ほうら、明るくなったろう」と気兼ねなく札束を燃やせるくらいには。

 しかしお金があるということは敵も増えるということも知った。ひとたび隙を見せれば総攻撃され、跡継ぎであった俺も攻撃されないよう、日々の勉強や習い事に忙殺されていた。

 少なすぎてもいけないが、ありすぎてもお金は不幸を呼ぶだけ。程々がちょうどいいということだ。

 まだ家の全容はわからないが、きっと下手に増やしても問題が起こるだけだろう。


「または私の婚約者になりたいと言われることも考えておりました。その際は婚約者候補に留まるよう交渉するつもりで望んでいましたが……」

「こ、婚約者!?ご主人さま、婚約なさるのですか!?」

「シエル落ち着いて。仮定の話だから」

「うぅ……」


 頭の隅ですら考えていなかった彼女の予想にシエルがひと足早く反応し、俺は肩を持ってそれを抑える。


「……アンタ、婚約するの?」

「なんでマティまで睨むのさ……。そんなこと書いてないよ」


 マティにまで理不尽に睨まれ1人肩を落とす。 

 二人揃って酷い早とちりだ。

 

「最有力候補として土地や領地の拡張を考えておりました。そう言われると思って事前に目星をつけていましたのに………!『シエルと一緒に学校へ通いたい』ってどういうことなんです!?」


 感情のままに言い放つ彼女の姿はおよそ王女としての面構えを保っていられなくなっていた。


 バンッ!と突き出すように見せられた誓約書には、先程の言葉と一言一句変わらぬ俺の筆跡が。

 それを目にした両隣からは「あわわ……」と慌てる声と「ふぅん……」と怪しげに笑う声が聞こえてくる。


「二人揃ってどういうことなのですか!?貴族の子として欲はないのですか!?」


 どうやら貴族というものは俺達みたいな年代であっても上昇志向が強いらしい。

 きっと俺達は貴族らしくないのだろう。そう憤慨する彼女は信じられないといった様子。

 まさにナイスツッコミと言える反応。叫ぶような声は俺の部屋を震わせ、廊下からは通りかかったであろうメイドさんの「ひゃっ!」と驚く声が聞こえてくる。


「もしかして法改正が必要なものとか?難しそう?」

「はぁ……はぁ……。何故こんなときでも至って冷静なのですか……」

「まぁ、事故とか街の事件で肝が据わったのかもね」


 肩で息をする彼女に本当のことを言うわけにもいかず適当な返事でお茶を濁す。

 そんな彼女も何度か深呼吸を繰り返しながら息を整え、今度は真剣に誓約書と向き合い考えてくれる。


「……いえ、大人が子供に混じって授業を受けるとなると問題が出ますが、シエル様も同い年ですのでちょっと口利きするだけで可能だと思います。元とはいえ貴族でもありましたし、言い訳も立つでしょう」

「よかった……」


 どうやらこの願いは実現可能みたいだ。

 一つだけ考えていた想像が杞憂だとわかりホッと胸を撫で下ろす。

 正直法律関係だけが気がかりだった。昨晩母は規律と言っていたが国のものか学校独自のものかわからない。

 もしシエルを学校に生かせるために法律まで変えることになると影響がどこまで及ぶか想像ができなかった。その場合いくらこの紙に書いたところで司法に影響を及ぼすわけだからムリと言われる可能性も考えていた。


「良くないです!スタン様はこの願いで本当にいいんですか!?もしかしたら学校にお金積めば私に頼まずとも特例が出るかも知れませんし、もっといい願い方だってあるんですよ!!」

「そうですよご主人さま! 今からでも考えましょ! ねっ!!」


 何故かここぞとばかりに詰め寄ってくる王女様とシエル。突然のチームワークを見せてくる2人の少女。

 悪いね。もう俺の願いは決まってるんだ。そして好きに生きるとも誓ったんだ。


「いいんじゃない?あたしは支持するわよ」

「マティ……」


 そんな二人の勢力に対抗馬として俺の側に立ったのはマティだった。

 彼女は楽しげな瞳で俺を見つめながらワシャワシャと頭を撫でられ二人と向かい合う。


「せっかくのあたしのお願いが無駄になりそうなのはシャクだけど、あたしだって学校でも3人で居たいもの。むしろ良いお願いだと思うわ」

「ごめんねマティ。せっかくの願いを棒に振るみたいで」

「いいのよ。あの日あたしは何もできず助けて貰っただけだし。アンタがいいならそれでいいわ」


 頭を撫でられながら見上げるその表情は優しいものだった。

 彼女に受け入れられて心配事のなくなった俺は改めて王女様と向かい合う。


「悪いけど変える気はありません。シエルには秋に一緒の学校へ行こうって言ったのですから」

「ご主人さま……」

「それは……尊重したいんですけど……。でももっといい願い方が……レイコぉ……笑ってないで助けてよぉ…………」


 テコでも動かない俺の意思に、彼女はもう王女としての型がなくなっていた。


 俺が王女様へ書いた紙を渡している最中。彼女のお付きであるレイコさんはずっと隣にいた。

 おそらく事態を見守るつもりだったのだろう。挨拶以降は無言ではあったものの、俺の願いを耳にしてからずっと口を抑えて笑いを堪え続けている。


「ふふっ……。いえ王女様……良いんじゃないですか……? 昨日ずっと『変な願いだったらどうしよう!?』って不安がってたじゃないですか……。まぁ、変といえば変すぎますけど……ぷぷ……」

「そ……!それは言わないでって言ったじゃな――――言ったじゃありませんか!!」

「あんなに複雑な表情をしてたのにですかぁ? 気付いてたか知りませんが、『恋人になれだったらどうしよう』って言ってた時なんか、顔真っ赤でしたよ?……フフフッ」

「もぉ~~~!!!」


 どうやら王女様は王女様で昨晩随分と気を揉んでらっしゃったみたいだ。

 もはや黒歴史にもなりうるであろう全ての秘密をバラされた王女様は大層ご立腹の様子。

 そこには馬車を降りた時のような高貴あるおしとやかキャラは崩壊し、顔真っ赤にして頬を膨らましている。

 先程までの王女らしい貫禄はどこへやら。今となっては年相応の少女のように見える。


「あ、あのぅ……」

「!! ……コホン!失礼しました。このお願いのことでしたね」

「別に話しにくいなら普段どおりの話し方でも――――」

「いえ、お気になさらず。私にとってはこちらも話しやすいですから」


 どうやら彼女は彼女で譲れないものがあるみたいだ。

 それ以上の追求はすることなく今一度テーブルに放られた誓約書を拾い上げて王女様に捧げる。


「それで私の願いは叶えてくださいますか?」

「……はい、承りました。この願いは第一王女が責任を持って確実に叶えて見せましょう」

「ホッ――――」


 色々と物申したそうにしていた王女様だったが、俺が姿勢を正すと同時に彼女もまた王女様然とした姿で約束してくれた。


 ホッと、その言葉を受けて胸を撫で下ろす。

 紆余曲折あったものの無事受理してくれたみたいだ。これで秋にはシエルと一緒の学校に通えるうことができる。


「――――しかしっ!!」

「っ――――!?」


 そんな安心していたときだった。

 王女様は一瞬のうちに俺との距離を詰め、まさに目の前という位置までズイッと顔を詰め寄ってくる。


「しかし!これだけでは謝罪するといった私の気が収まりません!」

「えぇ……じゃあ、どうしろと……」


 彼女はその願いではまだまだ満足しなかったようだ。

 その端正な顔を近づけながらも鼻息荒くし戸惑う俺をキッと睨みつける。


「はい!よくぞ聞いてくださいました! これだけでは私の気が収まりません……。なので!私はスタン様とシエル様、そしてマティナール様のお友達になって差し上げます!!」

「「「……………???」」」


 お友達に……なる?

 何故その思考にたどり着いだのか。そもそもお友達とはそうやってなるものなのか。

 俺たち三人は同時に幾つもの疑問符が頭に浮かび、王女様はフンスとふんぞり返る。


 そして隣のレイコさんはもう我慢出来ないといった具合で爆笑し始めるのであった。

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